幼馴染二人の遠回りの恋
コンコン
控えめなノックの後、開いた扉の隙間から新志が顔を覗かせた
「なんか、ヤベエ奴来てる」
口調はともかく笑っているところを見ると、然程“ヤベエ”訳でも無さそうだけれど
今朝は“ヤベエ奴”に心当たりがありすぎる
「来たな」と立ち上がった風馬に釣られて立ち上がると
「棗は応対しなくて良いから」
風馬は私を両手で制した
でも今回は、守られている場合じゃないのだ
「キチンと終わりにしたいから逃げない」
気合い十分の私を見て諦めたのか
「じゃあ俺が前に立つから」
いつもの様子で“ヤベエ奴”の元へと向かった
身長百八十五センチのガッチリタイプ。頼もしい風馬の背中に隠れながらフロアに出る
気合いは入れたものの、直視する勇気もないのは震える手が証明している
風馬に隠れながら恐る恐る覗いて見れば、カウンターの前に腕組みをしている晴雄が見えた
「チッ、お前の所為でさっきは守衛に足止め食らって大変だったんだからなっ」
いきなり声を荒げる様子に驚いて、咄嗟に風馬のシャツの腰の辺りを掴んだ
シワがつくほど握りしめた手はさっきより震えていて
そんな私を宥めるように風馬の手が背中に回って震える手を包み込む
その温もりに、ジワリと視界が揺れた
「またアンタか、なんなのオッサン営業妨害?
新志、警察呼んで“店で不審者が暴れてる”って」
晴雄と違って風馬は、いつもと同じ口調だけど若干煽っているように聞こえる
「なっ、テメー、不審者ってなんだ!」
それに簡単に乗ってしまう晴雄は最早滑稽でしかなくて
こんな奴を好きだった自分が酷く惨めに思えてきた
それが今の私には必要なターンだったようで
乱れ始めていた気持ちが冷静さを取り戻した
「俺はな此処を使ったこともあるんだぞ?
取引先企業に対して喧嘩売るつもりか?」
「おたくを切ったところで痛手を受けるような仕事はしていないし
警察沙汰にすると大変なのは寧ろアンタの方じゃない?」
「・・・っ」
分が悪くなると黙るのは晴雄の癖
嫌なことばかり覚えている自分にため息を吐き出すと、意を決して風馬の背中から一歩踏み出した
「棗っ!」
予測もしていたのに大きな声に肩が跳ねる
そんな私の肩を引き寄せた風馬は
「オッサン、これ以上大声だすと
本当に営業妨害で警察に突き出すからな」
静かな怒りを吐き出した
「・・・わ、かった。棗
昨日の、あの子のことだが・・・
あの、もしかして、その」
歯切れの悪い“元王子様”は
視線を彷徨わせながら
「責任が取りたい、いや
棗とあの子とやり直したいんだ」
そう言って項垂れた