マリーゴールドで繋がる恋~乙女ゲームのヒロインに転生したので、早めに助けていただいてもいいですか?~
 院長の後を歩きながら、ふとエリアスの顔を見た。
 礼拝堂は、エリアスと初めて会った場所。ここは首都の教会ではないけれど、そう思ってしまったのだ。

「どうしたんだ?」
「ふふふ。ちょっと四年前のことを思い出したの」
「あぁ。確かに、あの時も礼拝堂だったな」

 エリアスを探しに教会へ行った時、通された場所が礼拝堂だった。
 すぐに出会えたのは、乙女ゲームのヒロインと攻略対象者の、まぁ宿命みたいなもので。探しに来た私としては、とても有り難かった。

「誰もいないはずの礼拝堂に物音がしたから、てっきり掃除をサボろうと誰かが(もぐ)り込んだんだと思ったんだ」
「うん。そう言っていたわね、確か」
「あの頃は、そういう奴が多かったから、てっきり今回もそうだと思ったんだ」

 分かる気がする。掃除ってサボりたくなるのよね。

「そしたらマリアンヌがいて、凄く驚いたんだ。孤児院に、こんな可愛い子はいなかったから」
「エ、エリアスっ……」
「だからあの時、皮肉を言ったわけじゃないんだ。何て言うか、慰めたくて言った言葉が、(かえ)ってマリアンヌを傷つけて……その……ごめん」
「ううん。あれは私が悪かったんだよ。もしかして、あのマリーゴールドはそういう意味だったの?」

 私はただ歓迎してくれている意味だと思っていた。

「あぁ。あの時はまだガキだったし、自分の気持ちにも気づいていなかったから、どうしていいか分からなかったんだ。また傷つけちゃうんじゃないか、って思ったら、顔を合わせ辛くて。それで教会に咲いていたマリーゴールドを思い出したんだ」
「実はね、私もそうだったの。エリアスを傷つけてしまったから、怒っているんじゃないか、って思って」
「怒るわけがないだろう。そもそも傷ついていないんだから」
「あの時はそう思っていたの! だからマリーゴールドが置いてあって、とても嬉しかったわ。やっぱりあれは、私の名前に因んで選んでくれたの?」

 ちょっと自惚(うぬぼ)れかなと思って、覗き込むようにして尋ねた。

「それもあるけど、似合うと思ったんだ、マリアンヌに」
「っ!」

 愛おしそうに微笑むエリアスの姿に、私は急に顔が熱くなるのを感じた。

 四年前のことを思い出していたせいかな。正確には覚えていないけど、多分エリアスを好きになったのは、あの頃だと思うから。

「マリアンヌ?」

 急に立ち止まった私を不思議に思ったのだろう。顔を覗かれてしまい、咄嗟に(うつむ)いた。さらにエリアスの腕が背中に触れ、肩を掴まれる。
 もうそれだけで私は、恥ずかしさのあまり目を(つむ)った。
 すると突然、横の通路から声をかけられた。

「ちょっとお二人さん。ここがハイルレラ修道院だということを、忘れているのではなくて?」

 この声って……まさか……!

「オレリ――……」

 ア、と言い終わるよりも先に、肩を引き寄せられた。しかも体を右に九十度向けられ、エリアスに抱き締められるような格好になってしまった。
 抗議しようにも頭を掴まれて、身動きが取れない。

「そんなに警戒しないでちょうだい。もう危害を加えるつもりも、理由もないんだから」
「エリアス殿。それについては(わたくし)が保証いたします」

 足早に駆け寄る音は院長のものだろうか。オレリアの援護をする言葉を聞いて、私は安堵した。
 だから私も、エリアスの肩をそっと撫でた。

「……分かった」
「なら、放してあげなさい。さっきも言ったように、ここはハイルレラ修道院。そういった行為は控えてもらわないと、私の立場も悪くなるのよ。もしかして、私に対する嫌がらせのつもりなのかしら」

 この状況でエリアスを挑発するのは逆効果だよ、オレリア。

 さらに強く抱き締められた私は仕方がなく、エリアスの肩を叩く。すると、頭上からため息を吐く声が聞こえてきた。

「本当に何もしないんだな」
「話をするだけよ。そっちもそのつもりで来た、って聞いたんだけど。まさか、その子の意思まで無視するわけじゃないわよね?」

 私は心の中で大いに頷いた。

「そんなつもりはない」
「なら、放してあげなさいよ」

 オレリアに言われたのが嫌だったのか、渋々私を解放してくれた。
 これでようやくオレリアに会える。そう思って振り返った途端、私は驚いた。

 院長と同じ、黒い修道服に身を包んでいるところまでは予想できた。しかし、紫色の髪をすべて、ベールの中に入れているとは思わなかったのだ。

 ううん。転生前の世界で見たシスターさんも、髪を出していなかったわ。でも、コスプレやイラストで見たシスターさんは、出していたから……。やっぱり、ダメなのね。

 でもそのお陰で、オレリアの綺麗な顔立ちが際立っていた。さらに青い瞳というのも、ポイントが高い!

 スタイルも相変わらずいいし、私が男だったら、絶対に惚れているわ。と思えるオレリアの姿に、エリアスは全く動じていなかったのね。そればかりか、警戒していた。

 嬉しいけど、オレリアは十八歳。私と三歳離れているエリアスの方が年齢は近い。
 もう大して違わない年齢になってきたとはいえ、十六歳の私と比べると、やっぱりオレリアの方が大人っぽく見える。いや、この世界は十八歳が成人だから、大人なんだけど。

「大丈夫よ。もうこんな奴に、気なんてないから」
「えっ、あ、そういう意味じゃないの。……その、綺麗だから、つい……」

 自分と比べてしまった、とまでは言えずに口籠(くちごも)ると、オレリアのため息が聞こえてきた。

「エリアスもエリアスだけど、あんたも変わらないのね」
「そこがマリアンヌの良いところじゃないか」

 二人の会話に戸惑っていると、エリアスが突然、後ろから私の耳に(ささや)いた。

「俺は可愛いマリアンヌの方が好みだけどな」
「っ!」

 折角引いた顔の熱が、再び上がっていくのを感じて、私は両手で顔を隠した。

 さっきオレリアに注意されたばかりでしょうーー!!
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