マリーゴールドで繋がる恋~乙女ゲームのヒロインに転生したので、早めに助けていただいてもいいですか?~
誰?
お店に入ってすぐ、出迎えてくれた女性に私は戸惑った。
私と同じ、金髪にオレンジ色の瞳。
お父様と同じように、私を愛おしそうな目で見つめている。
「女将さん、ダメですよ。お嬢さんが驚いているじゃないですか」
「女将さん?」
ケヴィンの言葉に、私は鸚鵡返しに尋ねた。
女将さんってことは、ネリーのお母さん? でも、なんでその人が私を“待っていた”の?
「あー、えっと。この人は俺がお世話になっている――……」
「キトリー・エナンだ。よく来たね」
エナン、ということは、やっぱりネリーのお母さんだ。ケヴィンがお世話になっているって言っていたから間違いない。
でも、ネリーの髪は赤みがかった茶色。瞳だって青だ。うろ覚えだったとしても、ヒロインと同じ色はあり得ない。だとすると、ネリーの色は父親譲りってことかな。
「お嬢さん?」
「あっ、ごめんなさい。ちょっとビックリしちゃって」
「それは無理もないだろうね。いきなり叔母と言われて、困ったんじゃないかい」
「お、ば?」
ただのおばさんじゃなくて?
私はその表情のまま、ケヴィンを見た。
「女将さん、お嬢さんにはまだ何も話していないんです。混乱させることを言わないでください」
「え! 先に言ってから連れてきたんじゃないのかい」
「違いますよ。だいたい俺の口から、そんな重要なことを言うと思いますか!」
こ、これは、ケヴィンの言い分が正しい。
「だけどねぇ、何も言わないでホイホイ来たっていうのかい」
「疑うのは無理もないことですが……そうなんですから、しょうがないでしょう! 一応、言うつもりはあったんですけどね。でも何も聞かずに来てくれたから、その……。女将さんから説明するのが筋かと……」
あれ? これは私がいけない雰囲気?
「お前さん、いや、お嬢ちゃん?」
「……えっと、マリアンヌと呼んでください」
「そうかい。ならマリアンヌ。いくらケヴィンとはいえ、男にホイホイついて行くんじゃないよ。何かあってからじゃ、遅いんだからね」
「いや、お嬢さんは、俺がエリアスの知り合いだから信用してついてきてくれたんですよ」
さも、俺が悪い男みたいに言わないでください、とばかりにケヴィンは反論した。
「だとしても、だ。来る途中、説明できたんじゃないのかい」
「あの、来る時はその、エリアスの話をしていて、だから……」
「エリアスの?」
「はい。昨夜もこちらに来たと思ったので、その……」
探りを入れた。
カフスを喜んでもらえたのは分かっている。けど、ケヴィンに何を話したのかが気になったのだ。
収穫は、ケヴィンに文句を言っただけだった。しかも『品物を選ぶところから、すべてお嬢さんじゃないとダメみたいですよ』と、赤面ものの感想までされたのだ。
「そりゃ、仕方がないね。エリアスのことじゃぁ」
「なになに、エリアスの彼女が来たの?」
奥から少女の声が聞こえてきた。店内の騒ぎが気になったのだろう。
もしかして……。
ここで少女というのは、一人しかいない。
ケヴィンはマリアンヌと同じ年だから、十六歳。ネリーはその一つ下。ユーグと同じ、十五歳だ。
乙女ゲーム『アルメリアに囲まれて』のプレイ画面で見た時よりも、幼い赤みがかった茶色の少女、ネリーが姿を現した。
青い瞳は嫌悪ではなく、好奇心の色をしている。高く上げた髪を靡かせた姿は同じなのに、全く印象が違っていた。
「うわぁ、凄く可愛いじゃん。エリアスがぞっこんになるのも分かる!」
誰? 本当にネリー・エナン?
私に可愛いって。嫌味や皮肉の意味じゃなくて、純粋にそう言っているように聞こえるんだけど。
本当にネリー・エナン?
