マリーゴールドで繋がる恋~乙女ゲームのヒロインに転生したので、早めに助けていただいてもいいですか?~
エリアスに引かれて、孤児院の敷地内を歩いていた。正確には、彼の足についていけず、引きずられないように足を動かすのがやっとだった。
確か、エリアスはマリアンヌより三つ年上。子供の年の差は、一歳でも大きい。それが三歳も差があるのだから、歩幅が違うのは当たり前だった。
「ま、待って、エリアス」
息が切れそうになりながら、必死に呼び止めた。すると、ようやくエリアスの足が止まり、振り返った。と思ったのも束の間、私を横抱きにして、再び歩き出す。
「エ、エリアス!?」
「ごめん。急がないと、またあいつらがやってくるから。大人しくしていて」
「う、うん」
確かに、またあの子たちに囲まれるのは困る。だけど、私を抱き上げてから、エリアスの足が速くなるのを感じた。
大人の人と違って、安定感がなくて怖い。
私はエリアスの首にしがみついた。
「落とすようなことは絶対にしないけど、ちゃんと掴まってて」
「分かったわ。でも、どこに向かっているの?」
迷いなく進むエリアスを見ていると、目的地がありそうに思えたのだ。
「あと少しだから。それと着くまで目を瞑っていてもらってもいい?」
「……秘密の場所?」
「そういう訳じゃないけど、できればそうして欲しい、と言うか」
「……エリアスが言うなら」
私はさらに抱き着くようにして、目を閉じた。すると、さらに速度が増したような気がした。
***
「もう目を開けていいよ」
そう促されて、私はエリアスの視線の先を見た。
「あっ」
その瞬間、思わず声が出た。目の前にあったのが、マリーゴールドだったからだ。
別に驚くほど、多く咲いていたわけじゃない。塀の角の一角に、黄色とオレンジ色のマリーゴールドが、ひっそりと咲いていたのだ。大体、大きいプランターを二つ、並べた程度の広さしかない。
それでもここに連れて来てくれたことが嬉しかった。
「エリアス」
名前を呼んだだけで、その意図を汲み取り、ゆっくりと下ろしてくれた。
「ありがとう、これを見せてくれて」
あまりにも嬉しくて、一度離れた体を、再度密着させた。たった僅かな間だったが、私たちにとってマリーゴールドは、特別な花だったからだ。
「さっき、あいつが言った質問だけど」
思わず体がビクッとなった。あの時エリアスは、『ここで聞くつもりはない』と言っていた。つまり、ここで――……。
「エリアス、私……!」
「いや、今はいいよ。答えなくて。前もそう言っただろう」
「で、でも、あの時とは状況が違うから」
そう、今は私の安全を第一に考える必要はない。すぐに保護しなければならない状況ではないのだ。
「それでも、ここで答えを聞いたら、伯爵邸で何をしでかすか分からないから。だから、止めとくよ」
頭のいいエリアスは多分、気がついている。“好き”に傾きかけている私の気持ちに。
だから色々悟ってしまうのだ。通じ合った先の自分。伯爵邸に入った後の自分。さらにその先の未来まで。自分のことだから、尚更だった。
「それでも、今はまだ違うから、これだけは許して、マリアンヌ」
返事を待たずにエリアスは、頭を傾けて私の頬に唇を付けた。
「っ!」
ぎこちない仕草。お互い顔が赤くなった。どちらかと言うと、私のがエリアスに移ったように感じた。
「マリアンヌ」
俯いている私にエリアスは、黄色のマリーゴールドを差し出した。
「ありがとう。そういえば、なんでオレンジ色があるのに、黄色ばっかりだったの? 今もそうだけど」
受け取りながら、ふと疑問に思った。礼拝堂の扉の外に置いてあったマリーゴールドは、いつも黄色だった。
それなのに私は、何の疑いもせずに、黄色とオレンジ色のマリーゴールドを拾って、あの小屋に辿り着いたのだ。エリアスの意図にも気がつかずに。
「黄色は、マリアンヌの色だから。あとは、花言葉が理由だよ」
「もしかして、マリーゴールドの名前の由来を調べた時に、一緒に覚えたの?」
「そうだよ。でも良かった。意味が通じていたんだね」
「わ、私の名前にも通じるものだったから、覚えていたの。でも、花言葉は確か、あまり良くなかった気がするけど」
嫉妬とか絶望とか、そんな感じだったと思う。
「うん。でも、黄色いマリーゴールドの花言葉は健康だよ」
「健康?」
