マリーゴールドで繋がる恋~乙女ゲームのヒロインに転生したので、早めに助けていただいてもいいですか?~
ハイルレラ修道院が、カルヴェ伯爵領だからといっても、ここは辺境の地。
エリアスの知り合いがいるとは思えなかった。
何せエリアスは、首都の孤児院で育ち、カルヴェ伯爵邸で過ごしていた。
時々、お父様と領地に行っていたようだけど。それでも……。
「何、突っ立てるのよ。入らないの?」
不審に思ったオレリアが、私の隣へ移動する。
「あぁ、なるほどね」
その声に、私は顔を俯いた。きっと器量が狭い女だと思っただろう。でも、やせ我慢することもできなかった。
「こんな些細なことで、いちいち気にしていたら、身が持たないわよ。エリアスがモテそうなことくらい、分かっているでしょうに」
「……だって」
ここは乙女ゲームの世界。私とオレリアがヒロインと悪役令嬢であるように、エリアスもまた、攻略対象者。
私を大事に思ってくれているのは、ヒロインだからであり、攻略対象者であるエリアスにとっては当然の行為。
お父様がお母様を通して愛してくださるのと同じで、エリアスもゲーム補正が働いているんじゃないかって、思ってしまうのだ。
実際リュカもそうだった。別人のように感じていながらも、私をマリアンヌだと信じて、好きでいてくれた。
いくらここは現実で、ゲームの世界じゃないと、頭に言い聞かせても、これまでに起こった出来事が、それを否定する。
私がエリアスを繋ぎ止めていられるのは、その事実の上に成り立っているのだと思い知らされるのだ。
例えば、今みたいな状況に陥ると、特にそう感じてしまう。
私がヒロインじゃなかったら、見向きもされないんだろうなって。
「だってもへったくれもないでしょうが。ほら、さっさとエリアスを取り返しに行きなさい。ここでグダグダしていたって、何も変わらないのよ」
「わぁ!」
そう言ってオレリアは、私の背中を思いっきり叩いた。勢いで、前に倒れそうになるほど、強く。
ちょっと、いや結構痛かったけど、嬉しかった。激励を貰うなんて思わなかったから。
「うん。行ってくるね」
背中を摩りながら、オレリアの方を向くと、苦笑いされた。
不甲斐ない従姉妹でごめんね。
私は前を向き、歩き出そうとした。途端、腕を引っ張られ、その勢いで顔に何かがぶつかった。
「っ!」
驚きはしたけど、痛みは感じなかった。それよりも、何が起こったの?
「大丈夫か、マリアンヌ!」
「エリアス? えっ、何で?」
どうして? さっきまで向こうにいたよね。私に気づいていなかったのに。え? えぇぇぇぇぇ!!
気がつくと私は、何故かエリアスの腕の中にいた。顔に当たったのは、どうやらエリアスの胸らしい。
「物音とマリアンヌの声が聞こえたから」
あぁ、そうか。それでこっちを向いたら、私が背中を摩っていたのが見えたんだ。さらに背後にはオレリアがいて、そう解釈したんだね。
うん。間違っていないけど、間違っているよ、エリアス。
「マリアンヌに危害を加えないって言ったのは、やっぱり嘘だったんだな」
「エリアス、誤解なの。これは、そういうことじゃなくて」
すると、頭を押さえられた。まるで、黙っていてと言わんばかりに。
「ほらね。あんたが心配する必要なんてなかったでしょう」
「何を言っているんだ」
「勿論、マリアンヌによ。エリアスが他の令嬢と、楽しそうに話しているのを見て、固まっていたから、手を貸してあげたの」
「マリアンヌが?」
「もう一度、言ってあげましょうか」
いや、言わないでいいよ、オレリアーーー!!
あまりの恥ずかしさに、私はエリアスの上着を握り締めた。
***
「あらあら、やっぱりお嬢さんを困らせているんじゃない」
だ、誰の声? やっぱりって?
「四年前から、全く変わっていないのね、エリアスは」
「うるせぇ。それにこれは、マリアンヌがあいつに叩かれたから」
「そうなの?」
「はい。私の従姉妹が、うじうじしていたものですから」
「つまり、檄を飛ばしたってわけね」
「その通りです、バルニエ侯爵令嬢」
会話に加われる体勢じゃなかったから、黙って聞いていたけど、オレリアは今、何て言った?
「早とちりした挙句、シスターを怒るなんて、カッコ悪いわよ」
そこは大いに同意する。
「それと、いつまでお嬢さんを抱いているつもり? これで困っていないとでも、本気で思っているの?」
物凄く同意! 早く放して! 確かめたいことがあるの!
「もっと言ってやってください、バルニエ侯爵令嬢。ここは礼拝堂でもありますので」
やっぱり聞き間違えじゃなかった。オレリアは確かに言った。『バルニエ侯爵令嬢』と。
一体誰が?
