マリーゴールドで繋がる恋~乙女ゲームのヒロインに転生したので、早めに助けていただいてもいいですか?~
お店の入口に立つ、エリアスの存在が信じられなくて、私はすぐに駆け寄れなかった。
「本当にエリアス、なの?」
見覚えのある茶色い髪に、緑色の瞳。私よりも頭一個分くらい高い身長。
爽やかな見た目に反して、中身は意外とお茶目。
私はいつもそれに翻弄されていた。
一歩ずつ前進しながら、その一つ一つを確かめた。
苦笑する、その顔に手を伸ばすと、待ちきれないとばかりに掴まれて、抱き寄せられた。
「ごめん、マリアンヌ。怖い思いをさせて」
その瞬間、箍が外れたかのように感情が溢れた。エリアスの背中に腕を回して、強く服を掴む。その手は震え、呼応するかのように、目から止めどなく涙が流れた。
「エリ、アス……私……私の、方こそ、ご、ごめん、なさい」
嗚咽が混ざって、うまく言葉が発せられなかった。それでもエリアスは優しく髪を、背中を撫でてくれた。
「うん。いいんだ。結局、こうなったから」
「こうって?」
私は顔を上げて、エリアスを見た。
「悲しませないように、泣かせないようにしたかったんだ。それなのに……」
未だ涙が流れる両頬を包み込むと、エリアスは顔を近づけた。
瞼にキスをして、閉じた瞬間に流れた涙を指で拭った。
「泣かせてしまった。こんなにも」
「同じ、ことを、言う、のね」
返事をしている間にも、エリアスの唇は濡れた私の頬へと向かう。
流れた涙を追うように、上から下へ。
「同じ?」
「お父様、が」
目を開けようとした瞬間、再び瞼にキスされた。
「泣きそうな顔は、見たく、なかったって」
「うん。俺も見たくなかった。だから……」
「エリアス?」
その先を促すように言うと、顎を掴まれ、唇に柔らかい感触がした。
目を閉じていても分かる。エリアスの唇だと。
「んっ」
声が漏れた瞬間、薄目をそっと開けた。そこに映ったのは、見慣れない壁と天井。
薄いオレンジ色ではない茶色い塗装に、私はハッとなった。
あっ、ここはケヴィンのお店じゃない!
「んんっ!」
離してとばかりに私はエリアスの背中を叩いた。
すると簡単に、けれどゆっくりと唇が離れた。が、背中と腰に腕を回されてしまい、エリアスとの距離はさほど変わらないままだった。
「エリアス、その……少しだけ、離れて……」
「嫌だ」
「で、でも、ここは……私の部屋じゃないんだよ」
この状態のエリアスに、ケヴィンの名前を出すべきじゃないと思った。けれど、恥ずかしくて後半は小声で抗議した。
「あぁ、周りを気にしているのなら、大丈夫だ。誰もいないから」
「え?」
咄嗟に首を左右に振って確かめる。
うまく周りが見えないことが分かるや否や、エリアスは私を抱き抱えた。
「嘘は言っていないだろう?」
「う、うん。でも、何で?」
「そりゃ、マリアンヌのあんな姿を、見せたくないからに決まっているだろう」
あんな姿って。つまり、知らない間にエリアスが、人払いしていたってことなの?
でも、お陰でキ……じゃなくて恥ずかしい場面を見られずにすんだのは、感謝しないと……。
「……ありがとう」
「うん」
エリアスは私の頬にキスをしてから、下ろしてくれた。
「マリアンヌ……」
「何?」
突然、神妙な顔で名前を呼ばれた。声もどこか不安気な様子だった。
「まだ、怒っている?」
「怒るって?」
「その、今日の午前中……」
言い辛そうな声を出しながら、エリアスがネクタイに手を当てた。
「今は怒っていないわ。あの後、色々なことがあったから」
というより、この体勢を拒否していないんだから察してよ。さっき、キスだってしたんだし。
「今はってことは、まだ怒っているんだろう」
「それは、後でちゃんと罰を受けてほしいと思ったからよ。このネクタイをしたこと。お父様の不調を黙っていたこと。それに対しての罰を」
私はそう言いながら、順番にネクタイとエリアスの顔に人差し指を向けた。
「じゃ、別に俺を見捨てて邸宅を出たわけじゃないんだな?」
「何の話?」
「ポールがそう言ったんだ。愛想を尽いて、マリアンヌは邸宅を出て行ったって。見捨てられたって言われて……」
悔しそうに話していた顔が、次第に泣きそうな顔へと変わる。
あぁ、これなんだ、と私はここでエリアスとお父様の気持ちが、ようやく理解できた。
