マリーゴールドで繋がる恋~乙女ゲームのヒロインに転生したので、早めに助けていただいてもいいですか?~
「どうぞ。ここは知り合いの店ですが、質は保証しますんで安心してください」
ケヴィンに連れて来られた場所は雑貨屋さんだった。
転生前でもカフスが、どんなお店で売られているのが分からなかったけど、多分こういうお店ではないと思う。
そんな私の心情を読んだのだろう。店に入る前に、ケヴィンがアドバイスのような補足をした。
「あんまり高い物だと、貰う側も付けるのを渋ると思うんですよ。だから俺は、こっちをお勧めします」
「まるで私が誰にあげるのか、知っているような口振りね」
「気に障りました?」
言葉とは裏腹に、ケヴィンはここでもにんまりと笑う。そういう笑い方をする人間なのだと思うようにした。
「ううん。ただ不思議に思っただけ。ちなみに誰だと思っているのか、聞いてもいい?」
「勿論、エリアスですよね」
「えっ、そう……だけど。何で?」
声をかけられる前にニナとしていた話の中に、エリアスの名前は出ていなかったと思う。
だから、いきなり当てるとは思わなかった。しかも、ケヴィンの声音はどこか親しみさえ持っているようにも感じる。
「実はお嬢さんのことを、エリアスから頼まれていたんですよ」
「エリアスから? どうして?」
「どうしてってそりゃ、お嬢さんのことが大事だからですよ」
「っ!」
大事と言われて、思わず心の中で復唱した。
恋人同士になってから、大事にされている自覚は勿論あったけど、他の人から言われるのとではまた違う。
恥ずかしいけど嬉しい、そんな温かい気持ちになった。
「あっと、余計なことを言っちまったかな」
「そ、そんなことはないわ。あまり他の人の口からエリアスの話を聞いたことがなかったから、ちょっと慣れないだけで」
「そんな風には見えませんでしたよ」
「うっ。そうだわ。カフスを選ぶのを手伝ってもらえない。エリアスと知り合いなら心強いわ」
ジト目で指摘するケヴィンを避けるように、私は話題を変えた。
「構いませんよ。ただ、エリアスはお嬢さんが選んだものなら何だって喜びそうな気がしますけどね」
ケヴィンの意見に、私は否定できなかった。時々、失敗した押し花の栞さえ欲しがるから。
最近は刺繍が趣味になったのを誰かに聞いたのか、要求はしないけど、暗に匂わせることを言ってきたことがあった。
「気分転換に絵を描いてみたんだ」とマリーゴールドの絵を、わざわざ見せてきたのだ。要は、これを入れてほしいと遠回しに言っていることは理解できた。
けど、この世界に刺繍ができるミシンはないのよ! 見せられたからって「はい、どうぞ」ってわけにはいかないの!
私だって早く渡せるくらいには上達したいんだけど……こればかりはね。一朝一夕にはいかないの!
多分エリアスなら、栞の時のように、下手でも嬉しそうに受け取ってくれると思う。だから……。
「だから逆に困るのよ。何でも喜んでくれるから、エリアスの好みが分からないというか、何というか」
恋人なのに、把握できていない自分が嫌になる。
「これはエリアスの方が悪いですね。会ったら注意しておきます」
「えっ、そう言う意味で言ったわけじゃないの。だから、その……」
エリアスには言わないで、と小声で止めた。
できるなら、自分で見つけたいじゃない。好きな人の好みは。向こうから言われるんじゃなくて……。
すると、私の声が聞こえたらしく、ケヴィンは両手をあげて降参のポーズをした。
「分かりました。俺もお嬢さんを困らせるつもりはないんで、安心してください」
「ありがとう、ケヴィン。早速で悪いんだけど、オススメはある?」
何となくだが、ケヴィンは商人のような気がして尋ねた。お店を紹介してくれたり、買う商品の相談まで聞いてくれたりする姿が。
ん? 商人でケヴィン?
