マリーゴールドで繋がる恋~乙女ゲームのヒロインに転生したので、早めに助けていただいてもいいですか?~
エリアスが話したがらなかった理由を知ったのは、一週間後のことだった。叔父様たちが伯爵邸にやってきたのだ。
「やっぱり実家はいいもんだなぁ」
エントランスに現れた叔父様の、開口一番の言葉に思わず呆れてしまった。が、叔父様の顔を見た途端、別の感情に上塗りされた。
黒髪と紫色の瞳はお父様と同じだったが、顔立ちはとてもじゃないが、弟とは思えなかった。
見た感じ、元々老け顔っていうわけじゃなさそうだから、そういう生き方をしてきたんだね。
『アドリアン様は、印象に残る方だと思う』
貴族らしくない、ごろつきのような顔を見て、エリアスが言っていた言葉を思い出した。
そんな叔父様の後ろを、私と変わらない背丈の子供が二人、歩いていた。
真後ろにいるのはオレリア・カルヴェだ。
美しい紫色の髪を靡かせた、綺麗な女の子。お人形のような見た目に反して、気が強そうな青い瞳が、まさに性格を表していた。折角綺麗な顔で生まれてきたのに、勿体ない。
さらに後方にいるのが、おそらくユーグ・カルヴェだろう。オレリアが死角となって、本人だと認識できなかったが、それ以外考えられない。
うう。お父様からは出迎える必要はない、と言われているし。確かめたいけど、これ以上開けたらさすがにバレる。
そう、実はエントランスの様子を、そっと客間から覗いていた。扉を少しだけしか開けられないから、これが限界なんだけど、凄く悔しい。あともうちょっとなのに。
「探しましたよ、お嬢様。そろそろ応接室に来ていただけないと困ります」
室内の方から老齢な声が聞こえてきた。相手は振り向かずとも誰だか分かる。執事のポールだ。
「アドリアン様たちは、まだ応接室に入っていません。今から行くと、旦那様に叱られてしまいます」
従おうと扉から離れようとすると、なぜかエリアスに止められた。
普段は同じ使用人に対しても従順なのに、珍しいと思った。特にポールはお父様の執事だ。この邸宅を取り仕切っている人物に、どうして?
「お嬢様はどう思われますか?」
「……はしたないことをしていると思うわ。だから、エリアス。行きましょう」
私はエリアスの手を取って、逃げるように別の扉から客間を出た。珍しく、エリアスの歯向かった姿を見たからだろうか。ポールがどことなくリュカを連想させた。
***
『いいじゃないか、兄さん。二週間くらい預かるなんて、わけないだろう? ウチと違って、金があるんだからさ』
応接室の隣にある部屋に移動した私とエリアスは、内扉の近くで話を聞いていた。さっきの覗きといい、今の盗み聞きといい、貴族令嬢としてあるまじき行為。
しかし、ポールは叔父様たちと一緒に応接室の中にいるのだから、見つかって怒られる心配はない。
この部屋で待機するように、予めお父様に言われたことも知っているから、わざわざこちらを覗くような真似はしないだろう。
「中にはオレリアとユーグもいるんだよね」
「さっき、入っていくのを見たじゃないか」
扉に張り付けない理由は、ポールを警戒するだけではない。思わず苦言を漏らしてしまうからだ。
遠回しで言うのが貴族の話し方。それなのに、あんなストレートに。しかも、子供がいる前で。一応、どストレートに食いぶちを減らしたいから、とまで言わなかったのはいいけど……。
「下品、極まりない……」
「確かに。マリアンヌとは違った意味で、旦那様と同じ血が流れているとは思えない」
「ど、どういう意味?」
「あっ、マリアンヌのはいい意味だから安心して」
さりげなくフォローされても、あんまり嬉しくないんだけど。本当に、どういう意味なんだろう。未だ、貴族らしくないってことなのかな。転生してから二年経っても……。
『全く、子供にまで迷惑をかけるんじゃない』
『だったらガキに聞いてくれよ。迷惑に思うどころか、喜んでくれたぜ』
『何だと?』
お父様は驚いているが、転生前が平民だった私からすれば、ユーグたちの気持ちが理解できた。貧乏かどうかは分からないが、こんな父親と共にいるよりはマシだと思うから。
『事情は分かった。二週間だな。その間に問題を起こせば帰すし、それ以上の滞在も許可しない。いいな』
『相変わらず、ケチくせぇな』
『そう思うのなら、一緒に連れて行ってくれ。先に言っておくが、私は歓迎していない』
おぉ。ユーグたちがいるのに、お父様も言葉を選んでいない。
「大丈夫。あれは旦那様が、オレリア様とユーグ様に対して、牽制しているだけだから。マリアンヌに危害を加えないようにって」
「う~ん。叔父様と二人が一緒だと、お父様は考えているの?」
「……恐らく。だけど俺は、ユーグ様よりもオレリア様に注意してほしい」
「それはどういうこと?」
『入ってきなさい、マリアンヌ』
エリアスが口を開こうとした途端、扉の向こうから声をかけられて、答えを聞くことが出来なかった。
残念、と思う間もなく、緊張が心を支配した。胸に手を置き、息を吐く。逆の手をドアノブに伸ばそうとした瞬間、後ろから肩を掴まれた。
「大丈夫。俺も一緒だから」
「うん」
頷いた後、ドアノブに手をかけて、ゆっくりと引いた。
「マリアンヌ・カルヴェです。本日は、ようこそお越しくださいました」
***
「っ!」
「どうかしたのかい、マリアンヌ」
「いいえ、何でもありません」
内扉を潜り、カーテシーをした私は、室内を見回して驚いた。近づくお父様の体越しに見える、ユーグの姿に。
思わず、エリアスへ抗議の目を向けたい衝動を、必死に抑えた。
ユーグがお父様にそっくりだなんて、事前に教えてよ!
