敏腕教育係は引きこもり御曹司を救えるか?
阿久津の電話に、彼女はすぐに応答した。
「沙耶⁈ どうしたん、電話とか珍しい! なんかあったん?」
受話器の向こうから元気いっぱいの甲高い声が響いてくる。
「ごめん急に。仕事中じゃなかった?」
「ああ全然大丈夫。今日は店早く上がれたからもう家よ」
「良かった。実は、千絵《ちえ》に頼みたいことがあって」
電話の相手・石丸 千絵《いしまる ちえ》と阿久津は小学校からの幼馴染だ。いわゆる腐れ縁というやつで、高校までは同じ富山の学校に通い、高校卒業を期に千絵は美容師の専門学校へ、阿久津は大学へそれぞれ進学するためにこの都会へ出てきた。社会人になった今でも二人はたまに飲みに行く仲である。
依頼内容を話せる部分だけ話すと、千絵は察したように唸った。
「分かった、深い事情は聞かんよ。とにかく、その子が外に出られるように垢抜けさせれば良いのね! 火曜休みだから道具一式持ってそっち行くわ」
「ありがとう、ホントにありがとう! 報酬は弾むから!」
美容室激戦区である表参道に店を持つ千絵にわざわざ出張してもらうのだ。金は惜しまない。
◇◇◇
そして迎えた水曜の夕方。阿久津はフレックスで早めに仕事を上がり、47階で本日の準備を進めていた。
「そういうわけで、今日、美容師やってる私の幼馴染がここに来ます」
学に改めて伝えると、途端に彼は唇を固く結んで緊張し始める。
「美容師さんですか。正直、僕みたいな引きこもりからすると1番真逆の存在なので、恐れ多い印象があります」
「大丈夫。千絵は色んなお客さんを相手にしてるから慣れてるし、引きこもりの人を見下したりするような子じゃないのは私が保証する。無理に明るくしたり、喋ったりしようと思わなくても良いよ。自然にしていれば大丈夫」
「それなら、安心しました」
と、言いながらも全然安心している表情には見えない学。千絵は仕事柄や元々の顔立ちもあって派手に見られがちだが、果たして彼女と対面して卒倒などしないだろうか。そんな心配をしていると、ちょうどスマホに千絵からメッセージが。
「あ、千絵が下に着いたみたい! 迎えに行ってくるね」
学のか細い「いってらっしゃい」を聞いた後、急いでエレベーターに乗り込んで階下に向かう阿久津。関係者用エレベーターの警備は厳しい上に道のりが色々と複雑なので、千絵を1人で来させるのは到底難しい。
エレベーターを降りると、背の高い、見覚えのある女性の姿が。
「千絵! こっちこっち!」
阿久津が千絵を呼ぶ声は、久々に会えた喜びからか思いの外大きくなった。千絵もこちらに気付き、駆け寄ってくる。
「おお〜、沙耶! 元気そうじゃん」
相変わらずシンプルだけど垢抜けた服装をしている。昔は緑やシルバーなど攻めた髪色をしていた彼女だったが、自分の店を持つようになってからはすっかり落ち着いた綺麗なお姉さんになった。
「本当に、よく来てくれました。ありがとう。ごめんね、すごい荷物だね、持つよ」
阿久津は千絵をエレベーター内に案内しながら、彼女の荷物を持った。
「ありがとーさすが力持ち。実は仕事道具だけじゃなくて彼氏から服や小物貰ってきたんだよね」
「えっ、慎ちゃんから? ありがたい! 慎ちゃん元気?」
「相変わらずの釣りバカ&サウナオタクですよ。沙耶の知り合いのプロデュース頼まれた! って言ったら綺麗なやつ何点か見繕ってくれたので、余計かもしれないけど一応」
「いやいやホント助かるよ。慎ちゃんいつもお洒落だもんね。今日見てもらう彼の手持ちの服はなんか、ハイブランドのロゴがドーン! みたいな服が多くて。良いものなんだろうけど日常では使いづらいかもって」