バルニエ侯爵は独身で、子供はいなかった。だから、乙女ゲーム『アルメリアに囲まれて』でエリアスは養子に入ったのだ。
それなのに、バルニエ侯爵令嬢、とオレリアは言った。エリアスの代わりに、バルニエ侯爵と養子縁組をした女性がいることを意味している。
それだけでも気になるのに、その女性はエリアスに対して、とても親し気だった。
本当に誰なの? 私のことも知っているような口振りだけど。
「エリアス」
我慢し切れずに名前だけ言う。自分でもビックリするくらい、切羽詰まった声が出た。
お陰で、すぐに解放してもらえた。
「マリアンヌ。その、ごめん」
「ううん。いいの。心配して駆けつけてくれたんだから。でも、時と場所を選んでほしかったわ」
「……分かった」
まぁ、私もエリアスに言えた立場じゃないんだけどね。中庭での出来事とか、ケヴィンのお店でもやっちゃったし……。
「ほら、私の言った通りだったでしょう、エリアス。お嬢さんを困らせていたじゃない」
「今回はたまたまで、いつもは迷惑をかけていない」
「そうなんですか、お嬢さん?」
クスクス笑いながら、青い髪の女性が私に問いかける。
もしかして、彼女がバルニエ侯爵令嬢? どこかで会ったことがあるのかな。凄い親し気に話しかけてくる。
まぁ、向こうの方が身分は上だから、失礼ではないんだけど……。
でも、この人。さっきエリアスと話していた女性、よね?
「お前こそ、マリアンヌを困らせているんじゃないか」
「えっ! あっ、そっか。こういう場合はお嬢さんじゃなくて、カルヴェ伯爵令嬢って呼ぶんだっけ」
「いや、その前に自己紹介だろう」
「ハッ! ごめんなさい。まだ慣れないものだから。改めて、ご挨拶をさせていただきます。私、レリア・バルニエです。憶えていらっしゃいますか? 四年前、孤児院でお会いしたのを」
四年前、孤児院? 青い髪……茶色い瞳……。
「あっ! エリアスを迎えに行った時に会った、青い髪の女の子?」
「そうです! 良かった。憶えていてくれたんですね」
孤児院の子供たちの中で、一番多く会話をした子だから、印象深かった。
まさか、あの時の子が、バルニエ侯爵令嬢になったなんて。エリアスと親しいわけだわ。
そればかりか、久しぶりの再会だもの。積もる話があってもおかしくはない。
でも、どうしてカルヴェ伯爵領にある、ハイルレラ修道院に彼女は来たの?
エリアスの知り合いがいるとは思えなかった。
何せエリアスは、首都の孤児院で育ち、カルヴェ伯爵邸で過ごしていた。
時々、お父様と領地に行っていたようだけど。それでも……。
「何、突っ立てるのよ。入らないの?」
不審に思ったオレリアが、私の隣へ移動する。
「あぁ、なるほどね」
その声に、私は顔を俯いた。きっと器量が狭い女だと思っただろう。でも、やせ我慢することもできなかった。
「こんな些細なことで、いちいち気にしていたら、身が持たないわよ。エリアスがモテそうなことくらい、分かっているでしょうに」
「……だって」
ここは乙女ゲームの世界。私とオレリアがヒロインと悪役令嬢であるように、エリアスもまた、攻略対象者。
私を大事に思ってくれているのは、ヒロインだからであり、攻略対象者であるエリアスにとっては当然の行為。
お父様がお母様を通して愛してくださるのと同じで、エリアスもゲーム補正が働いているんじゃないかって、思ってしまうのだ。
実際リュカもそうだった。別人のように感じていながらも、私をマリアンヌだと信じて、好きでいてくれた。
いくらここは現実で、ゲームの世界じゃないと、頭に言い聞かせても、これまでに起こった出来事が、それを否定する。
私がエリアスを繋ぎ止めていられるのは、その事実の上に成り立っているのだと思い知らされるのだ。
例えば、今みたいな状況に陥ると、特にそう感じてしまう。
私がヒロインじゃなかったら、見向きもされないんだろうなって。
「だってもへったくれもないでしょうが。ほら、さっさとエリアスを取り返しに行きなさい。ここでグダグダしていたって、何も変わらないのよ」
「わぁ!」
そう言ってオレリアは、私の背中を思いっきり叩いた。勢いで、前に倒れそうになるほど、強く。
ちょっと、いや結構痛かったけど、嬉しかった。激励を貰うなんて思わなかったから。
「うん。行ってくるね」
背中を摩りながら、オレリアの方を向くと、苦笑いされた。
不甲斐ない従姉妹でごめんね。
私は前を向き、歩き出そうとした。途端、腕を引っ張られ、その勢いで顔に何かがぶつかった。
「っ!」
驚きはしたけど、痛みは感じなかった。それよりも、何が起こったの?