「もしかして、ケヴィン・コルニュ?」
「はい、そうですが。エリアスから聞いたんですか?」
「えっ、あ、うん」
やっぱりそうだ。攻略対象者の一人、商人のケヴィン・コルニュだ。
何で気づかなかったんだろう。緑色の髪に赤い目をしたケヴィンと言ったら、その人しかいない。この乙女ゲーム『アルメリアに囲まれて』の世界では。
店内を歩くケヴィンの後ろ姿を見ながら、私は考えを巡らせた。
エリアスルートに入ったから、他の攻略対象者にはもう会わないと思っていた。
今更だけど、何を根拠に? と自分で自分にツッコミを入れたい。
同じ世界にいるのだから、街中ですれ違うことだってあるわよ。そう、今日みたいに。
ただ、ケヴィンルートって確か、五人の攻略対象者の中でも、一番ルートに入り易いキャラクターなんだよね。だから失念していたわ。
ケヴィンの家は、貴族の屋敷に品物を卸しているお店。
一応看板は出しているが、足りなくなって買いに来る使用人たちのためのものであって、本業ではない。
だから、マリアンヌはケヴィンのいるお店に買い出しに行けたのだ。使用人たちが気晴らしに外へ行って来たら、と言ってくれたお陰で。
ケヴィンルートに入るには、ここでただ“はい”を選ぶだけ。ね、簡単でしょう。
逆に一番難しいのはエリアスだった。なにせ、王子ルートの途中に分岐があって、一度見逃すと入れなくなるため、こまめにセーブしていたのを覚えている。
まぁ、私の場合、すべて省略してエリアスを攻略してしまった、ということになるんだよね、これは。王子を経由しないで、自らエリアスに会いに行ってしまったから。
ちなみに先ほどの選択で“いいえ”を選ぶと、ユーグかリュカの共通ルートに入る。そこで誰も選ばないままでいると、勝手に王子ルートへ移行されるのだ。
つまり、のほほんとストーリーを進めているだけで、王子ルートに入るという。さすが『アルメリアに囲まれて』のメインヒーローともいえる待遇だった。
それだけを見てもエリアスルートは、無理やり五人目にしました感があるのよね。侯爵っていう立場も含めて。
ともかく、ケヴィンに会ったのは、偶然なのか分からないけど、最後の攻略対象者である王子とも会うことになるかな。
うぅ。本音を言えば、ちょっと困る。
なにせメインヒーローだから、ストーリー補正が発生するのかも見当がつかない。
すでにエリアスルートに入ったんだから、平気……だよね。きっと。
ケヴィンに連れて来られた場所は雑貨屋さんだった。
転生前でもカフスが、どんなお店で売られているのが分からなかったけど、多分こういうお店ではないと思う。
そんな私の心情を読んだのだろう。店に入る前に、ケヴィンがアドバイスのような補足をした。
「あんまり高い物だと、貰う側も付けるのを渋ると思うんですよ。だから俺は、こっちをお勧めします」
「まるで私が誰にあげるのか、知っているような口振りね」
「気に障りました?」
言葉とは裏腹に、ケヴィンはここでもにんまりと笑う。そういう笑い方をする人間なのだと思うようにした。
「ううん。ただ不思議に思っただけ。ちなみに誰だと思っているのか、聞いてもいい?」
「勿論、エリアスですよね」
「えっ、そう……だけど。何で?」
声をかけられる前にニナとしていた話の中に、エリアスの名前は出ていなかったと思う。
だから、いきなり当てるとは思わなかった。しかも、ケヴィンの声音はどこか親しみさえ持っているようにも感じる。
「実はお嬢さんのことを、エリアスから頼まれていたんですよ」
「エリアスから? どうして?」
「どうしてってそりゃ、お嬢さんのことが大事だからですよ」
「っ!」
大事と言われて、思わず心の中で復唱した。
恋人同士になってから、大事にされている自覚は勿論あったけど、他の人から言われるのとではまた違う。
恥ずかしいけど嬉しい、そんな温かい気持ちになった。
「あっと、余計なことを言っちまったかな」
「そ、そんなことはないわ。あまり他の人の口からエリアスの話を聞いたことがなかったから、ちょっと慣れないだけで」
「そんな風には見えませんでしたよ」
「うっ。そうだわ。カフスを選ぶのを手伝ってもらえない。エリアスと知り合いなら心強いわ」
ジト目で指摘するケヴィンを避けるように、私は話題を変えた。
「構いませんよ。ただ、エリアスはお嬢さんが選んだものなら何だって喜びそうな気がしますけどね」
ケヴィンの意見に、私は否定できなかった。時々、失敗した押し花の栞さえ欲しがるから。
最近は刺繍が趣味になったのを誰かに聞いたのか、要求はしないけど、暗に匂わせることを言ってきたことがあった。
「気分転換に絵を描いてみたんだ」とマリーゴールドの絵を、わざわざ見せてきたのだ。要は、これを入れてほしいと遠回しに言っていることは理解できた。
けど、この世界に刺繍ができるミシンはないのよ! 見せられたからって「はい、どうぞ」ってわけにはいかないの!
