マリーゴールドで繋がる恋~乙女ゲームのヒロインに転生したので、早めに助けていただいてもいいですか?~
「どうしてレリアが、私の代わりにゲームを進められたのか。それが不思議でならないの。彼女はヒロインじゃないのに」

 そう、レリアはエリアスの代わりにバルニエ侯爵家に入っただけで、ヒロインの代わりではない。
 私が侯爵ルートに入ったのなら、王子ルートは破棄される。
 現に商人ルートは消滅していた。ネリーが私に好意的だったのが、その証拠だ。

「それはレリアが、マリアンヌの真似事をしていたからじゃないか」
「真似、事?」
「あぁ。バルニエ侯爵家に入ることは、貴族社会に入ることだろう。勿論、礼儀作法は習ったんだろうが、あいつの基本は、マリアンヌなんだ」
「でも、レリアとは一度しか会っていないわ」

 それなのに、私を真似ることなんてできるの?

「実は、レリアもカルヴェ伯爵邸で使用人をしていたことがあるんだ。院長が旦那様に頼んで、子供たちの礼儀作法を学ばせてやってほしい、と。まぁ、そのお陰で、ポールがボロを出すのが早まったんだろうな。平民ってだけでも嫌なところに、孤児院の子供たちだ」
「そうね。内心、凄く嫌だったんだと思う。でも、お父様に進言したところで受け入れてもらえない」

 ポールがブチ切れるはずだわ。

「じゃなくて、レリアがウチで働いていたなんて、聞いていないんだけど」
「まぁ、今になっては重要な話なんだが、当時は些細な出来事だ。マリアンヌに知らせるほどのことじゃない。話したところで、気にとめていたか?」

 それは難しい質問だった。
 四年前は、自分のことで手一杯だったし、さらにエリアスとリュカの仲違いに頭を悩ませていた。
 二年前なんて、ユーグとオレリアがやってきて、それどころじゃなかった。

 エリアスを責めるのは、お門違い。

「ううん。聞いたとしても、さらっと受け流していたと思う」
「俺もあいつらの世話をしていたわけじゃないから、詳細を知らないんだ。どこでどんな仕事をしていたのか、とかな。ただ、そういった経験から、マリアンヌを手本に選んだんだ、あいつは。言われてやるのより、憧れの人物を真似する方が楽だし、やる気も出るだろう?」
「そうだけど。私がレリアの憧れ?」
「気づいていなかったのか? 礼拝堂でのレリアの態度。マリアンヌが戸惑うほど、前のめりだったじゃないか」

 い、言われてみれば、凄いグイグイくる人だなって思った。けれど、孤児院の子供たちは皆、あんな感じだったから、深く考えていなかった。

「……つまりレリアは、無自覚で私の代わりをしてしまったってこと?」
「マリアンヌの真似をしていたからな。俺は似ていないと思うが、王太子には効き目があったんだろう」
「そうなると、レリアは王太子の婚約者から、いじめを受けていたんじゃないかな」

 今は元婚約者だけど。同じストーリーを辿っていたのなら、おかしくはない。

「大丈夫だろう。そこはマリアンヌと違って、器用に(かわ)すさ。常に俺をからかう様な奴だぞ」
「……でも、不慣れな貴族社会だよ。難しくないかな」
「気になるなら、手紙でも出してみたらどうだ。礼拝堂でマリアンヌが倒れて、凄く狼狽(うろた)えていたらしいから」

 あっ、そっか。考えてみたら、ビックリするよね。
 自分の婚約者を紹介した途端、倒れるんだもの。それも憧れの存在が突然。

「うん。そうしてみる。……でも、らしいって?」
「ニナさんに言われたんだ。王太子も心配していたから。でも接点がないのに、手紙を書くわけにはいかないだろう、王太子相手に。その点俺は、レリアがいるから、連絡するように言われたんだ」
「分かったわ。この場合、エリアスよりも私が書いた方が、レリアも安心するよね。でもそうすると、エリアスを経由するより、侯爵家を通した方がいいのかな?」

 エリアスの場合だと、平民が貴族令嬢に手紙を書くと、あとで問題になるかもしれないけど。私とレリアは、貴族同士だ。
 わざわざ、裏で手紙のやり取りをする必要はないのだから。

「できれば、その方がレリアは喜ぶと思う。マリアンヌも、レリアと接点ができれば、王太子との馴れ初めについても聞けるんじゃないか?」
「さすがエリアス! 名案だわ。やっぱりエリアスに話して良かった」
「そう思うなら、これからは相談してくれ。もうマリアンヌが倒れる姿は見たくない」
「うん。そうするね」

 私が笑顔でそう答えると、エリアスはホッとした様子だった。その姿を見て、もっと早く言えば良かったと思った。


 ***


 それから私たちはホテルに一週間滞在した後、首都へ戻った。
 私が倒れたからじゃなくて、元々その予定だったのだ。

 エリアスの療養が含まれていたため、ハイルレラ修道院を訪問した後は、ホテルでゆっくり過ごすつもりだった。
 期間は一週間。それくらいで十分だろうと。

 しかし実際は違う。
 私は、忘れない内にレリアへの手紙を書いて、そのまま首都のバルニエ侯爵家へ届けてもらった。

 残りの日にちは、観光したり、散歩したりしたかったんだけど、そんな余裕はなかった。何故なら『アルメリアに囲まれて』について、エリアスの質問攻めにあったからだ。

 ほぼ尋問に近い形だったのは、言うに及ばず。

「リュカとユーグが、その、攻略対象者だっていうのは分かるが、まさかケヴィンまでもそうだったとはな。あの時、マリアンヌのことを任せるんじゃなかった」
「えぇぇぇぇぇ! あれがあったから、キトリーさんに会えたのよ。そのネクタイだって……」

 エリアスの首元へと視線を向ける。
 一悶着(ひともんちゃく)があったせいか、邸宅内ではしないでほしい、という私の要求は守ってくれていた。

 けれど旅行中は、これ見よがしとばかりに、エリアスはあの黄色いネクタイをしていた。ほぼ毎日のように。カフスも、いつの間にか上着に付けていた。

「不満があるのならネリーに協力して、ケヴィンとくっつける手伝いをしたら」
「……そういうのは俺の分野じゃない。だから、マリアンヌはケヴィンに近づかないこと。いいな」
「私にそう言っておいて、エリアスはケヴィンに会いに行くんでしょう」
「……誤解を招く言い方はしないでくれ。孤児院と連絡するには、窓口になっているあいつを頼らざるを得ないんだから。それにもしかしたら、レリアの情報が手に入るかもしれない」

 確かに。本来なら、孤児院を出たら、連絡しないだろうけど。レリアは孤児院の子供たちが、秘かに間者(かんじゃ)をしていることを知っている。
 それで得た情報を使って、うまくやった可能性も否定できなかった。

「確認には俺が行くから、絶対にマリアンヌは行くなよ」
「ケヴィンは私に気なんてないわよ、絶対に」
「それでもダメだ」

 これは、ニナが一緒だからと言っても、聞く耳は持たないんだろうな。まさかこんなにも早く、話したことを後悔することになるなんてね。

 そんなやり取りを一週間した後、私たちは帰路へ発った。

 手紙の返事が届いたのは、首都に戻ってから数日後のことだった。
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