マリーゴールドで繋がる恋~乙女ゲームのヒロインに転生したので、早めに助けていただいてもいいですか?~
き、緊張する。
エリアスを呼びに行ってもらっている間に、どこから話そうか、とか。どう言えば伝わるか、とか。
思い浮かんでは、違う違うと頭を振って、消えていった言葉たち。
今はそんなものでも、脳裏に浮かんでほしかった。話を切り出す言葉が出てこないのだ。
私は白いネグリジェの上にかけられた、淡いピンク色のカーディガンを引き寄せる。
こんな時こそ選択肢を出して、どれから話すのか決められたらいいんだけど。沢山あり過ぎて、それこそ膨大な選択肢が出そうで怖かった。
「マリアンヌ。何も順序立てて話す必要はないよ。話したいことから話してみたら、どうかな」
ベッドのすぐ横にある椅子に座っているエリアスが、優しく声をかけてくれた。
本当は催促したいくらい、気になっているんだと思う。だからせめて、私が話し易い空気を作ってくれた。
「話したいこと……は、エリアスに信じてもらいたいの」
「うん」
「私が、本物のマリアンヌじゃないことを」
口に出してから、私はアッとなった。
いきなりこんな話題を出したら、返答に困るのに。いや、そもそも私が本物じゃなかったら、誰ってなるよね。
リュカと違って、エリアスは入れ替わる前のマリアンヌを知らないんだから。
でも、もう戻せない。沈黙が怖かった。
「えっと、その、さっきのは――……」
気にしないで、と言おうとした瞬間、エリアスに抱き締められた。
その時になって、私は自分の体が震えていたことに気がついた。
「俺には偽物か本物かは、分からない。出会った時から、ここにいるマリアンヌしか知らない。……その、俺の認識が間違っていなければ」
凄く言葉を選んでいるのが分かった。
私を傷つけないように、落ち着かせるように、行動だけでなく、言葉でも優しく包み込んでくれた。
「ううん。間違っていないよ。だってエリアスは、本物のマリアンヌを知らないから」
「それは、どういうことなんだ?」
「この世界に来て、最初に私がしたのは、エリアスを探しに教会に行ったこと」
エリアスの体が僅かに反応した。
私は拒絶されるのが怖くて、エリアスの服を握り締めた。
「お父様をね、助けてほしかったの。数年後に殺されることが分かっていたから」
「あぁ、それであの時、あんなことを言ったのか」
「あんなこと?」
思い出せなくて、エリアスの顔を正面から見据えた。
「出会った頃のことなのに、もう忘れたのか。昨日、ハイルレラ修道院でも話したことなんだけどな」
残念そうに言いながらも、私の頬にキスをした。
「マリアンヌは、いずれ俺と同じ孤児になると言ったんだ」
「あっ、そうだったね。どうやってお父様を助けたらいいのか、全く考えていなかったから、つい、そんなことを言っちゃったの」
「それなのに、俺を探したのか?」
「エリアスがまだ、孤児院にいるのか確かめる方が先だったから」
乙女ゲーム『アルメリアに囲まれて』では、いつエリアスがバルニエ侯爵の養子になるのかは、明記されていなかった。
「孤児院からいなくなる……養子か、奉公、逃亡……の可能性があったってことか?」
「……エリアスは、私の話を信じてくれるの?」
こんな未来を予知していましたっていう私の発言を。
「信じてほしいって言ったのはマリアンヌじゃないか。それに、旦那様は実際、命を狙われていたからな。ポールやアドリアン、オレリアを相手に、マリアンヌ一人でどうこうできるとも思えない。事前にその情報を知っていたとしたら、まず味方になりそうな人物を見つけるのが妥当だ」
「うん」
「当時、邸宅にはリュカがいた。それなのにも関わらず、俺を頼ったのは、その、マリアンヌが本物じゃないから、と考えれば辻褄が合う」
凄い。私の拙い説明で、これだけ理解するなんて。やっぱり、エリアスを選んで良かった。
「……リュカは、私が本物のマリアンヌじゃないことに、気がついていたわ。この世界に来てすぐに、誘拐騒動があって、私、すっかりリュカのことを忘れていたの。本物のマリアンヌにとって、幼なじみの存在を。大事なポジションにいたのに、エリアスを連れてきて、酷いって言われて、終いには怒らせてしまった」
そう。リュカとは最初から関係が拗れていた。