「マリアンヌが言っていただろう。伯爵が亡くなったら、同じになるって」
「あ、あれは……!」
あの時の失言を出されて、私は慌てた。胸の前に置いた、マリーゴールドを掴んでいる手に力が入る。
「大丈夫。気にしてないから」
「本当?」
「だから、黄色いマリーゴールドなんだよ。マリアンヌが持ち帰れば、伯爵にもご利益があるかなって思って」
そんな意図まであったとは知らず、呆気に取られた。傷つけたと思っていた失言を、こんな形で返されていたなんて思わなかったのだ。
それと同時に、胸のつっかえが下りたような気がした。
「ありがとう。大事にするね。そうだ。二、三本、貰っていってもいい?」
「いいけど。……部屋に飾るの?」
「ううん。部屋には、エリアスから貰った分があるから。これは押し花にしようかなって。お父様にあげたいの」
実は、療養している間、エリアスからマリーゴールドを貰っていた。手続きで孤児院に行った時に、渡してほしいと受け取った物だ。
「勿論、エリアスにもあげるね」
「え?」
「助けてくれたお礼がしたかったの。でも、何が良いか分からなくて。別の物の方がいい?」
「全然、十分だよ! マリアンヌがくれる物なら、なんだって!」
前世の趣味が思いの外、役に立って、私も嬉しかった。伯爵邸に入った後、私から贈られた物があった方が、エリアスへの風当たりが少なくなると思ったのだ。
それも、お父様と同じなら、効果は大きいに違いない。
「失敗するかもしれないから、多めに貰っても大丈夫かな」
「誰も気にする奴なんていないから、全部取っても問題ないよ」
「……それはさすがにちょっと」
二人で摘んだマリーゴールドは、司祭様に頼んで紙に包み、伯爵邸に持ち帰った。
***
帰りの馬車の中。マリーゴールドを包んだ紙を、満足気に眺めていると、あることに気がついた。
「あっ! お礼を言い忘れた」
どうしよう。今から引き返して貰おうかな。
ニナに視線を向けると、首を横に振られてしまう。馬車はすでに大広場を通っていたのだ。
「大丈夫。そういうの気にしないから」
いいのいいの、とエリアスが手を振る。
そういう訳にはいかないと思い、後日、寄付と言う形でお金を送った。お礼と共に、子供たちの好きな物を買ってあげてください、という手紙をつけて。
確か、エリアスはマリアンヌより三つ年上。子供の年の差は、一歳でも大きい。それが三歳も差があるのだから、歩幅が違うのは当たり前だった。
「ま、待って、エリアス」
息が切れそうになりながら、必死に呼び止めた。すると、ようやくエリアスの足が止まり、振り返った。と思ったのも束の間、私を横抱きにして、再び歩き出す。
「エ、エリアス!?」
「ごめん。急がないと、またあいつらがやってくるから。大人しくしていて」
「う、うん」
確かに、またあの子たちに囲まれるのは困る。だけど、私を抱き上げてから、エリアスの足が速くなるのを感じた。
大人の人と違って、安定感がなくて怖い。
私はエリアスの首にしがみついた。
「落とすようなことは絶対にしないけど、ちゃんと掴まってて」
「分かったわ。でも、どこに向かっているの?」
迷いなく進むエリアスを見ていると、目的地がありそうに思えたのだ。
「あと少しだから。それと着くまで目を瞑っていてもらってもいい?」
「……秘密の場所?」
「そういう訳じゃないけど、できればそうして欲しい、と言うか」
「……エリアスが言うなら」
私はさらに抱き着くようにして、目を閉じた。すると、さらに速度が増したような気がした。
***
「もう目を開けていいよ」
そう促されて、私はエリアスの視線の先を見た。
「あっ」
その瞬間、思わず声が出た。目の前にあったのが、マリーゴールドだったからだ。
別に驚くほど、多く咲いていたわけじゃない。塀の角の一角に、黄色とオレンジ色のマリーゴールドが、ひっそりと咲いていたのだ。大体、大きいプランターを二つ、並べた程度の広さしかない。
それでもここに連れて来てくれたことが嬉しかった。
「エリアス」
名前を呼んだだけで、その意図を汲み取り、ゆっくりと下ろしてくれた。
「ありがとう、これを見せてくれて」
あまりにも嬉しくて、一度離れた体を、再度密着させた。たった僅かな間だったが、私たちにとってマリーゴールドは、特別な花だったからだ。