「だからさ~、エリアスをあまり来ないようにしてほしいんだけど。色仕掛けでもしてさ~。満足させてあげなよ」
はい、間違いなく、ネリー・エナンでした。
「お前、お嬢さんに何を言ってんだよ!」
「だって、毎晩来て迷惑しているんだから、いいじゃない」
「だからって」
チラッとこちらを見るケヴィン。何を言いたいのか察しはつくけど、私は無視してネリーに近づいた。
「ごめんなさい。エリアスが迷惑をかけて。私もね、毎晩行ってほしくないの。全部ケヴィンに筒抜けなんて、恥ずかしいでしょう」
「あぁ、うん。そうだね。それは分かるかも」
「あと毎晩通うっていうところも嫌なの」
「うん。怪しいよね」
「分かる?」
「だから、来ないようにしてって言ったんだよ」
同志! と心の中で叫び、ネリーと握手した。
「ちょ、ちょっと待って。何が怪しいんだよ」
「すべてだよ! エリアスが来るとつきっきりでさ。怪しいと思わない方がおかしいよ!」
「それは女将さんのために、お嬢さんの情報をだな」
「私の情報が何?」
聞き捨てならないセリフに、私は詰め寄った。
「いや、だから、その……」
「こないだははぐらかされたけど、ちゃんと答えて。どんな関係なの?」
「そっち!?」
「だって……エリアスの、知らない話ばかりするんだもの」
羨ましいし、ちょっとずるいじゃない。恋人の私よりも、長く傍にいるような感じもするし。
「お嬢さんとの共通点は、エリアスしかいないんだから、しょうがないでしょう。あと、興味を引く話題も。だから――……」
「今度はエリアスから、あの子に乗り替えるの?」
「話をややこしくするな、ネリー!」
「してないよ! だから、エリアスと仲良くしているってことでしょう!」
ネリーもケヴィンに詰め寄った。
エリアスが相手の場合、最悪友情じゃなかったとしても、無理やり友情ということにして納得できる。
けれど、相手が私なら話は別だ。
ネリーはゲーム通り、ケヴィンが好きみたいだから。当の本人が気づいているかは分からないけど。
「違う! 俺は女将さんとお嬢さんの橋渡しをするためにだな……女将さんも何か言ってくださいよ!」
私とネリーに、あらぬ疑いをかけられたケヴィンは、キトリーさんに助けを求めた。
「ごめんごめん。なかなか見られない光景だったから、ついね」
ハハハッとおかしそうに笑ってみせた。逆にケヴィンはため息を吐いていた。
とりあえず、私とネリーの猛攻が止まったからだ。
「ネリーもマリアンヌもいい加減におし。本気で言っているわけじゃないんだろう」
ネリーと顔を見合わせる。
「だって……」
「分かっているよ。最近、ケヴィンが相手をしてくれなくて寂しかったってことは。その理由が私のためだから、強く言えなかったことも」
「母さん……」
「まぁ、そういうことだから、ケヴィン。しばらくの間でいいから、ネリーと外に行っていてくれないかい」
キトリーさんの言葉に喜んだネリーは、今すぐでも行きたいのか、ケヴィンの腕を掴んだ。しかし、当人は焦りながら反論する。
「女将さん、そりゃないですよ。ここまで来て俺を除け者にするんですか? それに、お嬢さんの誤解も解いていません」
「誤解も何も、マリアンヌのはただのおふざけだ。そうだろう?」
ギクッ。さすがは年の功。バレていたか。
エリアスのネタで散々ケヴィンにからかわれていたから、仕返しをしたのだ。
「はい。すみません」
「いいんだよ。どうせ、ケヴィンが悪いんだろう」
「……半々です」
「お、お嬢さん。その、すみません」
慌てて私に駆け寄り、腰を曲げた。
謝るにしても、そこまでしなくていいのに。
「謝っても、ケヴィンはネリーと一緒に出ていきな」
「そんなぁ」
「一時間くらい帰ってこなくていいよ」
「本当に? ありがとう、母さん」
残念だからなのか、キトリーさんに閉め出されたショックなのか。ケヴィンは項垂れた様子で、ネリーに引っ張られながら出て行った。
お店に入ってすぐ、出迎えてくれた女性に私は戸惑った。
私と同じ、金髪にオレンジ色の瞳。
お父様と同じように、私を愛おしそうな目で見つめている。
「女将さん、ダメですよ。お嬢さんが驚いているじゃないですか」
「女将さん?」
ケヴィンの言葉に、私は鸚鵡返しに尋ねた。
女将さんってことは、ネリーのお母さん? でも、なんでその人が私を“待っていた”の?
