マリーゴールドで繋がる恋~乙女ゲームのヒロインに転生したので、早めに助けていただいてもいいですか?~
教会はカルヴェ伯爵邸から、馬車で二十分程度の場所にある。徒歩だと、だいたい四十分くらいだろうか。馬車が、前世でいうところの自転車だと考えると。
意外と近くにあるのは、やっぱりヒロインと攻略対象者の関係だからなのかな、と思っている内に、教会に辿り着いた。
細長い三角屋根の建物。教会だと認識できるのは、そこだけだった。それだけこぢんまりしているのは、首都の郊外にあるからか、もしくは孤児院を抱えているか。
分からなかったが、子供の私が一人で来てもおかしく思われない規模の教会なのは有難かった。お陰で、私の来訪に、司祭様は温かく迎えてくれた。
大きな教会だったら、鼻であしらわれていたかも。貴族と言っても、子供だし。
「ようこそおいで下さいました、マリアンヌ嬢」
「昨日はありがとうございました。お母様のために、お祈りしてもいいですか?」
黒いドレスを身に纏い、司祭様に挨拶をする。十二歳の令嬢が教会を訪れる姿としては、不思議に思われない格好と理由だった。
快く承諾してくれた司祭様に導かれて礼拝堂の中に入る。正面に見える、青と緑、黄色で彩られたステンドグラス以外は質素な内装。両サイドの壁には左右一つずつ、窓があるだけだった。
それでも神々しく見えるのは、ステンドグラスから光が差し込んでくるからだろう。私が一番前にある椅子に座り祈り始めると、司祭様は静かに姿を消してくれた。
誰もいない礼拝堂。お母様へのお祈りと共に、私は気持ちを落ち着かせた。
ガタン。
そんな静寂の中、突然音が響いた。
「ヒッ」
私はビックリして、小さい悲鳴を上げた。
な、何? 何の音? 幽霊がいるの?
「ん? 誰かいるのか?」
お、男の子の声?
「お~い。怒んないから、隠れてないで出ておいで」
何を言っているの? 私は隠れてなんかいないんだけど。
「シスターには黙っていてあげるから」
「あの~、司祭様に許可を得ているので、大丈夫です」
黙っていても、相手はスルーしてくれる気がないらしいことを悟り、私は椅子から降りて声を出した。
「もしかして、参拝客? あー、えっと、失礼しました」
私の服装を見て、突然言葉を直す少年。驚いたのは私も同様だった。
少年は茶髪に緑色の瞳という、どこにでもある色合いを持っていたが、その姿はエリアス・バルニエそのもの。
さすがヒロイン、持っているわね。いきなり出会うなんて。それともお祈りが効いたのかな。
「いえ。私の方こそ、お邪魔をしたようですみません」
「君、貴族様だろう。なんで孤児の俺に、謝るの?」
えっと、それは貴方が将来侯爵様になるから、とは言えなかった。
そうエリアスは孤児だった。後継者がいなかったバルニエ侯爵が、エリアスの才能を見いだし、孤児院から引き取ったのだ。
「だって、怒っていたでしょう」
「そ、それは掃除をサボって、礼拝堂に逃げ込んだと思ったから」
「それじゃ、私が掃除の邪魔をしたわけじゃないのね」
クスリと笑って見せると、エリアスはバツが悪そうな顔をした。
「ここの掃除はもう終わっているんだよ。広いから、最初に皆でやって。その方が早いだろう」
「確かに。何でも分担し過ぎると、逆に効率が悪くなるもんね」
「あっ、分かってくれるんだ。皆にそういうと、文句ばっかり言われてさ。同時に掃除の仕方を教え合えるから一石二鳥なのに、何でか分かってくれなくて」
どうやら、エリアスが提案したことらしい。嬉しそうな顔に、私もつられて気持ちが軽くなった。
「ねぇ。礼拝堂の掃除って何時ごろから始めるの?」