「認めたくなかったんだと思う。自分の知っているマリアンヌがいないことに。その行き場のない感情が、エリアスに向かったんだって、今なら分かるの。……嫌な思いをさせて、ごめんなさい」
「いや、あいつの諦められない気持ちは分かるからいいんだ。それよりも気づいていたって、あいつに話したのか?」
「ううん。言っていないわ。でも、言葉の端々で感じるの。自分の知っているマリアンヌじゃないって言われている気がして、辛かった」
「……だから、あいつに甘かったんだな」
う~ん。リュカは元々甘えん坊っていう設定だったから、気にも留めなかったけど。エリアスからは、そう見えていたのかな。
「もしかしたら、罪悪感が心の片隅にあったのかも。思わせ振りな態度にならないように、接していたつもりなんだけど」
「……善意を好意と勘違いしたあいつが悪いんだから、気にする必要はない」
相変わらず、リュカに対してはバッサリだなぁ。同じ攻略対象者だから? ううん。ユーグやケヴィンとは仲が良かった。
「それよりも、さっきの話なんだが、旦那様のことは邸宅にいれば、薄々勘付くことだろうけど。俺のことを知っていたのは、どういうことなんだ? 俺が孤児院にいない可能性もあった、というのも引っかかる」
「うん。エリアスが疑問に思うのも無理はないわ。……私は、元いた世界で、この世界のことを知っていたの。乙女ゲーム。ううん、恋愛ゲームとして」
正式に言うと、女性向け恋愛シミュレーションゲームだ。
「ゲーム?」
「私が本物のマリアンヌじゃない以上に、信じられない話だってことは分かるの。でも、現にゲームのヒロインであるマリアンヌや、攻略対象者のエリアス、リュカ、ユーグにケヴィン。さらに、フィルマンまで現れた。もうストーリーはだいぶ変化してしまったけど、ここは私が知るゲームの世界なのよ」
またしても言い終えてから、アッとなった。いくら何でも、一気に喋り過ぎた。
これじゃ、さすがのエリアスでも、パニックになるよね。
「そのゲームというのは、どういう内容のものなんだ? マリアンヌがヒロインとか、俺が攻略対象者、というのも、よく分からないんだが」
「ごめんなさい。気持ちが先走っちゃって」
私はゆっくりと、乙女ゲーム『アルメリアに囲まれて』についてエリアスに説明した。
エリアスを呼びに行ってもらっている間に、どこから話そうか、とか。どう言えば伝わるか、とか。
思い浮かんでは、違う違うと頭を振って、消えていった言葉たち。
今はそんなものでも、脳裏に浮かんでほしかった。話を切り出す言葉が出てこないのだ。
私は白いネグリジェの上にかけられた、淡いピンク色のカーディガンを引き寄せる。
こんな時こそ選択肢を出して、どれから話すのか決められたらいいんだけど。沢山あり過ぎて、それこそ膨大な選択肢が出そうで怖かった。
「マリアンヌ。何も順序立てて話す必要はないよ。話したいことから話してみたら、どうかな」
ベッドのすぐ横にある椅子に座っているエリアスが、優しく声をかけてくれた。
本当は催促したいくらい、気になっているんだと思う。だからせめて、私が話し易い空気を作ってくれた。
「話したいこと……は、エリアスに信じてもらいたいの」
「うん」
「私が、本物のマリアンヌじゃないことを」
口に出してから、私はアッとなった。
いきなりこんな話題を出したら、返答に困るのに。いや、そもそも私が本物じゃなかったら、誰ってなるよね。
リュカと違って、エリアスは入れ替わる前のマリアンヌを知らないんだから。
でも、もう戻せない。沈黙が怖かった。
「えっと、その、さっきのは――……」
気にしないで、と言おうとした瞬間、エリアスに抱き締められた。
その時になって、私は自分の体が震えていたことに気がついた。
「俺には偽物か本物かは、分からない。出会った時から、ここにいるマリアンヌしか知らない。……その、俺の認識が間違っていなければ」
凄く言葉を選んでいるのが分かった。
私を傷つけないように、落ち着かせるように、行動だけでなく、言葉でも優しく包み込んでくれた。
「ううん。間違っていないよ。だってエリアスは、本物のマリアンヌを知らないから」
「それは、どういうことなんだ?」
「この世界に来て、最初に私がしたのは、エリアスを探しに教会に行ったこと」
エリアスの体が僅かに反応した。
私は拒絶されるのが怖くて、エリアスの服を握り締めた。
