マリーゴールドで繋がる恋~乙女ゲームのヒロインに転生したので、早めに助けていただいてもいいですか?~
 首都の憩いの場であるデデク公園は、今日も賑わっていた。

 当然だ。夏の暑さが残った爽やかな秋晴れ。散歩日和ともいえる気候に、この広いデデク公園に来ないのは勿体ない。
 そこは異世界も同じようで、園内には貴族から平民まで多種多様な人々の姿があった。
 だから私が、ケヴィンを連れて歩いても、誰も不思議に思わない。

 デデク公園を昼食の場に選んだのには、もう一つ理由があった。それは、バルニエ侯爵の存在だ。
 二年前に、デデク公園を訪れていると噂されていたが、だからといって、今も続いているとは限らない。それでも私は外出する度、足しげく通っていた。
 勿論、成果はなかったけど。

 それなのにどうして? と思うだろう。不安だからだ。
 エリアスはもう、侯爵になることはない。お父様から次期カルヴェ伯爵となるべく、指導を受けているのだ。そのため、私もエリアスを侯爵にする意思は無くなった。
 エリアスの努力を無駄にしたくなかったからだ。

 だったら尚更、と思うかもしれない。でも、空いたバルニエ侯爵の後継者問題はどうなるだろう。誰がなる? さすがに没落はあり得ない。

 変えてしまった未来に、不安を抱かないわけにはいかなかった。他ならない、私が変えてしまったことだったから。

「お嬢様。お待たせしました」

 私とケヴィンが木陰で休んでいると、ニナとテス卿がやってきた。デデク公園内にあるお店から買ってきた昼食を、持って来てくれたのだ。
 いつもならカフェテラスで食事をするんだけど、ケヴィンに断られたためだ。
 お礼をしたくて誘ったのに、不快な思いなんてさせたくない。そのため、私は二つ返事で承諾した。

 たまにはこういうのもいいしね。

「エリアスから私のことを頼まれたって言っていたけど、どういう関係なの?」

 サンドイッチを食べているケヴィンに、私は素朴な疑問を投げかけた。

「どういうって、ただの知人ですよ。……他になんだと思ったんですか?」
「えっと、親しい……間柄? 私のことを頼むくらいだから」

 エリアスはユーグと親しいというより協力関係だった。リュカは犬猿。すると、ケヴィンはなんだろう。ただそう思っただけなんだけど、訝しげな反応をされてしまった。

 乙女ゲーム『アルメリアに囲まれて』のヒロインである私は今、エリアスルートに入っている。それは確実で、違っていたらむしろ困ってしまう。
 本来エリアスルートには出てこない、攻略対象者であるケヴィンに会ったのだから、相関図を確認したくなるのは仕方がなかった。

 二年前はそれでリュカを傷つけてしまい、罪まで負わせてしまったのだから。同じ過ちは繰り返したくなかった。

「そうですね。頼み事はよく聞きますよ。だからといって、親しいとまでは」
「エリアスの……惚気を聞いてるって言っていたのは?」

 それこそ、親しいからする話だと思うけど、と問いかけると、ケヴィンは不意に、にんまりと笑った。

「つまり、お嬢さんは俺にヤキモチを妬いているってことですか?」
「えっ、ヤキモチ? なんで? そんなわけないじゃない」

 どうしてここで、そんな突拍子もない発想をするの?

「そりゃ、自分と会う時間を削って、俺と会っていると思っているからですよ」
「そ、そうなの?」
「んなのあると思いますか? 冗談でもやめて下さい。エリアスは深夜、お嬢さんに会えない時間帯にやってくるんですよ。『今日もマリアンヌは可愛い』だの『部屋から出る時の表情がいじらしくて辛いんだ』とか。伯爵邸では言えないようなことを言いたいがためにね」
「~~~~っ!」

 た、確かに、同じ使用人相手に言うのは……やめてほしい。私が堪えられない。

 ケヴィンはサンドイッチを平らげると、さらに問題発言をして私を赤面させた。

「それとも、そんなに疑いたくなるほど、エリアスの愛情表現は足りませんでしたか?」
「た、足りないなんて……」

 思うのは一緒に過ごす時間だけ……ってそんなこと、言えるわけがないでしょう!

 すると横から援護射撃がきた。

「お嬢様を困らせるのはやめなさい。お店を紹介してくれたことには感謝するけど、非礼をしていいわけではないのよ」

 ニナだ。斜め後ろに座っていたが、前に出てきて助けてくれた。
 さすが私のお姉様のような存在。

 転生してから四年。心細さを感じないでいられたのは、きっとニナのお陰だ。
 私が本物のマリアンヌじゃなくなっても、お父様と同じで、変わらぬ愛情をくれたから。

「あと、これをネタにエリアスを焚き付けるようなことを言ってもダメ。いいわね」
「大丈夫ですよ。二人の仲まで協力する気はないんで」
「協力?」

 つまり、ケヴィンはユーグと同じ協力関係にあるってこと?

 すると、ケヴィンは私の言葉に怪訝な表情をした。

「エリアスに聞きませんでしたか? 二年前、解毒剤を用意したのは俺なんですよ」

 “二年前”と“解毒剤”の単語で、私は思い出した。
 エリアスがユーグと孤児院の子供に協力してもらって、オレリアと叔父様から私とお父様を助けてくれたこと。
 確かにその時、ケヴィンの名前もあった。

 あぁ、なんで気づかなかったのよ。ううん。色々あり過ぎて、理解するのがやっとだったんだから、無理もないかも。
 一遍(いっぺん)にあれもこれも聞いて、整理する間もなく、領主館に行ったんだから。

 そっか。あの頃から二人は知り合いだったんだ。

「あっ、ごめんなさい。あの時はバタバタしていて、よく覚えていなかったの。でも、ちゃんとエリアスは教えてくれたから」

 目の前にいるケヴィンと、二年前に聞いたケヴィンが同一人物だって気づいたのは、今だけど。

「改めてありがとう、ケヴィン」
「いえいえ、ご無事でなによりです。あの時は、いきなり物騒なことを言うので、驚きましたけど」
「私もまさか、あんな目に遭うとは思わなくて。助かったのはエリアスとケヴィンのお陰ね」

 だから邪険にしないであげて、とニナに視線を向けた。

「そうですね。でも、お嬢様自身も気をつけるように心がけてください」
「……反省しています」

 逆にニナからの視線が痛くて、私は逃げるように、残りのサンドイッチを食べた。
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