マリーゴールドで繋がる恋~乙女ゲームのヒロインに転生したので、早めに助けていただいてもいいですか?~
「まずはお嬢様にお詫びをさせてください」
お父様から発言の許可を得たリュカは、私に近づいて深々と頭を下げた。さすがのエリアスもこの時ばかりは前を退いてくれた。
「誠に申し訳ありませんでした。私の軽率な行動で、お嬢様を危険な目に遇わせてしまい、本当はこうしてお目にかかるべきではないと分かっているんですが。それでも、元気なお姿を見られて良かったです」
とても仰々しい態度に、私は戸惑った。
リュカは、何もかもが自分のせいだと、そう言っているように聞こえた。が、今回の件は私にも非がある。声に出そうとするも、上手く言葉が出てこなかった。
「……えっと、お父様やエリアスから事情を聞いて、その、リュカが私を殺そうとしたわけじゃないって知ったから……なんて言うか、怒っていないわ。でも……」
「毒を飲ませたことは事実だから、罰は受ける。それはリュカも分かっているはずだ」
お父様の言葉に、リュカは私の方を見て頷いた。
「ごめんなさい。私がもっと気をつけていれば」
「いいえ、悪いのはお嬢様ではありません。オレリア様の言葉に負けた私が悪いのですから」
「では、リュカはオレリアから毒を渡された自覚はあったのか?」
「毒だと分かっていたら受け取りません。お嬢様を害して、何の得があるんですか?」
リュカは攻略対象者だ。ヒロインに媚薬を盛ることは、他の乙女ゲームでもあったが、毒はなかったと思う。私が知る限りでは。
「そうだな。ここ二年、マリアンヌのために努力していた姿を、私は見てきた。エリアスと衝突することはあったが、二人ともマリアンヌを大事に思っていたからな。故に、リュカが毒とすり替えた可能性は限りなく低い」
「伯父様は、姪の私ではなく、使用人の言葉を信じるのですか?」
「使用人ではないわ。私の幼なじみよ」
例え、私が本当のマリアンヌでなくても、幼い頃リュカと共に過ごしたマリアンヌでなくても。
友達を利用されただけでなく、バカにされるのは我慢できなかった。
あまり交流できなかった二年間だったけれど、ずっと手紙のやり取りはしてきたし、叔父様たちのせいで身動きが取れなかった私にとってリュカは、大事な友達だった。
「そう。リュカはオレリアと違って、赤ん坊の頃から知っているのでね。姪よりも信用するのは当たり前だと思うが」
「だとしても、私は毒など渡してはいません」
「ではなぜ、媚薬を渡したんですか? リュカだけでなく俺にまで。貴女に何のメリットがあるのでしょうか」
エリアスが問いかけた。確かに、オレリアはエリアスのことが好きなのだから、わざわざ媚薬を使ってまで私とくっつける意味がない。
「えっと、その……ぜ、善意よ。マリアンヌがユーグと婚約するのは嫌だと思ったから」
「そもそも婚約話など、アドリアンが勝手に言っていただけで、私は取り合っていない」
「父様も本気じゃなかったことくらい、僕でも分かるんだから、姉様なら尚更じゃない?」
ユーグの言葉にオレリアは答えなかった。
「睨んだってダメだよ。姉様と父様の狙いなんて、とっくに伯父様はご存知なんだから。僕が教えなくたって」
「だが、ユーグとエリアスが繋がっていたお陰で、解毒剤を用意できたのはよくやった」
「恐れ入ります」「ありがとうございます」
二人が同時に返事をした。
エリアスとユーグが二年前から交流していたことをお父様が知ったのは、領主館に行く前のことだった。
なぜエリアスが解毒剤を持っていたのか、それを問いただした時に話したのだ。
さすがのお父様も、私と同じように驚いていた。
「観念しなよ、姉様。証人もいることだし、姉様を弁護する人間は、ここにはいないよ」
先ほどのやり取りで、ユーグがオレリア側ではないことは、嫌でも分かるだろう。
証人のリュカと、それを裏付けるエリアスがいては、オレリアがいくら毒を渡していないと言い張っても、無理な状況だった。
平等とは言い難いけど、判決を下す立場のお父様はすでに、首謀者がオレリアだと決めつけている。
そこにきてユーグのトドメの一言だ。
「良い子ぶるんじゃないわよ!」
突然、オレリアが喚いた。
「今まで何もしてこなかったくせに、良い所だけ持っていくなんて卑怯よ!」
「していなかったわけじゃないよ。ただ父様を見限っただけで。姉様だって協力しなければ良かったんだよ。そうすれば、こんな目に遭わなくて済んだのに」
「それで? 何もしないまま、領地で冴えない男と結婚して終わるの?」
う~ん。物語なら、田舎に住んでいても、素敵な男性に巡り合えたりするんだよね。
特にシンデレラストーリーだと、視察とかで来ていた王子様に見初められて、とか。
まぁ、普通はあり得ないけど。
「だったら、私を毒殺しようとしないで、利用すればよかったのに」
「……利用?」
「うん。私と仲良くなって。……まぁ、振りでもいいけど。そうすれば、首都にある伯爵邸に頻繁に来られるでしょう。たまに他家で開催されるお茶会に、一緒に行くことだって可能だと思わない?」
親しくしている貴族の家だったら、招待されていなくても、親類だからと言う理由で参加できることがある。幼い子供なら、簡単だろう。
「始めは私宛の招待状で行くけど、何度か経験を積めば、オレリア宛の招待状が届くはずよ。勿論、素敵な男性との出会いだってあるかもしれない。オレリアは美人なんだもの、言い寄ってくる男性なんて沢山いると思うわ」
「……た、確かに」
「でも、姉様に我慢できるの? マリアンヌの付き添いなんて嫌だってなると思うよ」
こらこらユーグ。そんな夢も希望もないことをどうして言うの!