「あー、えっと。この人は俺がお世話になっている――……」
「キトリー・エナンだ。よく来たね」
エナン、ということは、やっぱりネリーのお母さんだ。ケヴィンがお世話になっているって言っていたから間違いない。
でも、ネリーの髪は赤みがかった茶色。瞳だって青だ。うろ覚えだったとしても、ヒロインと同じ色はあり得ない。だとすると、ネリーの色は父親譲りってことかな。
「お嬢さん?」
「あっ、ごめんなさい。ちょっとビックリしちゃって」
「それは無理もないだろうね。いきなり叔母と言われて、困ったんじゃないかい」
「お、ば?」
ただのおばさんじゃなくて?
私はその表情のまま、ケヴィンを見た。
「女将さん、お嬢さんにはまだ何も話していないんです。混乱させることを言わないでください」
「え! 先に言ってから連れてきたんじゃないのかい」
「違いますよ。だいたい俺の口から、そんな重要なことを言うと思いますか!」
こ、これは、ケヴィンの言い分が正しい。
「だけどねぇ、何も言わないでホイホイ来たっていうのかい」
「疑うのは無理もないことですが……そうなんですから、しょうがないでしょう! 一応、言うつもりはあったんですけどね。でも何も聞かずに来てくれたから、その……。女将さんから説明するのが筋かと……」
あれ? これは私がいけない雰囲気?
「お前さん、いや、お嬢ちゃん?」
「……えっと、マリアンヌと呼んでください」
「そうかい。ならマリアンヌ。いくらケヴィンとはいえ、男にホイホイついて行くんじゃないよ。何かあってからじゃ、遅いんだからね」
「いや、お嬢さんは、俺がエリアスの知り合いだから信用してついてきてくれたんですよ」
さも、俺が悪い男みたいに言わないでください、とばかりにケヴィンは反論した。
「だとしても、だ。来る途中、説明できたんじゃないのかい」
「あの、来る時はその、エリアスの話をしていて、だから……」
「エリアスの?」
「はい。昨夜もこちらに来たと思ったので、その……」
探りを入れた。
カフスを喜んでもらえたのは分かっている。けど、ケヴィンに何を話したのかが気になったのだ。
収穫は、ケヴィンに文句を言っただけだった。しかも『品物を選ぶところから、すべてお嬢さんじゃないとダメみたいですよ』と、赤面ものの感想までされたのだ。
「そりゃ、仕方がないね。エリアスのことじゃぁ」
「なになに、エリアスの彼女が来たの?」
奥から少女の声が聞こえてきた。店内の騒ぎが気になったのだろう。
もしかして……。
ここで少女というのは、一人しかいない。
ケヴィンはマリアンヌと同じ年だから、十六歳。ネリーはその一つ下。ユーグと同じ、十五歳だ。
乙女ゲーム『アルメリアに囲まれて』のプレイ画面で見た時よりも、幼い赤みがかった茶色の少女、ネリーが姿を現した。
青い瞳は嫌悪ではなく、好奇心の色をしている。高く上げた髪を靡かせた姿は同じなのに、全く印象が違っていた。
「うわぁ、凄く可愛いじゃん。エリアスがぞっこんになるのも分かる!」
誰? 本当にネリー・エナン?
私に可愛いって。嫌味や皮肉の意味じゃなくて、純粋にそう言っているように聞こえるんだけど。
本当にネリー・エナン?
