マリーゴールドで繋がる恋~乙女ゲームのヒロインに転生したので、早めに助けていただいてもいいですか?~
 バルニエ侯爵令嬢の、婚約者が、王……太……子……?

 フィルマン・ヨル・バデュナン。そう、レリアは言っていた。婚約者……婚約者!?

 待って、何で?

 フィルマンは確か、乙女ゲーム『アルメリアに囲まれて』の攻略対象者の一人“王子”だ。

 オレンジ色の髪に紫色の瞳。攻略対象者の中で、一番整った顔立ち。
 誰もが憧れる、物語の中の王子様。それがフィルマン・ヨル・バデュナンだ。間違いない。

 でも、マリアンヌと婚約した後、王太子になった、と思うんだけど……。
 あぁ、そっか。マリアンヌじゃなくても、婚約すれば王太子になる設定だったのかな。

 いや、その前にフィルマンは婚約者がいたはずだから、王太子になる条件じゃない。

 あれ? なら、フィルマンの元婚約者は? 彼女はどうなったの?
 私は王子ルートに入っていないんだから、フィルマンは彼女と結ばれる……はず、じゃぁ……。

 エリアスがバルニエ侯爵にならなかったから、フィルマンルートも変わってしまったの?

「マリアンヌ?」

 エリアスに肩を掴まれて、私はゆっくりと顔を上げた。それと同時に、意識も浮上する。

 目の前には、不安と焦りが入り混じったような顔をしたエリアスがいた。

「エリアス……」

 頭がごちゃごちゃして、気持ち悪い。それに何だか頭も痛くなってきた。

「うっ」

 痛みが右から左へ走る。
 考えなければならないことがあるのに、扉をぴしゃりと閉められたような気分だった。そう、まるで今はダメだと、遮断されてしまったのだ。

 私は右手でこめかみを押さえ、胸元に左手を添えた。

 痛い、気持ち悪い。

「マリアンヌ!」
「エリ……アス……」

 助けて――。

 そう言おうとした時には、もう目を開けていられなかった。


 ***


 意識が下へ下へと下がっていく。底知れない暗闇の世界へと。私は逃げた。

 四年前の選択が、行動が正しかったのか、分からなくなってしまったのだ。その途端、私は恐怖に襲われた。

 ストーリー自体はだいぶ変わってしまったけれど、これまで出会った攻略対象者の未来は、(おおむ)ね変動はなかった。

 エリアスは、バルニエ侯爵ではなく、カルヴェ伯爵へ。
 リュカは、色々あったけど、使用人のまま。
 ユーグに至っては、問題だった父親と姉から離れ、母親と穏やかに暮らしている。
 ケヴィンは……まぁ、ネリーの頑張り次第かな。

 けれど、王子ことフィルマンは違う。
 ストーリーにすら上がることのなかった人物に、攻略されていたのだ。

 ううん。レリアを非難しているわけじゃないの。ただ、その事実が怖かっただけ。

 私の知らないところで、勝手にストーリー補正が働いていたこと。
 それによって、フィルマンの元婚約者が、婚約破棄されたという強制力に。
 恐怖しない方がおかしかった。

 やっぱり四年前、お父様を説得してでも、エリアスを伯爵邸に連れてこなければ良かったのかな。
 ううん。そしたら、お父様の運命は――……。

「ストーリーの進行通り、命を落としていたと思うわ」
「誰!?」

 ここは、私しかいないはずなのに。

「そうここは、私しかいない。貴女と私。“マリアンヌ”の精神世界」
「……いたんだ。この体に、ずっと……」

 本物のマリアンヌが。

「うん。ごめんね。私の人生なのに、ずっと貴女に押しつけてしまって」

 姿は見えなかったが、マリアンヌの悲しみがダイレクトに伝わってきた。
 ここが私たち“マリアンヌ”の精神世界だからだろうか。

「いいの。私はすべての困難に、立ち向かえとは思っていないから。逃げることだって、時には必要だもの」
「今みたいに?」

 マリアンヌの問いに、私は言葉を詰まらせた。

「でも、私と交代しようとは思っていないんでしょう。四年間とはいえ、貴女には大切な人ができたんだもの。大丈夫。彼なら受け止めてくれるわ」
「エリアスに話せっていうの?」
「ここで不安がっていても、私にはどうすることもできない。悩みを聞いて、一緒に考えることはできても、それが限界。貴女を助けられるのは、彼しかいない。勿論、支えることもね」

 確かに今、私に必要なのは話し相手じゃない。
 この押し潰されそうな不安から、助けてほしい。他でもない、エリアスに。でも――……。

「信じてもらえると思うの? ここが乙女ゲームの世界だって」
「私も貴女と性格が似ているから、その不安は分かるよ。さっきだって、貴女に話しかけるの、勇気がいったんだから。私って分かってもらえなかったら、どうしようって」

 そうだね。自分の精神世界に、別の人格がいることを受け入れないこともある。さらにパニックに(おちい)ることだって。
 私はもう、マリアンヌがいないと思っていたから、尚更。

 うん。彼女が勇気を出してくれたんだもの。私も!

「もし、受け入れてもらえなかったら、またここに来ていい?」
「あまり来ない方がいいと思うけど……。私はいつでも歓迎するわ」
「ありがとう、マリアンヌ」

 私がホッとしたのと同時に、穏やかな空気が流れた。きっとマリアンヌも安堵したからだろう。

 そうして私は、背中を押されたかのように、意識を浮上させた。
 私の、ううん。私たちの選択が正しかったのか。答えを求めに。
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