確かにこんな顔は見たくない。泣きそうな顔なんて。それも私が原因なら、余計に。
「それなら、どうしてここに?」
「密偵と連絡が取れるケヴィンなら、マリアンヌの行方が分かると思ったんだ。そしたら――……」
「うん。私がいた」
頷くエリアスの顔に、私は満足した。
「ほら、私がエリアスを見捨てたわけじゃないでしょう?」
「……ここにはケヴィンがいる」
「うん。ケヴィンのお店だからね。エリアスの冤罪を晴らすために、協力してもらいたくて来たの」
だから、ケヴィンに乗り換えるわけじゃないのよ、と言うとエリアスは安堵した表情になった。
「それなのに、当のエリアスが現れるんだもの。……ビックリしたわ。どうやって抜け出して来たの? 釈放されたわけじゃないんでしょう?」
「あぁ。表向きは今も、部屋で拘束されていることになっている。治安隊にテス卿の知り合いがいるから、その伝手で抜け出して来たんだ」
「それじゃ、尋問と言っても酷いことをされているわけじゃないのね」
よく見ると、エリアスの顔に傷や痣はない。私が抱き締めても、痛がる仕草や、我慢するような仕草もないことに、今更気がついた。
「ポールの尋問以外はな」
「っ! ごめんなさい。確かに邸宅を出る時、エリアスよりもお父様の用事が大事って言ったわ。でも、それは外出する口実で。本当はエリアスのためなの。だから、見捨てたわけじゃ――……」
「分かっている。それすら俺を攻撃する材料にしたってことは。でも、自信が持てなかったんだ」
あの時、私がエリアスの手を振り払ったから。
「ダメって言ったのに、このネクタイをしたエリアスが悪いのよ」
「慰めてくれないのか?」
「自業自得よ。少しは反省して。あと秘密にしないで」
本当は慰める場面なんだろうけど、すでに前科があるため、寛容になれなかった。
そう、二年前。私に内緒でオレリアと叔父様を処理しようとしていたから。
「ごめん」
「うん。もう二度としないでね」
「分かった」
シュンとする姿に、今は満足することにした。本当に分かったのかは怪しいけど、今はこの件を問い詰めるところじゃない。
そう、気持ちが落ち着いた私は、あることを質問した。
「それでお父様と何をしようとしていたの? ポールを罠に嵌めようとしているって聞いたけど」
エリアスがここに現れる前に話していたことだ。
これはお父様だけじゃない。エリアスも一枚噛んでいるに違いないと思ったからだ。
「本当にエリアス、なの?」
見覚えのある茶色い髪に、緑色の瞳。私よりも頭一個分くらい高い身長。
爽やかな見た目に反して、中身は意外とお茶目。
私はいつもそれに翻弄されていた。
一歩ずつ前進しながら、その一つ一つを確かめた。
苦笑する、その顔に手を伸ばすと、待ちきれないとばかりに掴まれて、抱き寄せられた。
「ごめん、マリアンヌ。怖い思いをさせて」
その瞬間、箍が外れたかのように感情が溢れた。エリアスの背中に腕を回して、強く服を掴む。その手は震え、呼応するかのように、目から止めどなく涙が流れた。
「エリ、アス……私……私の、方こそ、ご、ごめん、なさい」
嗚咽が混ざって、うまく言葉が発せられなかった。それでもエリアスは優しく髪を、背中を撫でてくれた。
「うん。いいんだ。結局、こうなったから」
「こうって?」
私は顔を上げて、エリアスを見た。
「悲しませないように、泣かせないようにしたかったんだ。それなのに……」
未だ涙が流れる両頬を包み込むと、エリアスは顔を近づけた。
瞼にキスをして、閉じた瞬間に流れた涙を指で拭った。
「泣かせてしまった。こんなにも」
「同じ、ことを、言う、のね」
返事をしている間にも、エリアスの唇は濡れた私の頬へと向かう。
流れた涙を追うように、上から下へ。
「同じ?」
「お父様、が」
目を開けようとした瞬間、再び瞼にキスされた。
「泣きそうな顔は、見たく、なかったって」
「うん。俺も見たくなかった。だから……」
「エリアス?」
その先を促すように言うと、顎を掴まれ、唇に柔らかい感触がした。
目を閉じていても分かる。エリアスの唇だと。
「んっ」
声が漏れた瞬間、薄目をそっと開けた。そこに映ったのは、見慣れない壁と天井。
薄いオレンジ色ではない茶色い塗装に、私はハッとなった。
あっ、ここはケヴィンのお店じゃない!
