マリーゴールドで繋がる恋~乙女ゲームのヒロインに転生したので、早めに助けていただいてもいいですか?~
「その後、ケヴィンのお店に行って、押し花が入れられるカフスの話を聞いたの」

 今日の昼間、ケヴィンに会った時のことを、エリアスに話した。
 始まりから終わりまで、エリアスは不機嫌な表情を崩さなかった。自分の知らない間に、私がケヴィンと会っていたのが、気に食わないらしい。

 私だって、この体勢で話すのを我慢しているんだから、せめて普通に聞いてほしかった。
 ソファに座るエリアスの膝の上は、すでに私の定位置みたいなものだから。

 二年前から、密かにこの体勢が好きなんじゃないかと疑っていたけど、ここ最近は隠そうとすらしない。
 今日の出来事を話し出すと、長くなりそうだと思ったのか、早々に私を横抱きにして、ソファに座ったのがその証拠だった。

 それなのに、この不満そうな顔。理不尽過ぎる。

 エリアスはこの世界が乙女ゲームであることや、ケヴィンも攻略対象者の一人ということも知らない。だから、初対面の人間相手に、まるで私が浮気したような態度をするのはおかしい。

 エリアスという共通の知人がいなければ成り立たない、私とケヴィンの関係。それが正しい認識……なんだけど……。

「何がどうして、ケヴィンの店に行くことになったんだ」

 なるほど。初めて会った日に雑貨屋へ行き、お店という名の家にお邪魔したのは怪しい。そう疑ったのね。

「えっと、確か『困り事がありましたら、またご相談に乗りますよ』って言われて、いつでも連絡できるように教えてもらったの。ダメだった?」
「いや。ケヴィンも何か考えがあるんだと思う。だから構わない。……でも、本当にそれだけか?」

 エリアスの問いに、私はふふふっと口に手を当てて笑った。

「あら、エリアスもケヴィンに嫉妬しているの?」
「……マリアンヌからの愛情が足りないからな」
「っ!」

 昼間、ケヴィンにからかわれたのを真似したら、逆に返り討ちに遭ってしまった。

「プ、プレゼントは気に入らなかったってこと?」
「ケヴィンに勧められていなければ」

 それならエリアスは何が欲しいの? と思わず聞きそうになった口を、私は閉じた。

 聞かなくても知っている。私が刺繍した、マリーゴールドのハンカチが欲しいってことを。
 それが無理だから、カフスにしたのに!

「分かったわ。明日も用意するから、私の質問に答えて」
「待ってくれ。俺は何もそんなつもりで言ったわけじゃない。ただ――……」
「まず好きな色は?」
「マリアンヌ……」
「答えて」

 簡単な質問でしょう。おおよそ見当はついているけど。

「……黄色、いやオレンジか」

 そう言いながら髪を撫でた後、私の(まぶた)にキスをした。
 質問を止めさせたいのだろうけど、そうはいかない。

「ネクタイは嫌いなの? してこないけど」

 Yシャツの襟を触りながら質問した。
 今は仕事ではなく、プライベートな時間だから不思議に感じなかったけど。

「息苦しい? それとも首もとは空いている方がいいの?」
「そういうわけじゃない。マリアンヌといる時は(くつろ)ぎたいんだ」
(わずら)わしいってこと?」
「違う。こうしてマリアンヌを独占できると思うと、外したくなるんだ」

 私の腰を掴んでいた手に、力が入るのを感じた。足も少しだけ持ち上げられ、気がつくと私はソファに寝かされていた。

 正面から見下ろされるエリアスの顔。起き上がるにも、ソファから離れようにも、エリアスの体が真上にあってできなかった。

「ほら、邪魔だろ」
「べ、ベストを着ているから、大丈夫だと思うけど」

 少しずつ近づくエリアスの顔に、私は戸惑って余計なことを言ってしまった。

「それなら脱ごうか?」

 いいよ、脱がないで、と言うよりも先にエリアスの行動が早かった。

「んっ」

 もう待てないとばかりに、エリアスは私の唇を奪った。
 最初だけ乱暴に。次第に優しい、いつもの口付けに変わる。

「んっ……はぁ」

 だけど、唇から声と息づかいが漏れた途端、荒っぽくなるキス。

 それでもこれ以上はダメだから、唇が離れたのを見計らって、エリアスの胸を押した。
 私だってその先をしてほしいことはないけど、でも――!

「マリアンヌ」

 髪を撫でながら私の名前を呼ぶ。それでも私が腕を退けずにいると、エリアスは髪を一房、掴んでキスをした。まるで足りないとばかりに。

 思わず手を引っ込めた瞬間、手を掴まれ、エリアスの顔がまた近づいてきた。

 だからダメだって!

 目をギュッと(つむ)ると、頬に温かいものが当たった。
 どうやら、エリアスも分かってくれたらしい。

「代わりに付けてもいいかな」

 突然のことで何を? と思ったが、すぐにカフスのことだと思った。
 シャツではなく上着に付けたいって言っていたから。

「それはダメって言ったじゃない」
「見えない所ならいい?」
「え? うん。見えない所なら……」

 なんでそんなことを聞くの? 最初からシャツに付けてって言っているのに。

 すると、突然エリアスは私の服のボタンを外し始めた。

「って、ちょっと、何するの?」

 私の言葉に返事をする気はないらしく、(あらわ)になった鎖骨の下に唇を当てた。

「っ!」

 強く吸われた感覚。それが何を意味するのか、知らないほど私は幼くない。

 付けるってカフスのことじゃなくて、キスマークのことだったの?

 唇を離し、再び私を見下ろすエリアスの顔は、どこか満足げだった。逆に私は胸元にある服を掴んで睨んだ。

「もうしないから、そんな顔をしないでくれ」
「だ、騙すようなことをしたからでしょう!」
「マリアンヌが勘違いしただけだ。ここで付けてもいいって聞いたら一つしかないだろう」

 確かにそうかもしれないけど!

「お父様の耳に入ったらどうするの? さらに制限をかけられるわ」

 今だって会える時間が少ないのに、もっと減らされたら。

「ごめん。そこまで考えていなかった。でも軽率だったとは思わない。婚約まであと一年じゃないか。旦那様だって分かってくれる」
「そうかしら」

 不満な声で答えながら、私は一年前、お父様が考えてくれた三つの案を思い出した。
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