「さっき、あいつが言った質問だけど」
思わず体がビクッとなった。あの時エリアスは、『ここで聞くつもりはない』と言っていた。つまり、ここで――……。
「エリアス、私……!」
「いや、今はいいよ。答えなくて。前もそう言っただろう」
「で、でも、あの時とは状況が違うから」
そう、今は私の安全を第一に考える必要はない。すぐに保護しなければならない状況ではないのだ。
「それでも、ここで答えを聞いたら、伯爵邸で何をしでかすか分からないから。だから、止めとくよ」
頭のいいエリアスは多分、気がついている。“好き”に傾きかけている私の気持ちに。
だから色々悟ってしまうのだ。通じ合った先の自分。伯爵邸に入った後の自分。さらにその先の未来まで。自分のことだから、尚更だった。
「それでも、今はまだ違うから、これだけは許して、マリアンヌ」
返事を待たずにエリアスは、頭を傾けて私の頬に唇を付けた。
「っ!」
ぎこちない仕草。お互い顔が赤くなった。どちらかと言うと、私のがエリアスに移ったように感じた。
「マリアンヌ」
俯いている私にエリアスは、黄色のマリーゴールドを差し出した。
「ありがとう。そういえば、なんでオレンジ色があるのに、黄色ばっかりだったの? 今もそうだけど」
受け取りながら、ふと疑問に思った。礼拝堂の扉の外に置いてあったマリーゴールドは、いつも黄色だった。
それなのに私は、何の疑いもせずに、黄色とオレンジ色のマリーゴールドを拾って、あの小屋に辿り着いたのだ。エリアスの意図にも気がつかずに。
「黄色は、マリアンヌの色だから。あとは、花言葉が理由だよ」
「もしかして、マリーゴールドの名前の由来を調べた時に、一緒に覚えたの?」
「そうだよ。でも良かった。意味が通じていたんだね」
「わ、私の名前にも通じるものだったから、覚えていたの。でも、花言葉は確か、あまり良くなかった気がするけど」
嫉妬とか絶望とか、そんな感じだったと思う。
「うん。でも、黄色いマリーゴールドの花言葉は健康だよ」
「健康?」
「マリアンヌが言っていただろう。伯爵が亡くなったら、同じになるって」
「あ、あれは……!」
あの時の失言を出されて、私は慌てた。胸の前に置いた、マリーゴールドを掴んでいる手に力が入る。
「大丈夫。気にしてないから」
「本当?」
「だから、黄色いマリーゴールドなんだよ。マリアンヌが持ち帰れば、伯爵にもご利益があるかなって思って」
そんな意図まであったとは知らず、呆気に取られた。傷つけたと思っていた失言を、こんな形で返されていたなんて思わなかったのだ。
それと同時に、胸のつっかえが下りたような気がした。
「ありがとう。大事にするね。そうだ。二、三本、貰っていってもいい?」
「いいけど。……部屋に飾るの?」
「ううん。部屋には、エリアスから貰った分があるから。これは押し花にしようかなって。お父様にあげたいの」
実は、療養している間、エリアスからマリーゴールドを貰っていた。手続きで孤児院に行った時に、渡してほしいと受け取った物だ。
「勿論、エリアスにもあげるね」
「え?」
「助けてくれたお礼がしたかったの。でも、何が良いか分からなくて。別の物の方がいい?」
「全然、十分だよ! マリアンヌがくれる物なら、なんだって!」
前世の趣味が思いの外、役に立って、私も嬉しかった。伯爵邸に入った後、私から贈られた物があった方が、エリアスへの風当たりが少なくなると思ったのだ。
それも、お父様と同じなら、効果は大きいに違いない。
「失敗するかもしれないから、多めに貰っても大丈夫かな」
「誰も気にする奴なんていないから、全部取っても問題ないよ」
「……それはさすがにちょっと」
二人で摘んだマリーゴールドは、司祭様に頼んで紙に包み、伯爵邸に持ち帰った。
***
帰りの馬車の中。マリーゴールドを包んだ紙を、満足気に眺めていると、あることに気がついた。
「あっ! お礼を言い忘れた」
どうしよう。今から引き返して貰おうかな。
ニナに視線を向けると、首を横に振られてしまう。馬車はすでに大広場を通っていたのだ。
「大丈夫。そういうの気にしないから」
いいのいいの、とエリアスが手を振る。
そういう訳にはいかないと思い、後日、寄付と言う形でお金を送った。お礼と共に、子供たちの好きな物を買ってあげてください、という手紙をつけて。