私だって早く渡せるくらいには上達したいんだけど……こればかりはね。一朝一夕にはいかないの!
多分エリアスなら、栞の時のように、下手でも嬉しそうに受け取ってくれると思う。だから……。
「だから逆に困るのよ。何でも喜んでくれるから、エリアスの好みが分からないというか、何というか」
恋人なのに、把握できていない自分が嫌になる。
「これはエリアスの方が悪いですね。会ったら注意しておきます」
「えっ、そう言う意味で言ったわけじゃないの。だから、その……」
エリアスには言わないで、と小声で止めた。
できるなら、自分で見つけたいじゃない。好きな人の好みは。向こうから言われるんじゃなくて……。
すると、私の声が聞こえたらしく、ケヴィンは両手をあげて降参のポーズをした。
「分かりました。俺もお嬢さんを困らせるつもりはないんで、安心してください」
「ありがとう、ケヴィン。早速で悪いんだけど、オススメはある?」
何となくだが、ケヴィンは商人のような気がして尋ねた。お店を紹介してくれたり、買う商品の相談まで聞いてくれたりする姿が。
ん? 商人でケヴィン?
「もしかして、ケヴィン・コルニュ?」
「はい、そうですが。エリアスから聞いたんですか?」
「えっ、あ、うん」
やっぱりそうだ。攻略対象者の一人、商人のケヴィン・コルニュだ。
何で気づかなかったんだろう。緑色の髪に赤い目をしたケヴィンと言ったら、その人しかいない。この乙女ゲーム『アルメリアに囲まれて』の世界では。
店内を歩くケヴィンの後ろ姿を見ながら、私は考えを巡らせた。
エリアスルートに入ったから、他の攻略対象者にはもう会わないと思っていた。
今更だけど、何を根拠に? と自分で自分にツッコミを入れたい。
同じ世界にいるのだから、街中ですれ違うことだってあるわよ。そう、今日みたいに。
ただ、ケヴィンルートって確か、五人の攻略対象者の中でも、一番ルートに入り易いキャラクターなんだよね。だから失念していたわ。
ケヴィンの家は、貴族の屋敷に品物を卸しているお店。
一応看板は出しているが、足りなくなって買いに来る使用人たちのためのものであって、本業ではない。
だから、マリアンヌはケヴィンのいるお店に買い出しに行けたのだ。使用人たちが気晴らしに外へ行って来たら、と言ってくれたお陰で。
ケヴィンルートに入るには、ここでただ“はい”を選ぶだけ。ね、簡単でしょう。
逆に一番難しいのはエリアスだった。なにせ、王子ルートの途中に分岐があって、一度見逃すと入れなくなるため、こまめにセーブしていたのを覚えている。
まぁ、私の場合、すべて省略してエリアスを攻略してしまった、ということになるんだよね、これは。王子を経由しないで、自らエリアスに会いに行ってしまったから。
ちなみに先ほどの選択で“いいえ”を選ぶと、ユーグかリュカの共通ルートに入る。そこで誰も選ばないままでいると、勝手に王子ルートへ移行されるのだ。
つまり、のほほんとストーリーを進めているだけで、王子ルートに入るという。さすが『アルメリアに囲まれて』のメインヒーローともいえる待遇だった。
それだけを見てもエリアスルートは、無理やり五人目にしました感があるのよね。侯爵っていう立場も含めて。
ともかく、ケヴィンに会ったのは、偶然なのか分からないけど、最後の攻略対象者である王子とも会うことになるかな。
うぅ。本音を言えば、ちょっと困る。
なにせメインヒーローだから、ストーリー補正が発生するのかも見当がつかない。
すでにエリアスルートに入ったんだから、平気……だよね。きっと。