「九時からだいたい十五分で終わるよ。もしかして、見に来るの?」
「ううん。私、お母様を亡くしたばかりだから、しばらく教会に通ってお祈りしたいの。だから、掃除の時間と重なったら、迷惑でしょう」
なるべくエリアスには、迷惑な貴族令嬢という印象は植えつけたくない。
「なら、九時半に来いよ。司祭様たちにも言っておくから」
「いいの?」
「俺も親を亡くしているからね」
あっ、と思わず私は目を逸らした。
マリアンヌとエリアスが引かれ合った理由が、まさにそれだったからだ。互いに両親を亡くした者同士。気持ちが通じ合うには十分だった。
それを利用するみたいで、私は嫌な気分になった。でも、そんな彼だから、お父様の死の真相を暴いてくれたのだと思う。
「まぁ、気にすることないよ。俺の場合、小さい時のことだから、あんまり覚えていないし」
「……でも、いずれお父様が亡くなったら、私も貴方と同じになるわ」
私はハッとなり、手で口を覆った。近い将来、そうなることが分かっていたからか、ポロっと口から出てしまった。
「ご、ごめんなさい。変な意味で言ったわけじゃないの」
やだ。そんなつもりはなかったのに。ここにいたら、ますますおかしなことを言ってしまうかもしれない。
そう思った私は、慌てて扉の方へ駆けて行った。
***
翌日、私は教会に向かう馬車に乗った。本当は行きたくなかったが、エリアスに行く旨を伝えていたため、予定通り九時半に着くように屋敷を出た。
嫌なことを言った挙げ句、嘘までついたら、取り返しがつかないと思ったからだ。
「やっぱり攻略対象には嫌われたくないもの」
その後の顛末を考えると怖かった。
礼拝堂の中は誰もいなかった。エリアスがいるかも、と期待したが、いたらいたで、どう対応していいか悩んでしまう。
「これで良かったのよ」
祈りを捧げた後、礼拝堂の扉を開けると、一輪の花が置いてあった。
マリーゴールドだ。名前の由来は確か、「聖母マリアの黄金の花」
私の名前を捩る芸当ができるのはエリアスだけだ。おそらく司祭様から私の名前を聞いたのかもしれない。
私はありがたくそれを受け取って、帰路についた。
意外と近くにあるのは、やっぱりヒロインと攻略対象者の関係だからなのかな、と思っている内に、教会に辿り着いた。
細長い三角屋根の建物。教会だと認識できるのは、そこだけだった。それだけこぢんまりしているのは、首都の郊外にあるからか、もしくは孤児院を抱えているか。
分からなかったが、子供の私が一人で来てもおかしく思われない規模の教会なのは有難かった。お陰で、私の来訪に、司祭様は温かく迎えてくれた。
大きな教会だったら、鼻であしらわれていたかも。貴族と言っても、子供だし。
「ようこそおいで下さいました、マリアンヌ嬢」
「昨日はありがとうございました。お母様のために、お祈りしてもいいですか?」
黒いドレスを身に纏い、司祭様に挨拶をする。十二歳の令嬢が教会を訪れる姿としては、不思議に思われない格好と理由だった。
快く承諾してくれた司祭様に導かれて礼拝堂の中に入る。正面に見える、青と緑、黄色で彩られたステンドグラス以外は質素な内装。両サイドの壁には左右一つずつ、窓があるだけだった。
それでも神々しく見えるのは、ステンドグラスから光が差し込んでくるからだろう。私が一番前にある椅子に座り祈り始めると、司祭様は静かに姿を消してくれた。
誰もいない礼拝堂。お母様へのお祈りと共に、私は気持ちを落ち着かせた。
ガタン。
そんな静寂の中、突然音が響いた。
「ヒッ」
私はビックリして、小さい悲鳴を上げた。
な、何? 何の音? 幽霊がいるの?
「ん? 誰かいるのか?」
お、男の子の声?