そういえば、あの時エリアスは、『ユーグ様のことはあまり話したくない』って言っていた。最近、私がちょっとファザコンに見えたから? 違うのにー!
「ほう。ちっちゃい時も義姉さんに似ていたけど、さらに似てきたんじゃないか」
「お前はあまり見るな」
「そう言うなよ。ユーグ、あれがマリアンヌだ。可愛いだろう」
叔父様の言葉に背中がゾワッとした。思わずお父様の袖を掴んでしまうくらいに。
「なぁ、ちょうど良いから、ユーグに屋敷を案内してやってくれないか」
「いいですね。私はあの者にお願いしたいわ」
ちょっ、承諾していないのに、何話を進行しているの!
私と同じように、叔父様の袖を掴んで、オレリアが可愛くおねだりをした。それもエリアスを指名して。
思わずお父様の袖を掴む手に力が入る。すると、優しく頭を撫でられた。笑顔も向けられ、私は胸を撫で下ろす。が、それは一瞬のことだった。
「マリアンヌ。ユーグを案内してあげなさい」
「え? お父様?」
何で、ユーグを?
「エリアスはオレリア嬢を」
「はい、旦那様」
お、お父様の裏切り者ー!
「やっぱり実家はいいもんだなぁ」
エントランスに現れた叔父様の、開口一番の言葉に思わず呆れてしまった。が、叔父様の顔を見た途端、別の感情に上塗りされた。
黒髪と紫色の瞳はお父様と同じだったが、顔立ちはとてもじゃないが、弟とは思えなかった。
見た感じ、元々老け顔っていうわけじゃなさそうだから、そういう生き方をしてきたんだね。
『アドリアン様は、印象に残る方だと思う』
貴族らしくない、ごろつきのような顔を見て、エリアスが言っていた言葉を思い出した。
そんな叔父様の後ろを、私と変わらない背丈の子供が二人、歩いていた。
真後ろにいるのはオレリア・カルヴェだ。
美しい紫色の髪を靡かせた、綺麗な女の子。お人形のような見た目に反して、気が強そうな青い瞳が、まさに性格を表していた。折角綺麗な顔で生まれてきたのに、勿体ない。
さらに後方にいるのが、おそらくユーグ・カルヴェだろう。オレリアが死角となって、本人だと認識できなかったが、それ以外考えられない。
うう。お父様からは出迎える必要はない、と言われているし。確かめたいけど、これ以上開けたらさすがにバレる。
そう、実はエントランスの様子を、そっと客間から覗いていた。扉を少しだけしか開けられないから、これが限界なんだけど、凄く悔しい。あともうちょっとなのに。
「探しましたよ、お嬢様。そろそろ応接室に来ていただけないと困ります」
室内の方から老齢な声が聞こえてきた。相手は振り向かずとも誰だか分かる。執事のポールだ。
「アドリアン様たちは、まだ応接室に入っていません。今から行くと、旦那様に叱られてしまいます」
従おうと扉から離れようとすると、なぜかエリアスに止められた。
普段は同じ使用人に対しても従順なのに、珍しいと思った。特にポールはお父様の執事だ。この邸宅を取り仕切っている人物に、どうして?
