マリーゴールドで繋がる恋~乙女ゲームのヒロインに転生したので、早めに助けていただいてもいいですか?~
「さて、どこから話した方がいいかな」
ユーグはそう言って、テーブルを挟んだ向かい側の椅子に座った。ユーグのペースで話を進めてもいいんだけど、私にはどうしても聞きたいことがあった。
「エリアスとの関係を先に教えて。会ったのは二年前なんでしょう。お父様と一緒に叔父様の家に行ったって聞いたわ。でも、そんな短時間で仲良くなれるとは、その、思えないの。ちょっと失礼かもしれないけど」
「いいよ、別に仲が良いというわけじゃないから。エリアスとは利害が一致しただけだし」
「利害?」
「そう。エリアスは君を守るため。僕は父様と姉様を排除したい」
気持ちは分かるけど……。
「排除って」
「いくら言葉を変えても、どれも同じ意味なんだから、なんだっていいじゃないか」
「……そうだね」
血が繋がっているからといっても、一人の人間。相性というものがある。私の場合は良くて、ユーグの方は悪かった。ただそれだけのこと。
「でも、利害が一致したからといって、短時間で話し合えるわけじゃないでしょう。それなのに、エリアスからユーグのことを聞いたかどうか、尋ねるのはおかしくない? 連絡だって、取れるものなの?」
「まぁ、一応僕も貴族だからね。表立って、エリアスと手紙のやり取りはできないよ。ましてや、僕はマリアンヌを誘拐しようとした男の息子なんだから」
「まさかっ!」
この屋敷にスパイがいるの!? 思わず私は立ち上がり、首を左右に振った。もしも、誰かに聞かれていたらどうしよう。
「大丈夫だよ。君が想像している方法じゃないから。エリアスの知り合いが届けに来てくれるんだよ。その時に僕の手紙も一緒にね」
なるほど。エリアスは孤児院出身だから、そういうことができる知り合いでもいるってことか。
「でも、ユーグが誰かと手紙のやり取りをしていること、叔父様たちは知っているの?」
「多分ね。まぁ父様は僕のことを、マリアンヌと政略結婚させる道具としか思っていないから大丈夫だよ。一応、父様たちの前では、気が弱そうに演技しているから」
まさか、『アルメリアに囲まれて』のユーグ像は、演技だったなんて! だから、全然違う姿だったんだ。
「ず、随分、用意周到なのね」
「逆に君は、隙だらけだよ。これじゃ、エリアスが心配するのも理解できる」
返す言葉もなく沈黙していると、サンドイッチを持った使用人が、ダイニングに現れた。会話は一時中断され、大人しく軽食を取る。
その後、屋敷の中を移動しながら、私はユーグからオレリアのことを教えてもらった。
応接室で私を見た時から、気に喰わないって顔をしていたとか、エリアスのことを狙っているとか、どれもあの場で理解できることばかりだった。
「姉様の気持ちにエリアスは気づいているけど、全く相手にしていないから、安心していいよ」
そんな情報を聞いて、少しだけホッとした。色々と『アルメリアに囲まれて』から離れ始めてしまったから、エリアスの気持ちも変わっていくんじゃないかと思っていた。
例えば、エリアスルートにも出てくる、オレリアのことだ。
今と同じように、エリアスのことが好きだった。勿論、相手にされていないけど、変わり始めた現状では、逆のことが起こったとしてもおかしくはない。
エントランスを覗いた時、そっとエリアスを見たけど、それだけじゃ分からなかったから。
教えてくれたユーグに、何かお礼をしなくちゃ!
