マリーゴールドで繋がる恋~乙女ゲームのヒロインに転生したので、早めに助けていただいてもいいですか?~
 攻略対象者の一人、“従兄弟(いとこ)”のユーグ・カルヴェ。

 姉のオレリアと同じで、マリアンヌの記憶に一切ない人物だった。

 確か、マリアンヌの一つ下だから、十三歳かな。この二年、会っていないし、それ以前に会っていたとしても、向こうだって憶えていないと思う。

 うん。リュカの時みたいなことは起こりそうにないね。
 ほぼ初対面の扱いでいいのなら、そんなに警戒しなくても大丈夫だろう。『アルメリアに囲まれて』に出てくるユーグは、気弱な性格だから。

 ユーグは父や姉に(しいた)げられているマリアンヌを可哀想に思って、助けてくれるのだ。例えば二人の弱みや企みなどを事前に教えてくれる、といった感じに。
 そういう積み重ねを経て、マリアンヌはカルヴェ伯爵家を取り戻していく。

 ユーグは表立った手助けはしてくれない。けれど、伯爵家の中で味方が少ないマリアンヌにとって、陰日向に支えてくれるユーグの存在はとても大きかった。そんな存在に惹かれるのは、当然のこと。

 アドリアンとオレリアを追い出した後、二人は婚約する。ユーグはアドリアンに代わってカルヴェ伯爵となるのだ。それがユーグルートの“伯爵家奪還”の全貌(ぜんぼう)だ。

「危ないから、とりあえず座りなさい」
「は、はい」

 お父様の手を取ると、隣に座らされた。また急に立ち上がらないようにするためかな。もうしないとは言えず、大人しく従った。

「それで、叔父様は何故、私に会わせたいんですか?」

 ユーグをどう呼べばいいのか分からず、濁して言った。しかし、すぐに答えが返ってこなかったため、急に不安になった。ちゃんと伝わっているよね。

「お父様?」
「マリアンヌと婚約させたいらしい」
「はい?」

 何と? 婚約? いきなり?

「何で?」

 思わず、タメ口で聞いてしまい、手で口を塞ぐ。何故かマリアンヌは、両親に対して常に敬語で話していたからだ。けれどお父様は、気にする様子もなく、驚く私を安心させるために微笑んだ。

「普通に考えれば、ユーグのためを思って提案してきたんだろうね」
「……二年前、私に危害を加えてきたんですよ。あり得ません」
「そうだね。逆にユーグを利用して近づいてきたんだと、私も思っている」
「お父様は……その、ユーグ、と私を婚約させたいとお考えですか?」

 私は真っ直ぐお父様の方を向いて尋ねた。

 この話を敢えて私にするのは、二つのことが考えられる。

 一つ目は、敢えて叔父様の案に乗ってユーグと婚約すること。
 叔父様の動向を掴み易くなり、ユーグをこちらに誘い込んで失脚を狙う、というメリットがある。しかし、お父様の言う通り、伯爵家を乗っ取られてしまうデメリットも控えていた。まさに諸刃(もろは)(つるぎ)である。

 二つ目は、やってくるユーグを警戒すること。婚約の有無は別として。

 そう婚約に関しては、私の判断で決められる話じゃない。私はお父様の保護下にあることもそうだが、貴族の婚姻は家同士を結びつけるもの。
 今回のようないとこ同士の婚姻は、家の力を強固にする意味合いがある。そのため、誰と婚約するか、といった決定権はお父様にあった。

 ユーグと婚約しろと言われれば、大人しく従うしかない。

「いや。私は政略結婚を、マリアンヌに強いたりしないよ。好きな相手ができたら言いなさい。どんな相手でも、後押ししてあげるから」
「……あ、ありがとうございます」

 さ、さすが乙女ゲーム。ヒロインの父親、と言ったところかな。『アルメリアに囲まれて』の攻略対象者の身分は上から下まである。私が誰を選んでも良い、とお父様は言っているのだ。

 す、凄いなぁ。ここまで愛されているマリアンヌを羨ましく感じるくらい。……いや、だから私はファザコンじゃないってば!

 思わず赤面してしまい、私は下を向いた。

「言うなら今がチャンスだよ。誰か、好きな相手はいるかい?」
「え? あっ、その……」

 何がチャンスなの? 他の人に聞かれない、舟の上だから?

 いやいや、私とお父様だけじゃないんだよ! そ、そうよ。エリアスだって……エ、エリアス!?

 思わず振り向いてしまうと、真剣な目で見詰められた。

 ダ、ダメだって! エリアスは。エリアスは。侯爵にするんだからー!

「い、言える時が来たら言います」

 私はお父様の腕を掴み、そのまま顔を埋めた。

「そうかい。今、聞けなかったのは残念だが、楽しみにしているよ」

 何が残念なの?

 この時の私は、お父様の思惑に気づくことができなかった。勿論、エリアスの表情にも。
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