「ほーん。そういうのが好みって、職業はYouTuberかホストかねえ」
「いや、お母さんの好みで勝手に揃えられただけだそうで。本人はブランドとか一切分からないんだって」
「ははは、なるほどね。まあこういうところに住んでるってことはそういう階層の人よね」
深くは聞かんけど、と千絵は学の職業や身分についてはそれ以上突っ込まなかった。
エレベーターはどんどん階層を上がっていく。
「ところで、例のクソ男とは切れたんよね?」
会話が途切れたと思ったら、千絵は違う話題をぶっ込んできた。
「ああ、星さんのこと……かな?」
「そうだよ、あの思わせぶりクソ男」
千絵には新卒の頃からいつも星のことを相談していた。途中までは応援してくれていたが、だんだんと星の素性が分かってくるにつれて「絶対やめておけ」と言うようになった。
「切れたよ。いや、向こうから切られたという方が正しいかもだけど」
「どっちでもいいわ! もう二度と誘いに乗ったりしちゃ駄目だからね。沙耶だったら、男友達いくらでも紹介するんだから」
「ありがと……」
今すぐに新しい恋愛をする気分にはなれないが、ありがたく御礼は言っておく。
「今回プロデュースする人ってさ、その……沙耶にとってどんな人なの? 事情ありの若い男性ということしか聞いてないからさ」
「えっ」
千絵を見ると、期待のこもったような楽しげな表情をしている。
「い、いや別に! 知人の紹介で、面倒を見るように依頼されたの。歳も6歳離れてるし、そういうんじゃないよ」
「ふうーん、なんだ。例のクソ男から離れられてついに新しい恋か、と思ったのに」
「この歳だと出会いも無いしなかなか……。同年代はみんな既婚者か彼女持ちだからさ。千絵と慎ちゃんが羨ましいよ」
そうこう言っているうちに、2人を乗せたエレベーターは47階に到着した。
「沙耶⁈ どうしたん、電話とか珍しい! なんかあったん?」
受話器の向こうから元気いっぱいの甲高い声が響いてくる。
「ごめん急に。仕事中じゃなかった?」
「ああ全然大丈夫。今日は店早く上がれたからもう家よ」
「良かった。実は、千絵《ちえ》に頼みたいことがあって」
電話の相手・石丸 千絵《いしまる ちえ》と阿久津は小学校からの幼馴染だ。いわゆる腐れ縁というやつで、高校までは同じ富山の学校に通い、高校卒業を期に千絵は美容師の専門学校へ、阿久津は大学へそれぞれ進学するためにこの都会へ出てきた。社会人になった今でも二人はたまに飲みに行く仲である。
依頼内容を話せる部分だけ話すと、千絵は察したように唸った。
「分かった、深い事情は聞かんよ。とにかく、その子が外に出られるように垢抜けさせれば良いのね! 火曜休みだから道具一式持ってそっち行くわ」
「ありがとう、ホントにありがとう! 報酬は弾むから!」
美容室激戦区である表参道に店を持つ千絵にわざわざ出張してもらうのだ。金は惜しまない。
◇◇◇
そして迎えた水曜の夕方。阿久津はフレックスで早めに仕事を上がり、47階で本日の準備を進めていた。
「そういうわけで、今日、美容師やってる私の幼馴染がここに来ます」
学に改めて伝えると、途端に彼は唇を固く結んで緊張し始める。
「美容師さんですか。正直、僕みたいな引きこもりからすると1番真逆の存在なので、恐れ多い印象があります」
「大丈夫。千絵は色んなお客さんを相手にしてるから慣れてるし、引きこもりの人を見下したりするような子じゃないのは私が保証する。無理に明るくしたり、喋ったりしようと思わなくても良いよ。自然にしていれば大丈夫」
「それなら、安心しました」