「お父様をね、助けてほしかったの。数年後に殺されることが分かっていたから」
「あぁ、それであの時、あんなことを言ったのか」
「あんなこと?」
思い出せなくて、エリアスの顔を正面から見据えた。
「出会った頃のことなのに、もう忘れたのか。昨日、ハイルレラ修道院でも話したことなんだけどな」
残念そうに言いながらも、私の頬にキスをした。
「マリアンヌは、いずれ俺と同じ孤児になると言ったんだ」
「あっ、そうだったね。どうやってお父様を助けたらいいのか、全く考えていなかったから、つい、そんなことを言っちゃったの」
「それなのに、俺を探したのか?」
「エリアスがまだ、孤児院にいるのか確かめる方が先だったから」
乙女ゲーム『アルメリアに囲まれて』では、いつエリアスがバルニエ侯爵の養子になるのかは、明記されていなかった。
「孤児院からいなくなる……養子か、奉公、逃亡……の可能性があったってことか?」
「……エリアスは、私の話を信じてくれるの?」
こんな未来を予知していましたっていう私の発言を。
「信じてほしいって言ったのはマリアンヌじゃないか。それに、旦那様は実際、命を狙われていたからな。ポールやアドリアン、オレリアを相手に、マリアンヌ一人でどうこうできるとも思えない。事前にその情報を知っていたとしたら、まず味方になりそうな人物を見つけるのが妥当だ」
「うん」
「当時、邸宅にはリュカがいた。それなのにも関わらず、俺を頼ったのは、その、マリアンヌが本物じゃないから、と考えれば辻褄が合う」
凄い。私の拙い説明で、これだけ理解するなんて。やっぱり、エリアスを選んで良かった。
「……リュカは、私が本物のマリアンヌじゃないことに、気がついていたわ。この世界に来てすぐに、誘拐騒動があって、私、すっかりリュカのことを忘れていたの。本物のマリアンヌにとって、幼なじみの存在を。大事なポジションにいたのに、エリアスを連れてきて、酷いって言われて、終いには怒らせてしまった」
そう。リュカとは最初から関係が拗れていた。
「認めたくなかったんだと思う。自分の知っているマリアンヌがいないことに。その行き場のない感情が、エリアスに向かったんだって、今なら分かるの。……嫌な思いをさせて、ごめんなさい」
「いや、あいつの諦められない気持ちは分かるからいいんだ。それよりも気づいていたって、あいつに話したのか?」
「ううん。言っていないわ。でも、言葉の端々で感じるの。自分の知っているマリアンヌじゃないって言われている気がして、辛かった」
「……だから、あいつに甘かったんだな」
う~ん。リュカは元々甘えん坊っていう設定だったから、気にも留めなかったけど。エリアスからは、そう見えていたのかな。
「もしかしたら、罪悪感が心の片隅にあったのかも。思わせ振りな態度にならないように、接していたつもりなんだけど」
「……善意を好意と勘違いしたあいつが悪いんだから、気にする必要はない」
相変わらず、リュカに対してはバッサリだなぁ。同じ攻略対象者だから? ううん。ユーグやケヴィンとは仲が良かった。
「それよりも、さっきの話なんだが、旦那様のことは邸宅にいれば、薄々勘付くことだろうけど。俺のことを知っていたのは、どういうことなんだ? 俺が孤児院にいない可能性もあった、というのも引っかかる」
「うん。エリアスが疑問に思うのも無理はないわ。……私は、元いた世界で、この世界のことを知っていたの。乙女ゲーム。ううん、恋愛ゲームとして」
正式に言うと、女性向け恋愛シミュレーションゲームだ。
「ゲーム?」
「私が本物のマリアンヌじゃない以上に、信じられない話だってことは分かるの。でも、現にゲームのヒロインであるマリアンヌや、攻略対象者のエリアス、リュカ、ユーグにケヴィン。さらに、フィルマンまで現れた。もうストーリーはだいぶ変化してしまったけど、ここは私が知るゲームの世界なのよ」
またしても言い終えてから、アッとなった。いくら何でも、一気に喋り過ぎた。
これじゃ、さすがのエリアスでも、パニックになるよね。
「そのゲームというのは、どういう内容のものなんだ? マリアンヌがヒロインとか、俺が攻略対象者、というのも、よく分からないんだが」
「ごめんなさい。気持ちが先走っちゃって」
私はゆっくりと、乙女ゲーム『アルメリアに囲まれて』についてエリアスに説明した。