「んんっ!」
離してとばかりに私はエリアスの背中を叩いた。
すると簡単に、けれどゆっくりと唇が離れた。が、背中と腰に腕を回されてしまい、エリアスとの距離はさほど変わらないままだった。
「エリアス、その……少しだけ、離れて……」
「嫌だ」
「で、でも、ここは……私の部屋じゃないんだよ」
この状態のエリアスに、ケヴィンの名前を出すべきじゃないと思った。けれど、恥ずかしくて後半は小声で抗議した。
「あぁ、周りを気にしているのなら、大丈夫だ。誰もいないから」
「え?」
咄嗟に首を左右に振って確かめる。
うまく周りが見えないことが分かるや否や、エリアスは私を抱き抱えた。
「嘘は言っていないだろう?」
「う、うん。でも、何で?」
「そりゃ、マリアンヌのあんな姿を、見せたくないからに決まっているだろう」
あんな姿って。つまり、知らない間にエリアスが、人払いしていたってことなの?
でも、お陰でキ……じゃなくて恥ずかしい場面を見られずにすんだのは、感謝しないと……。
「……ありがとう」
「うん」
エリアスは私の頬にキスをしてから、下ろしてくれた。
「マリアンヌ……」
「何?」
突然、神妙な顔で名前を呼ばれた。声もどこか不安気な様子だった。
「まだ、怒っている?」
「怒るって?」
「その、今日の午前中……」
言い辛そうな声を出しながら、エリアスがネクタイに手を当てた。
「今は怒っていないわ。あの後、色々なことがあったから」
というより、この体勢を拒否していないんだから察してよ。さっき、キスだってしたんだし。
「今はってことは、まだ怒っているんだろう」
「それは、後でちゃんと罰を受けてほしいと思ったからよ。このネクタイをしたこと。お父様の不調を黙っていたこと。それに対しての罰を」
私はそう言いながら、順番にネクタイとエリアスの顔に人差し指を向けた。
「じゃ、別に俺を見捨てて邸宅を出たわけじゃないんだな?」
「何の話?」
「ポールがそう言ったんだ。愛想を尽いて、マリアンヌは邸宅を出て行ったって。見捨てられたって言われて……」
悔しそうに話していた顔が、次第に泣きそうな顔へと変わる。
あぁ、これなんだ、と私はここでエリアスとお父様の気持ちが、ようやく理解できた。
確かにこんな顔は見たくない。泣きそうな顔なんて。それも私が原因なら、余計に。
「それなら、どうしてここに?」
「密偵と連絡が取れるケヴィンなら、マリアンヌの行方が分かると思ったんだ。そしたら――……」
「うん。私がいた」
頷くエリアスの顔に、私は満足した。
「ほら、私がエリアスを見捨てたわけじゃないでしょう?」
「……ここにはケヴィンがいる」
「うん。ケヴィンのお店だからね。エリアスの冤罪を晴らすために、協力してもらいたくて来たの」
だから、ケヴィンに乗り換えるわけじゃないのよ、と言うとエリアスは安堵した表情になった。
「それなのに、当のエリアスが現れるんだもの。……ビックリしたわ。どうやって抜け出して来たの? 釈放されたわけじゃないんでしょう?」
「あぁ。表向きは今も、部屋で拘束されていることになっている。治安隊にテス卿の知り合いがいるから、その伝手で抜け出して来たんだ」
「それじゃ、尋問と言っても酷いことをされているわけじゃないのね」
よく見ると、エリアスの顔に傷や痣はない。私が抱き締めても、痛がる仕草や、我慢するような仕草もないことに、今更気がついた。
「ポールの尋問以外はな」
「っ! ごめんなさい。確かに邸宅を出る時、エリアスよりもお父様の用事が大事って言ったわ。でも、それは外出する口実で。本当はエリアスのためなの。だから、見捨てたわけじゃ――……」
「分かっている。それすら俺を攻撃する材料にしたってことは。でも、自信が持てなかったんだ」
あの時、私がエリアスの手を振り払ったから。
「ダメって言ったのに、このネクタイをしたエリアスが悪いのよ」
「慰めてくれないのか?」
「自業自得よ。少しは反省して。あと秘密にしないで」
本当は慰める場面なんだろうけど、すでに前科があるため、寛容になれなかった。
そう、二年前。私に内緒でオレリアと叔父様を処理しようとしていたから。
「ごめん」
「うん。もう二度としないでね」
「分かった」
シュンとする姿に、今は満足することにした。本当に分かったのかは怪しいけど、今はこの件を問い詰めるところじゃない。
そう、気持ちが落ち着いた私は、あることを質問した。
「それでお父様と何をしようとしていたの? ポールを罠に嵌めようとしているって聞いたけど」
エリアスがここに現れる前に話していたことだ。
これはお父様だけじゃない。エリアスも一枚噛んでいるに違いないと思ったからだ。