と、言いながらも全然安心している表情には見えない学。千絵は仕事柄や元々の顔立ちもあって派手に見られがちだが、果たして彼女と対面して卒倒などしないだろうか。そんな心配をしていると、ちょうどスマホに千絵からメッセージが。
「あ、千絵が下に着いたみたい! 迎えに行ってくるね」
学のか細い「いってらっしゃい」を聞いた後、急いでエレベーターに乗り込んで階下に向かう阿久津。関係者用エレベーターの警備は厳しい上に道のりが色々と複雑なので、千絵を1人で来させるのは到底難しい。
エレベーターを降りると、背の高い、見覚えのある女性の姿が。
「千絵! こっちこっち!」
阿久津が千絵を呼ぶ声は、久々に会えた喜びからか思いの外大きくなった。千絵もこちらに気付き、駆け寄ってくる。
「おお〜、沙耶! 元気そうじゃん」
相変わらずシンプルだけど垢抜けた服装をしている。昔は緑やシルバーなど攻めた髪色をしていた彼女だったが、自分の店を持つようになってからはすっかり落ち着いた綺麗なお姉さんになった。
「本当に、よく来てくれました。ありがとう。ごめんね、すごい荷物だね、持つよ」
阿久津は千絵をエレベーター内に案内しながら、彼女の荷物を持った。
「ありがとーさすが力持ち。実は仕事道具だけじゃなくて彼氏から服や小物貰ってきたんだよね」
「えっ、慎ちゃんから? ありがたい! 慎ちゃん元気?」
「相変わらずの釣りバカ&サウナオタクですよ。沙耶の知り合いのプロデュース頼まれた! って言ったら綺麗なやつ何点か見繕ってくれたので、余計かもしれないけど一応」
「いやいやホント助かるよ。慎ちゃんいつもお洒落だもんね。今日見てもらう彼の手持ちの服はなんか、ハイブランドのロゴがドーン! みたいな服が多くて。良いものなんだろうけど日常では使いづらいかもって」
「ほーん。そういうのが好みって、職業はYouTuberかホストかねえ」
「いや、お母さんの好みで勝手に揃えられただけだそうで。本人はブランドとか一切分からないんだって」
「ははは、なるほどね。まあこういうところに住んでるってことはそういう階層の人よね」
深くは聞かんけど、と千絵は学の職業や身分についてはそれ以上突っ込まなかった。
エレベーターはどんどん階層を上がっていく。
「ところで、例のクソ男とは切れたんよね?」
会話が途切れたと思ったら、千絵は違う話題をぶっ込んできた。
「ああ、星さんのこと……かな?」
「そうだよ、あの思わせぶりクソ男」
千絵には新卒の頃からいつも星のことを相談していた。途中までは応援してくれていたが、だんだんと星の素性が分かってくるにつれて「絶対やめておけ」と言うようになった。
「切れたよ。いや、向こうから切られたという方が正しいかもだけど」
「どっちでもいいわ! もう二度と誘いに乗ったりしちゃ駄目だからね。沙耶だったら、男友達いくらでも紹介するんだから」
「ありがと……」
今すぐに新しい恋愛をする気分にはなれないが、ありがたく御礼は言っておく。
「今回プロデュースする人ってさ、その……沙耶にとってどんな人なの? 事情ありの若い男性ということしか聞いてないからさ」
「えっ」
千絵を見ると、期待のこもったような楽しげな表情をしている。
「い、いや別に! 知人の紹介で、面倒を見るように依頼されたの。歳も6歳離れてるし、そういうんじゃないよ」
「ふうーん、なんだ。例のクソ男から離れられてついに新しい恋か、と思ったのに」
「この歳だと出会いも無いしなかなか……。同年代はみんな既婚者か彼女持ちだからさ。千絵と慎ちゃんが羨ましいよ」
そうこう言っているうちに、2人を乗せたエレベーターは47階に到着した。