マリーゴールドで繋がる恋~乙女ゲームのヒロインに転生したので、早めに助けていただいてもいいですか?~
「少しだけ聞きました。お世話になった方だと」
「そう。父上が伯爵を継いで間もない頃、多額の投資先が倒産してしまってね。領地経営で得た収入だけでは(まかな)えないくらい、大損してしまったことがあったんだ。私も幼く、アドリアンは生まれたばかり。これからお金がかかるから、父上もまたいい話に乗ってしまったんだそうだ」

 人を騙そうとする(やから)にとって、貴族は格好の的なのだろう。まさか、祖父様も引っかかっていたとは思わなかった。

「困り果てた大旦那様は、父に助けを求めました。この頃はまだ、院長も大人しかったので、余裕があったんです」
「父上はその時、借りた金は必ず返すと約束したそうだ」
「ですが、年月と共にお忘れになられたのか、返しに来ることはありませんでした。我が家が傾いていた間も」
「それなら、平民だけじゃなく、カルヴェ伯爵家も恨んでいるんじゃないの?」

 必要な時に助けてくれなかったのだから。しかし、ポールは顔を横に振った。

「いいえ。大旦那様のような方は、他にも沢山いました。その一つ一つに恨みなど持っていたら、切りがありません。それに、大旦那様は返すつもりがあったから、我が家が没落した後もやってきたんです。返却する意思すらない者だったら、見向きもしないでしょう」
「でも、間に合わなかったって……」
「それは、父上の運用が下手だったのが敗因なんだよ、マリアンヌ。お金を借りたからといっても、すぐに取り戻せない金額なのは、想像がつくだろう?」
「はい。さきほど、領地経営では賄えないほどだったと仰っていたので」

 それくらいでしか想像ができなかった。この世界に来て四年。私はお父様の保護下で、気にせずに生きてきてしまったから。

「だから、余裕がなくてね。ポールの家がそんなことになっていたことすら、気がつかなかったんだよ。知ったのは返却に行った時、という間抜けなことをしてしまうほどに」
「でも、お陰で助かりました。これで父に群がる害虫はいなくなったわけですし。大旦那様は罪悪感で私を引き取ってくださいました」
「……だったら、どうしてお父様まで殺そうとしたの? その理屈なら、関係ないでしょう!」

 来る者を拒まない父親と、自滅するところを救ってくれた祖父様の血を引くお父様を殺そうとするなんて!

「お嬢様が死んでくれないから、旦那様になったんです。そこまで嫌なら、今ここで死んでもらえませんか?」
「っ!」
「私は嫌なんです。再び害虫が、我が屋敷を蝕むのが。見ていられないほどに」
「ポールっ!」

 急におかしくなったポールの態度に、お父様が叫ぶ。

「旦那様、害虫駆除は必要な行為です。それを阻むのなら、旦那様とて容赦は致しません」
「イレーヌもマリアンヌも害虫ではない! お前が平民を嫌うのは分かる。だから、その感情は容認していた。お前の家を没落させたあの男を恨む気持ちは、理解できるからな」
「でしたらなぜ、エリアスに爵位を継がせようとするのですか! あいつは孤児です。奥様やお嬢様とはまた違います!」
「私はマリアンヌの気持ちを尊重してやりたい」

 すると、ポールが視線を私に向けた。その形相(ぎょうそう)に、思わず悲鳴を出しそうになった。

「やはり、お嬢様は害虫ではありませんか。この私に、よりにもよって孤児に仕えさせようとは!」
「訂正しろ、ポール! 俺のことは害虫だろうが寄生虫だろうが、何だって言ったって構わないが、マリアンヌにまで言うことじゃないだろう!」
「こんな挑発にすぐに乗る。伯爵に向いているとは思えません。いかがですか、旦那様」
「いや、お前の方が執事に向いていない。主である私やイレーヌ、マリアンヌにまで牙を向けたのだからな」

 そうだ。論点を履き違えてはいけない。ポールはすでに、お母様を殺めている。

「お前が心配するのは、カルヴェ伯爵家のことではない。今後の自分のことを考えた方がいいだろう」

 お父様がテス卿に合図をする。

「これからお前は、四件の罪状で裁かれるのだからな。平民が貴族を殺害すればどうなるか。お前なら分かるはずだ」

 殺害未遂でも、死刑になる。だから二年前、私はリュカの罪が軽くなるよう、お父様に懇願した。
 リュカに私を殺害する意思がなかったこと。私がマリアンヌになってしまったことで起きた出来事でもあったから、どうしても回避したかった。
 それによって、オレリアと叔父様の罪が、ほぼ無いに等しくなっても……私は構わなかった。

 だって、私は生きているもの。リュカの死なんて見たくない……!

「殺害? 私は平民を殺害したのですよ。貴族が平民を殺して、何が悪いというのですか!」
「お前はもう貴族じゃない! いい加減、理解しろ!」
「私は貴族だ! そこにいる連中とは違う!」

 ポールは私やエリアスを指差すばかりか、テス卿の合図でエントランスに入って来た治安隊の者たちにまで指して言う。
 元々、邸宅内に味方が少ないポールだ。ここで庇う者はいなかった。
 治安隊まで敵に回したのだから、尚更だった。

「連れて行け」

 未だに認めないポールの姿に、お父様は呆れ果てた様子で、治安隊に命令した。それがいけなかった。

「お父様っ!」

 (しゃく)(さわ)ったポールが、一瞬の隙をついてお父様に駆け寄った。その手に何か光るものが見えた。

 もしかして、ナイフ? ダ、ダメ! お父様が殺されちゃう!?

 私は急いで、ポールとお父様の間に割り込んだ。

「貴方が狙っているのは私でしょう!」
「「マリアンヌっ!」」

 エリアスとお父様の声が重なった瞬間、私は温かいものに包まれた。そう、エリアスに抱き締められたのだ。

「エリアス!」

 しかし、エリアスの後ろにはポールがいた。

「うっ」
「エリアス!」

 小さく(うめ)く声に、私はもう一度、名前を呼んだ。その途端、体が崩れる。

「かはっ。あぁぁぁぁぁ」

 そう苦し気に呻きながら崩れたのは、エリアスではなく、ポールだった。
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