***
部屋に戻った私は、庭園で摘んだカモミールを、紙の上に並べていた。カモミールの花言葉の中には、親交というものがある。ユーグにあげる押し花としては、ちょうどいい花だった。
けれどそれを、不満に思う者が一人いた。いつの間にか戻って来ていたエリアスだ。念のために、事情を説明したんだけど。
「それで押し花を作り始めたのか?」
怒った声が返ってきたのは、想定の範囲内だった。
だけど今回は謝らないからね。ユーグのことを説明してくれなかったんだから。これくらい、いいじゃない。
「うん。私にできることってこれくらいしかないから。ダメだった?」
「……ユーグ様だけにあげるのはダメだ」
「どうして? さっきも言ったけど、情報を教えてもらったし、これからもよろしくっていう意味を込めて渡すんだよ。それくらい、いいでしょう」
エリアスが私にユーグの情報を教えなかったのは、お父様に似ていたからだ。私がユーグを好きになるんじゃないか、と思ったんだろうけど。似ているだけで、好きになるわけないじゃない。
「それを知っているのは、俺たちだけだろう。そんなにあげたかったら、オレリア様も一緒じゃないと」
「捨てるって分かっている人にはあげたくない」
「気持ちは分かるけど、ユーグ様と婚約させられてもいいのか」
「えぇぇぇ。こんなことまで、婚約に結びつけるの?」
プレゼントって言っても、押し花だよ。栞だよ。宝石じゃないんだよ。
「少しだけでもいいから、マリアンヌも警戒心を持ってくれ」
うう。そういえば今日、ユーグにも言われたばかりだった。
「分かったわ。そうなると、別の花を用意しないとね」
「何で?」
「カモミールみたいな素朴な花だと、オレリアは嫌がるんじゃないかと思って。派手な方が好きそうに見えるから」
「そういえば、ゼラニウムが好きだとか言っていたな」
ゼラニウムかぁ。確か、庭園に咲いていたような。オレリアの紫色の髪や青い瞳には、緋色のゼラニウムが似合いそう。気が強そうな顔だから、ピンクや白よりもいいと思う。
「ゼラニウムの花言葉も悪くないから、あとで摘みに行きましょう」
「……どんな花言葉?」
「尊敬とか信頼とか、そういうの」
明らかに、似合わないなって思っているのが伝わってくる。向こうだって私を嫌っているのだから、どうしてそんな花を選ぶのかって顔に書いてあるくらい。
「捨てられるんだったら、思い切ってそういう花言葉がある、ゼラニウムを使った方が良いと思わない?」
「……オレリア様に媚びを売ったところで、損するだけだ」
「別に仲良くしましょうっていう訳じゃないの。少しだけ敵愾心を削ぎたい、というか。そんな下心」
まぁ、それくらいじゃ、私に対する気持ちは変わらないと思うけど。これからの二週間、嫌がらせが始まらないようにするための、下心。そう、賄賂みたいなものよ!
だって、『アルメリアに囲まれて』のようなことをされたら……こ、怖い。
ユーグはそう言って、テーブルを挟んだ向かい側の椅子に座った。ユーグのペースで話を進めてもいいんだけど、私にはどうしても聞きたいことがあった。
「エリアスとの関係を先に教えて。会ったのは二年前なんでしょう。お父様と一緒に叔父様の家に行ったって聞いたわ。でも、そんな短時間で仲良くなれるとは、その、思えないの。ちょっと失礼かもしれないけど」
「いいよ、別に仲が良いというわけじゃないから。エリアスとは利害が一致しただけだし」
「利害?」
「そう。エリアスは君を守るため。僕は父様と姉様を排除したい」
気持ちは分かるけど……。
「排除って」
「いくら言葉を変えても、どれも同じ意味なんだから、なんだっていいじゃないか」
「……そうだね」
血が繋がっているからといっても、一人の人間。相性というものがある。私の場合は良くて、ユーグの方は悪かった。ただそれだけのこと。
「でも、利害が一致したからといって、短時間で話し合えるわけじゃないでしょう。それなのに、エリアスからユーグのことを聞いたかどうか、尋ねるのはおかしくない? 連絡だって、取れるものなの?」
「まぁ、一応僕も貴族だからね。表立って、エリアスと手紙のやり取りはできないよ。ましてや、僕はマリアンヌを誘拐しようとした男の息子なんだから」
「まさかっ!」
この屋敷にスパイがいるの!? 思わず私は立ち上がり、首を左右に振った。もしも、誰かに聞かれていたらどうしよう。
「大丈夫だよ。君が想像している方法じゃないから。エリアスの知り合いが届けに来てくれるんだよ。その時に僕の手紙も一緒にね」