「目的のためなら手段を選ばないでしょう、オレリアは」
「マリアンヌはそれでいいのかい。利用されるのは嫌だろう」
お父様まで、そんなことを言わないで。
「どうしてですか? 毒を飲まされるより、利用された方が良いじゃないですか。それに貴族社会、いえ一般社会だって持ちつ持たれつ、やっているのと同じですよ。お父様だって見覚えがありますでしょう?」
「……あぁ、そうだな」
今回の件が、ちょうどそうだ。お父様はエリアスを、エリアスはユーグを利用した。勿論、その逆も然り。
「最初から選択を間違っていたってことなの?」
「どうかな。私を利用する以前に、殺したいほど嫌いだったら、無理な話だもの」
「……何もかも恵まれていた貴女が嫌いだっただけよ。何もしなくても、周りに守ってもらえて。でも、貴女を利用すれば、同じような境遇になっていたかしら?」
「努力次第ではなっていたと思うよ。頑張っているオレリアを見たら、私も協力するはずだから」
周りはともかく、私だったらきっとそういう選択をすると思う。
今のところ、同性の友達がいないから……。
「だが、それはもう結果論に過ぎない。すでにオレリアは罪を犯したのだから」
「……はい」
覆せないほどの事実を突きつけるお父様。私がオレリアを諭しても、無駄だと言うように。
「連れて行け」
お父様の言葉に従い、オレリアの腕を掴んでいた治安隊の二人が歩き出す。
オレリアはもう、抵抗や暴言を吐くようなことはしなかった。
転生してから二年。攻略対象者の立ち位置は変わったのに、悪役令嬢は悪役令嬢のままで終わってしまった、今回の出来事。
私もまた、オレリアと距離をおく選択をしたことが間違っていたんだと、気づかされた。
***
後日、私は叔父様とオレリア、そしてリュカの処罰の結果を聞いた。お父様の執務室で。
「とりあえず、追放ではないのですね」
「アドリアンに対しては、そうしてやりたかったんだがな。マリアンヌの誘拐も毒の件も、直接ではなかったから、父上の監視の下、領地の外れに住まわせることにした」
「オレリアはなぜ、修道院に?」
同じ領地内にある修道院に入るため、一応追放というわけではなかった。
「本人の希望だ。アドリアンと同じところに送られるのも、ユーグたちと過ごすのも嫌だというのでね。だからといって、十六歳の少女を辺鄙な所に、一人で住まわせるのは危ない。その結果だ。本人も納得している」
「それならいいんですが。リュカも納得しているのですか?」
リュカから見れば、オレリアは加害者だ。一時の迷いだとしても、自分の人生を狂わせた人。許せるだろうか。
「するもしないも、リュカの処罰はユーグとその母親が住む家で働くことだ。罰とは言い難いほどの処置をしたのだから、納得してもらわないと困る」
そう、リュカは実行犯だったが、私への殺意もなく利用された立場であるため、罪を軽くしてほしいと、お父様に頼み込んでいた。
リュカの人生を狂わせたのは、私も同罪だったから。
「すみません。色々と我儘を聞いてもらって」
「いや、これからはあまり、マリアンヌの我儘を聞いてあげられそうにないからね」
「それは、どういうことでしょうか」
元々、我儘を頻繁に言うようなことはしていなかったから、別に構わないんだけど。
お父様は私の頭を優しく撫でただけで、答えてはくれなかった。
けれどその意味を知ったのは、一年後のことだった。
お父様から発言の許可を得たリュカは、私に近づいて深々と頭を下げた。さすがのエリアスもこの時ばかりは前を退いてくれた。
「誠に申し訳ありませんでした。私の軽率な行動で、お嬢様を危険な目に遇わせてしまい、本当はこうしてお目にかかるべきではないと分かっているんですが。それでも、元気なお姿を見られて良かったです」
とても仰々しい態度に、私は戸惑った。
リュカは、何もかもが自分のせいだと、そう言っているように聞こえた。が、今回の件は私にも非がある。声に出そうとするも、上手く言葉が出てこなかった。
「……えっと、お父様やエリアスから事情を聞いて、その、リュカが私を殺そうとしたわけじゃないって知ったから……なんて言うか、怒っていないわ。でも……」
「毒を飲ませたことは事実だから、罰は受ける。それはリュカも分かっているはずだ」
お父様の言葉に、リュカは私の方を見て頷いた。
「ごめんなさい。私がもっと気をつけていれば」
「いいえ、悪いのはお嬢様ではありません。オレリア様の言葉に負けた私が悪いのですから」