「お嬢様はどう思われますか?」
「……はしたないことをしていると思うわ。だから、エリアス。行きましょう」
私はエリアスの手を取って、逃げるように別の扉から客間を出た。珍しく、エリアスの歯向かった姿を見たからだろうか。ポールがどことなくリュカを連想させた。
***
『いいじゃないか、兄さん。二週間くらい預かるなんて、わけないだろう? ウチと違って、金があるんだからさ』
応接室の隣にある部屋に移動した私とエリアスは、内扉の近くで話を聞いていた。さっきの覗きといい、今の盗み聞きといい、貴族令嬢としてあるまじき行為。
しかし、ポールは叔父様たちと一緒に応接室の中にいるのだから、見つかって怒られる心配はない。
この部屋で待機するように、予めお父様に言われたことも知っているから、わざわざこちらを覗くような真似はしないだろう。
「中にはオレリアとユーグもいるんだよね」
「さっき、入っていくのを見たじゃないか」
扉に張り付けない理由は、ポールを警戒するだけではない。思わず苦言を漏らしてしまうからだ。
遠回しで言うのが貴族の話し方。それなのに、あんなストレートに。しかも、子供がいる前で。一応、どストレートに食いぶちを減らしたいから、とまで言わなかったのはいいけど……。
「下品、極まりない……」
「確かに。マリアンヌとは違った意味で、旦那様と同じ血が流れているとは思えない」
「ど、どういう意味?」
「あっ、マリアンヌのはいい意味だから安心して」
さりげなくフォローされても、あんまり嬉しくないんだけど。本当に、どういう意味なんだろう。未だ、貴族らしくないってことなのかな。転生してから二年経っても……。
『全く、子供にまで迷惑をかけるんじゃない』
『だったらガキに聞いてくれよ。迷惑に思うどころか、喜んでくれたぜ』
『何だと?』
お父様は驚いているが、転生前が平民だった私からすれば、ユーグたちの気持ちが理解できた。貧乏かどうかは分からないが、こんな父親と共にいるよりはマシだと思うから。
『事情は分かった。二週間だな。その間に問題を起こせば帰すし、それ以上の滞在も許可しない。いいな』
『相変わらず、ケチくせぇな』
『そう思うのなら、一緒に連れて行ってくれ。先に言っておくが、私は歓迎していない』
おぉ。ユーグたちがいるのに、お父様も言葉を選んでいない。
「大丈夫。あれは旦那様が、オレリア様とユーグ様に対して、牽制しているだけだから。マリアンヌに危害を加えないようにって」
「う~ん。叔父様と二人が一緒だと、お父様は考えているの?」
「……恐らく。だけど俺は、ユーグ様よりもオレリア様に注意してほしい」
「それはどういうこと?」
『入ってきなさい、マリアンヌ』
エリアスが口を開こうとした途端、扉の向こうから声をかけられて、答えを聞くことが出来なかった。
残念、と思う間もなく、緊張が心を支配した。胸に手を置き、息を吐く。逆の手をドアノブに伸ばそうとした瞬間、後ろから肩を掴まれた。
「大丈夫。俺も一緒だから」
「うん」
頷いた後、ドアノブに手をかけて、ゆっくりと引いた。
「マリアンヌ・カルヴェです。本日は、ようこそお越しくださいました」
***
「っ!」
「どうかしたのかい、マリアンヌ」
「いいえ、何でもありません」
内扉を潜り、カーテシーをした私は、室内を見回して驚いた。近づくお父様の体越しに見える、ユーグの姿に。
思わず、エリアスへ抗議の目を向けたい衝動を、必死に抑えた。
ユーグがお父様にそっくりだなんて、事前に教えてよ!
そういえば、あの時エリアスは、『ユーグ様のことはあまり話したくない』って言っていた。最近、私がちょっとファザコンに見えたから? 違うのにー!
「ほう。ちっちゃい時も義姉さんに似ていたけど、さらに似てきたんじゃないか」
「お前はあまり見るな」
「そう言うなよ。ユーグ、あれがマリアンヌだ。可愛いだろう」
叔父様の言葉に背中がゾワッとした。思わずお父様の袖を掴んでしまうくらいに。
「なぁ、ちょうど良いから、ユーグに屋敷を案内してやってくれないか」
「いいですね。私はあの者にお願いしたいわ」
ちょっ、承諾していないのに、何話を進行しているの!
私と同じように、叔父様の袖を掴んで、オレリアが可愛くおねだりをした。それもエリアスを指名して。
思わずお父様の袖を掴む手に力が入る。すると、優しく頭を撫でられた。笑顔も向けられ、私は胸を撫で下ろす。が、それは一瞬のことだった。
「マリアンヌ。ユーグを案内してあげなさい」
「え? お父様?」
何で、ユーグを?
「エリアスはオレリア嬢を」
「はい、旦那様」
お、お父様の裏切り者ー!