敏腕教育係は引きこもり御曹司を救えるか?
さっそく阿久津は学のスマホを借りて、今回のイラストについたリプライを無言で流し読んでいく。

『新しい作風ですね! 女神様の外見が凛々しくて素敵』
『誰か助けてくれる人が現れたのか? 気になる』
『女の絵とか初めてじゃね? ついに引きこもりのシュネッケも恋をしたか』
『前のダークな感じも良かったけどこっちも意味深で良き』
『脚泥だらけなのはなんで?』
『横だけど、多分自分が汚れてでも救ってくれる女神、ってことなんじゃない?』
『女神様、結構筋肉隆々で草』
『ガタイのいい女神様良いですね〜ちょっと新しい性癖の扉が開いたかも』
『なんか童貞臭い絵ww』
『新キャラ出してきたか、みんなに飽きられまいと必死らしい』

本当に、十人十色の感想が流れてくる。確かなのは、その数が今までの比較にならないことだ。ネガティヴであれなんであれ、反応が多いことは悪いことではない。何より、インプレッション数が増えると学の収入になるのだ。

「すみません。結構、怖いというかキツいコメントとかもありますよね。阿久津さん、自分がモデルになった絵なのに見せてしまってごめんなさい。阿久津さんが不快になるなら、この絵は即消します」
「いやいや。正直、平気かな? あくまで私は元になっただけだし、絵の中にいる女性とは別人だからさ。……結構、美化して描いてくれてるよね?」
「え、そうですか? 美化しているつもりは全く無いんですが」

学は阿久津の発言に素で驚いているようだった。

「だって私、こんなに目キラキラじゃないし、肌もこんなツルッとしてないよ。もう30代だし、シミや小皺もあるからね」

阿久津は戸惑い、自分を必要以上に卑下するような発言までしてしまった。わざわざシミのことを申告しなくても、と言った後で後悔した。

対して学は、微笑んでこう言うだけであった。

「僕にとって阿久津さんは、太陽のように暖かく、美しくて、僕を正しい方へ導いてくれる人です。それを絵で表しただけなんです」

ここまで言われると、そういうことに疎い自覚がある阿久津にもある一つの可能性が脳裏に浮かんでくる。

もしかして学に好かれている? 恋愛的な意味で。

例えば阿久津が第三者の立場だったとしよう。その上で、とある女友達がある男性に絵を描いてもらったとしよう。その絵がとても彼女を美しく描いていた。彼女の内面までも見ているかのような、見事なクオリティだったら?

「それは結構、可能性あるね」なんて言うんじゃないだろうか。

だがここで一つ、疑問点が生じる。

引きこもりである学の世界はとても狭い。現時点で彼と顔を合わせたり話したりと、直接の関わりがあるのは阿久津ただ一人だ。

そんな状態で彼が阿久津を好きになったとして、それは本当に恋と言えるのだろうか。言わば、生まれたばかりの雛鳥が初めて見た阿久津という存在を神のように崇めているような状態である。それって、普通ではない。そんな状況での恋は、果たして恋と言えるのだろうか。

大体、阿久津はそんな大層な人物ではないのだ。もっとちっぽけで、精神的に弱いところも歪んでいるところもある凡人だ。学が抱いているイメージは、阿久津が表面に見せているだけの虚像だと思う。

決めた。学にはもっとたくさんの人と関わって世界を広げてもらおう。

「学くんは私を買い被りすぎだよ。私は学くんが思ってるような立派な人間じゃない」
「そう……ですか?」
「うん。きっとこの先、学くんが色んな人と関わったら、私なんかよりもっと凄い人に沢山出会って、ああなんだ阿久津って奴は大した人間じゃなかったなってなると思うよ」
「そうでしょうか。僕は、そうはならないと思いますけど……」

学は納得いかない様子であったが、少し考えてこう言った。

「それなら、僕の考えが正しいのか、阿久津さんが正しいのか見極めるためにも、自分の世界を広げていきたいです」
「……なるほど。うん、そうだね!」

とりあえず、同年代の友達を作ってもらおう、と心に決める阿久津だった。
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