「では、リュカはオレリアから毒を渡された自覚はあったのか?」
「毒だと分かっていたら受け取りません。お嬢様を害して、何の得があるんですか?」
リュカは攻略対象者だ。ヒロインに媚薬を盛ることは、他の乙女ゲームでもあったが、毒はなかったと思う。私が知る限りでは。
「そうだな。ここ二年、マリアンヌのために努力していた姿を、私は見てきた。エリアスと衝突することはあったが、二人ともマリアンヌを大事に思っていたからな。故に、リュカが毒とすり替えた可能性は限りなく低い」
「伯父様は、姪の私ではなく、使用人の言葉を信じるのですか?」
「使用人ではないわ。私の幼なじみよ」
例え、私が本当のマリアンヌでなくても、幼い頃リュカと共に過ごしたマリアンヌでなくても。
友達を利用されただけでなく、バカにされるのは我慢できなかった。
あまり交流できなかった二年間だったけれど、ずっと手紙のやり取りはしてきたし、叔父様たちのせいで身動きが取れなかった私にとってリュカは、大事な友達だった。
「そう。リュカはオレリアと違って、赤ん坊の頃から知っているのでね。姪よりも信用するのは当たり前だと思うが」
「だとしても、私は毒など渡してはいません」
「ではなぜ、媚薬を渡したんですか? リュカだけでなく俺にまで。貴女に何のメリットがあるのでしょうか」
エリアスが問いかけた。確かに、オレリアはエリアスのことが好きなのだから、わざわざ媚薬を使ってまで私とくっつける意味がない。
「えっと、その……ぜ、善意よ。マリアンヌがユーグと婚約するのは嫌だと思ったから」
「そもそも婚約話など、アドリアンが勝手に言っていただけで、私は取り合っていない」
「父様も本気じゃなかったことくらい、僕でも分かるんだから、姉様なら尚更じゃない?」
ユーグの言葉にオレリアは答えなかった。
「睨んだってダメだよ。姉様と父様の狙いなんて、とっくに伯父様はご存知なんだから。僕が教えなくたって」
「だが、ユーグとエリアスが繋がっていたお陰で、解毒剤を用意できたのはよくやった」
「恐れ入ります」「ありがとうございます」
二人が同時に返事をした。
エリアスとユーグが二年前から交流していたことをお父様が知ったのは、領主館に行く前のことだった。
なぜエリアスが解毒剤を持っていたのか、それを問いただした時に話したのだ。
さすがのお父様も、私と同じように驚いていた。
「観念しなよ、姉様。証人もいることだし、姉様を弁護する人間は、ここにはいないよ」
先ほどのやり取りで、ユーグがオレリア側ではないことは、嫌でも分かるだろう。
証人のリュカと、それを裏付けるエリアスがいては、オレリアがいくら毒を渡していないと言い張っても、無理な状況だった。
平等とは言い難いけど、判決を下す立場のお父様はすでに、首謀者がオレリアだと決めつけている。
そこにきてユーグのトドメの一言だ。
「良い子ぶるんじゃないわよ!」
突然、オレリアが喚いた。
「今まで何もしてこなかったくせに、良い所だけ持っていくなんて卑怯よ!」
「していなかったわけじゃないよ。ただ父様を見限っただけで。姉様だって協力しなければ良かったんだよ。そうすれば、こんな目に遭わなくて済んだのに」
「それで? 何もしないまま、領地で冴えない男と結婚して終わるの?」
う~ん。物語なら、田舎に住んでいても、素敵な男性に巡り合えたりするんだよね。
特にシンデレラストーリーだと、視察とかで来ていた王子様に見初められて、とか。
まぁ、普通はあり得ないけど。
「だったら、私を毒殺しようとしないで、利用すればよかったのに」
「……利用?」
「うん。私と仲良くなって。……まぁ、振りでもいいけど。そうすれば、首都にある伯爵邸に頻繁に来られるでしょう。たまに他家で開催されるお茶会に、一緒に行くことだって可能だと思わない?」
親しくしている貴族の家だったら、招待されていなくても、親類だからと言う理由で参加できることがある。幼い子供なら、簡単だろう。
「始めは私宛の招待状で行くけど、何度か経験を積めば、オレリア宛の招待状が届くはずよ。勿論、素敵な男性との出会いだってあるかもしれない。オレリアは美人なんだもの、言い寄ってくる男性なんて沢山いると思うわ」
「……た、確かに」
「でも、姉様に我慢できるの? マリアンヌの付き添いなんて嫌だってなると思うよ」
こらこらユーグ。そんな夢も希望もないことをどうして言うの!
