知人の紹介で
花澤(はなざわ)愛子さんですね。初めまして。私、健介(けんすけ)の従兄弟の日野浦和巳(ひのうらかずみ)と申します。この度は健介が多大なるご迷惑をおかけし、誠に申し訳ございません。本来は本人が謝罪すべきところですが、今日のあなたとの約束のことを私に言い置いて、姿をくらませてしまいまして……本当に申し訳ございません」

 和巳と名乗るその男は愛子に対して深々と頭を下げる。

 その様子を見ながら、千景は一人で冷や汗をかいていた。

 やってしまった。これは完全なるやらかしだ。まったくの別人に千景はひどい言葉を吐き捨ててしまったわけだ。恥ずかしいやら、申し訳ないやらで、千景はもう身の置き場がない。本当に穴があったら入りたいくらいだ。

 だが、そんな千景には構わず目の前の二人は会話を続けていく。

「あ、そんな。あなたは関係ありませんから。どうぞ頭を上げてください」
「いえ、身内がやらかしたことですから。今後あなたにご迷惑をおかけしないよう厳重に監視いたしますので、何卒ご容赦ください。必要であれば、慰謝料もお支払いいたします」
「いえ。とんでもないです。私は最後にお別れが言いたかっただけですから」
「本当に申し訳ございませんでした。あなたの優しい心根に感謝いたします。念のため、私の名刺を渡しておきますので、何かございましたらいつでもご連絡ください」

 和巳が名刺を差し出せば、愛子は「ありがとうございます」と言ってそれを受け取っている。

 そうして名刺の受け渡しまで済んでしまえば、和巳はこれでもう用は済んだとばかりに、椅子からさっと立ち上がった。

「では、私はこれで」

 愛子に向かってお辞儀をする和巳に、千景は謝罪をせねばと「あの」と声をかける。だが、彼はそれには反応せず、やはり愛子にだけ視線を向けて、とんでもない言葉を言い放った。

「あ、ご友人は選ばれたほうがよろしいかと。それでは」

 和巳は振り返らずに店を出ていく。

 千景はそれを見ながら、拳を強く握り、何とも言えぬ感情でその身をぶるぶると震わせていた。
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