なるほど。エリアスは孤児院出身だから、そういうことができる知り合いでもいるってことか。
「でも、ユーグが誰かと手紙のやり取りをしていること、叔父様たちは知っているの?」
「多分ね。まぁ父様は僕のことを、マリアンヌと政略結婚させる道具としか思っていないから大丈夫だよ。一応、父様たちの前では、気が弱そうに演技しているから」
まさか、『アルメリアに囲まれて』のユーグ像は、演技だったなんて! だから、全然違う姿だったんだ。
「ず、随分、用意周到なのね」
「逆に君は、隙だらけだよ。これじゃ、エリアスが心配するのも理解できる」
返す言葉もなく沈黙していると、サンドイッチを持った使用人が、ダイニングに現れた。会話は一時中断され、大人しく軽食を取る。
その後、屋敷の中を移動しながら、私はユーグからオレリアのことを教えてもらった。
応接室で私を見た時から、気に喰わないって顔をしていたとか、エリアスのことを狙っているとか、どれもあの場で理解できることばかりだった。
「姉様の気持ちにエリアスは気づいているけど、全く相手にしていないから、安心していいよ」
そんな情報を聞いて、少しだけホッとした。色々と『アルメリアに囲まれて』から離れ始めてしまったから、エリアスの気持ちも変わっていくんじゃないかと思っていた。
例えば、エリアスルートにも出てくる、オレリアのことだ。
今と同じように、エリアスのことが好きだった。勿論、相手にされていないけど、変わり始めた現状では、逆のことが起こったとしてもおかしくはない。
エントランスを覗いた時、そっとエリアスを見たけど、それだけじゃ分からなかったから。
教えてくれたユーグに、何かお礼をしなくちゃ!
***
部屋に戻った私は、庭園で摘んだカモミールを、紙の上に並べていた。カモミールの花言葉の中には、親交というものがある。ユーグにあげる押し花としては、ちょうどいい花だった。
けれどそれを、不満に思う者が一人いた。いつの間にか戻って来ていたエリアスだ。念のために、事情を説明したんだけど。
「それで押し花を作り始めたのか?」
怒った声が返ってきたのは、想定の範囲内だった。
だけど今回は謝らないからね。ユーグのことを説明してくれなかったんだから。これくらい、いいじゃない。
「うん。私にできることってこれくらいしかないから。ダメだった?」
「……ユーグ様だけにあげるのはダメだ」
「どうして? さっきも言ったけど、情報を教えてもらったし、これからもよろしくっていう意味を込めて渡すんだよ。それくらい、いいでしょう」
エリアスが私にユーグの情報を教えなかったのは、お父様に似ていたからだ。私がユーグを好きになるんじゃないか、と思ったんだろうけど。似ているだけで、好きになるわけないじゃない。
「それを知っているのは、俺たちだけだろう。そんなにあげたかったら、オレリア様も一緒じゃないと」
「捨てるって分かっている人にはあげたくない」
「気持ちは分かるけど、ユーグ様と婚約させられてもいいのか」
「えぇぇぇ。こんなことまで、婚約に結びつけるの?」
プレゼントって言っても、押し花だよ。栞だよ。宝石じゃないんだよ。
「少しだけでもいいから、マリアンヌも警戒心を持ってくれ」
うう。そういえば今日、ユーグにも言われたばかりだった。
「分かったわ。そうなると、別の花を用意しないとね」
「何で?」
「カモミールみたいな素朴な花だと、オレリアは嫌がるんじゃないかと思って。派手な方が好きそうに見えるから」
「そういえば、ゼラニウムが好きだとか言っていたな」
ゼラニウムかぁ。確か、庭園に咲いていたような。オレリアの紫色の髪や青い瞳には、緋色のゼラニウムが似合いそう。気が強そうな顔だから、ピンクや白よりもいいと思う。
「ゼラニウムの花言葉も悪くないから、あとで摘みに行きましょう」
「……どんな花言葉?」
「尊敬とか信頼とか、そういうの」
明らかに、似合わないなって思っているのが伝わってくる。向こうだって私を嫌っているのだから、どうしてそんな花を選ぶのかって顔に書いてあるくらい。
「捨てられるんだったら、思い切ってそういう花言葉がある、ゼラニウムを使った方が良いと思わない?」
「……オレリア様に媚びを売ったところで、損するだけだ」
「別に仲良くしましょうっていう訳じゃないの。少しだけ敵愾心を削ぎたい、というか。そんな下心」
まぁ、それくらいじゃ、私に対する気持ちは変わらないと思うけど。これからの二週間、嫌がらせが始まらないようにするための、下心。そう、賄賂みたいなものよ!
だって、『アルメリアに囲まれて』のようなことをされたら……こ、怖い。