「目的のためなら手段を選ばないでしょう、オレリアは」
「マリアンヌはそれでいいのかい。利用されるのは嫌だろう」
お父様まで、そんなことを言わないで。
「どうしてですか? 毒を飲まされるより、利用された方が良いじゃないですか。それに貴族社会、いえ一般社会だって持ちつ持たれつ、やっているのと同じですよ。お父様だって見覚えがありますでしょう?」
「……あぁ、そうだな」
今回の件が、ちょうどそうだ。お父様はエリアスを、エリアスはユーグを利用した。勿論、その逆も然り。
「最初から選択を間違っていたってことなの?」
「どうかな。私を利用する以前に、殺したいほど嫌いだったら、無理な話だもの」
「……何もかも恵まれていた貴女が嫌いだっただけよ。何もしなくても、周りに守ってもらえて。でも、貴女を利用すれば、同じような境遇になっていたかしら?」
「努力次第ではなっていたと思うよ。頑張っているオレリアを見たら、私も協力するはずだから」
周りはともかく、私だったらきっとそういう選択をすると思う。
今のところ、同性の友達がいないから……。
「だが、それはもう結果論に過ぎない。すでにオレリアは罪を犯したのだから」
「……はい」
覆せないほどの事実を突きつけるお父様。私がオレリアを諭しても、無駄だと言うように。
「連れて行け」
お父様の言葉に従い、オレリアの腕を掴んでいた治安隊の二人が歩き出す。
オレリアはもう、抵抗や暴言を吐くようなことはしなかった。
転生してから二年。攻略対象者の立ち位置は変わったのに、悪役令嬢は悪役令嬢のままで終わってしまった、今回の出来事。
私もまた、オレリアと距離をおく選択をしたことが間違っていたんだと、気づかされた。
***
後日、私は叔父様とオレリア、そしてリュカの処罰の結果を聞いた。お父様の執務室で。
「とりあえず、追放ではないのですね」
「アドリアンに対しては、そうしてやりたかったんだがな。マリアンヌの誘拐も毒の件も、直接ではなかったから、父上の監視の下、領地の外れに住まわせることにした」
「オレリアはなぜ、修道院に?」
同じ領地内にある修道院に入るため、一応追放というわけではなかった。
「本人の希望だ。アドリアンと同じところに送られるのも、ユーグたちと過ごすのも嫌だというのでね。だからといって、十六歳の少女を辺鄙な所に、一人で住まわせるのは危ない。その結果だ。本人も納得している」
「それならいいんですが。リュカも納得しているのですか?」
リュカから見れば、オレリアは加害者だ。一時の迷いだとしても、自分の人生を狂わせた人。許せるだろうか。
「するもしないも、リュカの処罰はユーグとその母親が住む家で働くことだ。罰とは言い難いほどの処置をしたのだから、納得してもらわないと困る」
そう、リュカは実行犯だったが、私への殺意もなく利用された立場であるため、罪を軽くしてほしいと、お父様に頼み込んでいた。
リュカの人生を狂わせたのは、私も同罪だったから。
「すみません。色々と我儘を聞いてもらって」
「いや、これからはあまり、マリアンヌの我儘を聞いてあげられそうにないからね」
「それは、どういうことでしょうか」
元々、我儘を頻繁に言うようなことはしていなかったから、別に構わないんだけど。
お父様は私の頭を優しく撫でただけで、答えてはくれなかった。
けれどその意味を知ったのは、一年後のことだった。