「大丈夫か、マリアンヌ!」
「エリアス? えっ、何で?」
どうして? さっきまで向こうにいたよね。私に気づいていなかったのに。え? えぇぇぇぇぇ!!
気がつくと私は、何故かエリアスの腕の中にいた。顔に当たったのは、どうやらエリアスの胸らしい。
「物音とマリアンヌの声が聞こえたから」
あぁ、そうか。それでこっちを向いたら、私が背中を摩っていたのが見えたんだ。さらに背後にはオレリアがいて、そう解釈したんだね。
うん。間違っていないけど、間違っているよ、エリアス。
「マリアンヌに危害を加えないって言ったのは、やっぱり嘘だったんだな」
「エリアス、誤解なの。これは、そういうことじゃなくて」
すると、頭を押さえられた。まるで、黙っていてと言わんばかりに。
「ほらね。あんたが心配する必要なんてなかったでしょう」
「何を言っているんだ」
「勿論、マリアンヌによ。エリアスが他の令嬢と、楽しそうに話しているのを見て、固まっていたから、手を貸してあげたの」
「マリアンヌが?」
「もう一度、言ってあげましょうか」
いや、言わないでいいよ、オレリアーーー!!
あまりの恥ずかしさに、私はエリアスの上着を握り締めた。
***
「あらあら、やっぱりお嬢さんを困らせているんじゃない」
だ、誰の声? やっぱりって?
「四年前から、全く変わっていないのね、エリアスは」
「うるせぇ。それにこれは、マリアンヌがあいつに叩かれたから」
「そうなの?」
「はい。私の従姉妹が、うじうじしていたものですから」
「つまり、檄を飛ばしたってわけね」
「その通りです、バルニエ侯爵令嬢」
会話に加われる体勢じゃなかったから、黙って聞いていたけど、オレリアは今、何て言った?
「早とちりした挙句、シスターを怒るなんて、カッコ悪いわよ」
そこは大いに同意する。
「それと、いつまでお嬢さんを抱いているつもり? これで困っていないとでも、本気で思っているの?」
物凄く同意! 早く放して! 確かめたいことがあるの!
「もっと言ってやってください、バルニエ侯爵令嬢。ここは礼拝堂でもありますので」
やっぱり聞き間違えじゃなかった。オレリアは確かに言った。『バルニエ侯爵令嬢』と。
一体誰が?
バルニエ侯爵は独身で、子供はいなかった。だから、乙女ゲーム『アルメリアに囲まれて』でエリアスは養子に入ったのだ。
それなのに、バルニエ侯爵令嬢、とオレリアは言った。エリアスの代わりに、バルニエ侯爵と養子縁組をした女性がいることを意味している。
それだけでも気になるのに、その女性はエリアスに対して、とても親し気だった。
本当に誰なの? 私のことも知っているような口振りだけど。
「エリアス」
我慢し切れずに名前だけ言う。自分でもビックリするくらい、切羽詰まった声が出た。
お陰で、すぐに解放してもらえた。
「マリアンヌ。その、ごめん」
「ううん。いいの。心配して駆けつけてくれたんだから。でも、時と場所を選んでほしかったわ」
「……分かった」
まぁ、私もエリアスに言えた立場じゃないんだけどね。中庭での出来事とか、ケヴィンのお店でもやっちゃったし……。
「ほら、私の言った通りだったでしょう、エリアス。お嬢さんを困らせていたじゃない」
「今回はたまたまで、いつもは迷惑をかけていない」
「そうなんですか、お嬢さん?」
クスクス笑いながら、青い髪の女性が私に問いかける。
もしかして、彼女がバルニエ侯爵令嬢? どこかで会ったことがあるのかな。凄い親し気に話しかけてくる。
まぁ、向こうの方が身分は上だから、失礼ではないんだけど……。
でも、この人。さっきエリアスと話していた女性、よね?
「お前こそ、マリアンヌを困らせているんじゃないか」
「えっ! あっ、そっか。こういう場合はお嬢さんじゃなくて、カルヴェ伯爵令嬢って呼ぶんだっけ」
「いや、その前に自己紹介だろう」
「ハッ! ごめんなさい。まだ慣れないものだから。改めて、ご挨拶をさせていただきます。私、レリア・バルニエです。憶えていらっしゃいますか? 四年前、孤児院でお会いしたのを」
四年前、孤児院? 青い髪……茶色い瞳……。
「あっ! エリアスを迎えに行った時に会った、青い髪の女の子?」
「そうです! 良かった。憶えていてくれたんですね」
孤児院の子供たちの中で、一番多く会話をした子だから、印象深かった。
まさか、あの時の子が、バルニエ侯爵令嬢になったなんて。エリアスと親しいわけだわ。
そればかりか、久しぶりの再会だもの。積もる話があってもおかしくはない。
でも、どうしてカルヴェ伯爵領にある、ハイルレラ修道院に彼女は来たの?