知人の紹介で
「あまり映画どころじゃなかったな。衣月さんにばかり意識がいってしまって」
「私も。志信くんのことばかり考えてた」

 二人とも同じだったのだとわかって、声を出して笑い合った。

 笑いが治まれば、自然と二人の視線が合う。志信の瞳を見つめていると触れたい欲が溢れてくる。志信も同じ気持ちを抱いているように衣月には感じられた。志信の視線も衣月からまったく離れないのだ。

「衣月さん」
「うん?」
「口づけをしてみてもいいかな?」

 衣月は一度息を吸ってからそれに答えた。

「……うん。いいよ」
「口づけもいろいろあるみたいだけど、今はただ触れ合わせるだけでいいよね?」
「うん。それで大丈夫」
「何秒くらいがいいかな。長いと苦しいよね?」

 衣月も初めてだからそういうことはまったくわからない。なんとくなく息を止めても苦しくなさそうな秒数を口にしていた。

「え、うーん。じゃあ、三秒くらい?」
「わかった。じゃあ、三秒で」
「うん」
「じゃあ、僕からするから、衣月さんは目を閉じてくれる?」

 志信に顔を向けたまま目を閉じる。視界が遮られると他の感覚で周囲の様子を窺おうと勝手に体がその感覚を研ぎ澄ます。ドクドクと内側から自身の強い鼓動を感じつつも、閉じた瞼の先で自分の顔に影が差していることだとか、すぐ近くの衣擦れの音だとか、そういうもので志信の気配も強く感じる。徐々に徐々に志信が迫るのを感じながらも目を閉じたまま耐えていれば、ふにっと柔らかな感触が自身の唇に舞い降りた。

 心の中でゆっくりと数える。一、二、三。

 三秒数え上げれば、打ち合わせ通りにそれは離れていった。

 ゆっくりと瞼を上げれば、すぐ近くで志信と視線が合う。その瞳には色濃い喜びの色が映っていた。
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