「だからさ~、エリアスをあまり来ないようにしてほしいんだけど。色仕掛けでもしてさ~。満足させてあげなよ」
はい、間違いなく、ネリー・エナンでした。
「お前、お嬢さんに何を言ってんだよ!」
「だって、毎晩来て迷惑しているんだから、いいじゃない」
「だからって」
チラッとこちらを見るケヴィン。何を言いたいのか察しはつくけど、私は無視してネリーに近づいた。
「ごめんなさい。エリアスが迷惑をかけて。私もね、毎晩行ってほしくないの。全部ケヴィンに筒抜けなんて、恥ずかしいでしょう」
「あぁ、うん。そうだね。それは分かるかも」
「あと毎晩通うっていうところも嫌なの」
「うん。怪しいよね」
「分かる?」
「だから、来ないようにしてって言ったんだよ」
同志! と心の中で叫び、ネリーと握手した。
「ちょ、ちょっと待って。何が怪しいんだよ」
「すべてだよ! エリアスが来るとつきっきりでさ。怪しいと思わない方がおかしいよ!」
「それは女将さんのために、お嬢さんの情報をだな」
「私の情報が何?」
聞き捨てならないセリフに、私は詰め寄った。
「いや、だから、その……」
「こないだははぐらかされたけど、ちゃんと答えて。どんな関係なの?」
「そっち!?」
「だって……エリアスの、知らない話ばかりするんだもの」
羨ましいし、ちょっとずるいじゃない。恋人の私よりも、長く傍にいるような感じもするし。
「お嬢さんとの共通点は、エリアスしかいないんだから、しょうがないでしょう。あと、興味を引く話題も。だから――……」
「今度はエリアスから、あの子に乗り替えるの?」
「話をややこしくするな、ネリー!」
「してないよ! だから、エリアスと仲良くしているってことでしょう!」
ネリーもケヴィンに詰め寄った。
エリアスが相手の場合、最悪友情じゃなかったとしても、無理やり友情ということにして納得できる。
けれど、相手が私なら話は別だ。
ネリーはゲーム通り、ケヴィンが好きみたいだから。当の本人が気づいているかは分からないけど。
「違う! 俺は女将さんとお嬢さんの橋渡しをするためにだな……女将さんも何か言ってくださいよ!」
私とネリーに、あらぬ疑いをかけられたケヴィンは、キトリーさんに助けを求めた。
「ごめんごめん。なかなか見られない光景だったから、ついね」
ハハハッとおかしそうに笑ってみせた。逆にケヴィンはため息を吐いていた。
とりあえず、私とネリーの猛攻が止まったからだ。
「ネリーもマリアンヌもいい加減におし。本気で言っているわけじゃないんだろう」
ネリーと顔を見合わせる。
「だって……」
「分かっているよ。最近、ケヴィンが相手をしてくれなくて寂しかったってことは。その理由が私のためだから、強く言えなかったことも」
「母さん……」
「まぁ、そういうことだから、ケヴィン。しばらくの間でいいから、ネリーと外に行っていてくれないかい」
キトリーさんの言葉に喜んだネリーは、今すぐでも行きたいのか、ケヴィンの腕を掴んだ。しかし、当人は焦りながら反論する。
「女将さん、そりゃないですよ。ここまで来て俺を除け者にするんですか? それに、お嬢さんの誤解も解いていません」
「誤解も何も、マリアンヌのはただのおふざけだ。そうだろう?」
ギクッ。さすがは年の功。バレていたか。
エリアスのネタで散々ケヴィンにからかわれていたから、仕返しをしたのだ。
「はい。すみません」
「いいんだよ。どうせ、ケヴィンが悪いんだろう」
「……半々です」
「お、お嬢さん。その、すみません」
慌てて私に駆け寄り、腰を曲げた。
謝るにしても、そこまでしなくていいのに。
「謝っても、ケヴィンはネリーと一緒に出ていきな」
「そんなぁ」
「一時間くらい帰ってこなくていいよ」
「本当に? ありがとう、母さん」
残念だからなのか、キトリーさんに閉め出されたショックなのか。ケヴィンは項垂れた様子で、ネリーに引っ張られながら出て行った。