「お~い。怒んないから、隠れてないで出ておいで」
何を言っているの? 私は隠れてなんかいないんだけど。
「シスターには黙っていてあげるから」
「あの~、司祭様に許可を得ているので、大丈夫です」
黙っていても、相手はスルーしてくれる気がないらしいことを悟り、私は椅子から降りて声を出した。
「もしかして、参拝客? あー、えっと、失礼しました」
私の服装を見て、突然言葉を直す少年。驚いたのは私も同様だった。
少年は茶髪に緑色の瞳という、どこにでもある色合いを持っていたが、その姿はエリアス・バルニエそのもの。
さすがヒロイン、持っているわね。いきなり出会うなんて。それともお祈りが効いたのかな。
「いえ。私の方こそ、お邪魔をしたようですみません」
「君、貴族様だろう。なんで孤児の俺に、謝るの?」
えっと、それは貴方が将来侯爵様になるから、とは言えなかった。
そうエリアスは孤児だった。後継者がいなかったバルニエ侯爵が、エリアスの才能を見いだし、孤児院から引き取ったのだ。
「だって、怒っていたでしょう」
「そ、それは掃除をサボって、礼拝堂に逃げ込んだと思ったから」
「それじゃ、私が掃除の邪魔をしたわけじゃないのね」
クスリと笑って見せると、エリアスはバツが悪そうな顔をした。
「ここの掃除はもう終わっているんだよ。広いから、最初に皆でやって。その方が早いだろう」
「確かに。何でも分担し過ぎると、逆に効率が悪くなるもんね」
「あっ、分かってくれるんだ。皆にそういうと、文句ばっかり言われてさ。同時に掃除の仕方を教え合えるから一石二鳥なのに、何でか分かってくれなくて」
どうやら、エリアスが提案したことらしい。嬉しそうな顔に、私もつられて気持ちが軽くなった。
「ねぇ。礼拝堂の掃除って何時ごろから始めるの?」
「九時からだいたい十五分で終わるよ。もしかして、見に来るの?」
「ううん。私、お母様を亡くしたばかりだから、しばらく教会に通ってお祈りしたいの。だから、掃除の時間と重なったら、迷惑でしょう」
なるべくエリアスには、迷惑な貴族令嬢という印象は植えつけたくない。
「なら、九時半に来いよ。司祭様たちにも言っておくから」
「いいの?」
「俺も親を亡くしているからね」
あっ、と思わず私は目を逸らした。
マリアンヌとエリアスが引かれ合った理由が、まさにそれだったからだ。互いに両親を亡くした者同士。気持ちが通じ合うには十分だった。
それを利用するみたいで、私は嫌な気分になった。でも、そんな彼だから、お父様の死の真相を暴いてくれたのだと思う。
「まぁ、気にすることないよ。俺の場合、小さい時のことだから、あんまり覚えていないし」
「……でも、いずれお父様が亡くなったら、私も貴方と同じになるわ」
私はハッとなり、手で口を覆った。近い将来、そうなることが分かっていたからか、ポロっと口から出てしまった。
「ご、ごめんなさい。変な意味で言ったわけじゃないの」
やだ。そんなつもりはなかったのに。ここにいたら、ますますおかしなことを言ってしまうかもしれない。
そう思った私は、慌てて扉の方へ駆けて行った。
***
翌日、私は教会に向かう馬車に乗った。本当は行きたくなかったが、エリアスに行く旨を伝えていたため、予定通り九時半に着くように屋敷を出た。
嫌なことを言った挙げ句、嘘までついたら、取り返しがつかないと思ったからだ。
「やっぱり攻略対象には嫌われたくないもの」
その後の顛末を考えると怖かった。
礼拝堂の中は誰もいなかった。エリアスがいるかも、と期待したが、いたらいたで、どう対応していいか悩んでしまう。
「これで良かったのよ」
祈りを捧げた後、礼拝堂の扉を開けると、一輪の花が置いてあった。
マリーゴールドだ。名前の由来は確か、「聖母マリアの黄金の花」
私の名前を捩る芸当ができるのはエリアスだけだ。おそらく司祭様から私の名前を聞いたのかもしれない。
私はありがたくそれを受け取って、帰路についた。