龍神の100番目の後宮妃
『少しだけ』と洋洋は言ったが、翠鈴の部屋の窓辺に腰掛けた芽衣は、昼食までずっと窓の外を眺めていた。
部屋の入口で、洋洋は涙を拭きながら翠鈴にこっそり耳打ちをした。
「私どもの故郷は都から遠く離れたのどかなところにございます。芽衣妃さまは故郷では、活発な方でございました。小さい頃から走りまわる姫さまを、私は追いかけてばかりでしたから……。後宮へ来たのは、お姉さまのためなのです。本当はお姉さまが、後宮入りする予定だったのですが、好きな殿方がいらっしゃったので……」
「そう、お優しい方なのね」
翠鈴は答えて、芽衣に歩み寄る。
芽衣が窓の外を見つめたまま、口を開いた。
「ここからは山が見えていいわね。私の部屋からは、建物しか見えないの」
彼女の部屋とここは向かい合わせだから、見える景色が違うのだ。
「草はぼうぼうですけどね」
翠鈴は答える。貴妃たちの部屋に面している中庭は、草花が整然と植えられて手入れが行き届いている。
でも翠鈴の部屋から見える場所は特に手入れはされておらずそのままの状態だ。
「このままの方がいい。故郷を思い出すわ。私、暇さえあればこんな野原を走り回っていたのよ。洋洋とござを広げてご飯を食べたりして……」
そう言って芽衣は笑みを浮かべた。そのことに、翠鈴はホッとする。
「誰かと一緒に食べる方が食事も美味しく感じるものです。私も蘭蘭とこの景色を眺めながら食事をするんですよ」
翠鈴がそう言うと、芽衣は驚いたようにこちらを見る。
「蘭蘭と?」
その彼女の反応に、翠鈴はしまったと思う。女官と妃が一緒に食事をとっていると梓萌に告げ口されたら蘭蘭が叱られるからだ。でも芽衣は羨ましそうに、ただ目を細めてただけだった。
「いいなぁ、故郷では皆んな集まって食事をしたんだけど、ここではいつもひとりなのよね……」
「芽衣妃さまさえよろしければ、こちらの部屋で一緒にどうですか?」
思わず翠鈴は問いかけた。
彼女の不調は、故郷から遠く離れた場所で意に沿わない暮らしを強いられていることからくるものなのだろう。少しでももとの暮らしに近づけることをするべきだ。
翠鈴からの提案に芽衣は意外そうに首を傾げる。
「この部屋で? 一緒に?」
「はい、ここからは山の景色を眺めることができますし」
「山の景色を見ながら……一緒に……」
翠鈴からの提案に彼女はすぐに頷かなかった。ただ窓の外を眺めていただけだったが、その表情からは先ほどまでの嫌悪感と戸惑いの色は消えていた。
「お妃さまとは言っても、貴人の方々は都から遠く離れた領地から来た方がほとんどにございます。都での暮らしなど慣れない方がほとんどで……」
洋洋が憂うつそうに言った。
つまりは翠鈴ほどではないにしても、野山を駆け回っていた田舎娘だという者も多いのだ。それなのに、こんなところに閉じ込められて実家に帰ることもできない……。
彼女の横顔を見つめながら翠鈴は胸を痛めていた。
部屋の入口で、洋洋は涙を拭きながら翠鈴にこっそり耳打ちをした。
「私どもの故郷は都から遠く離れたのどかなところにございます。芽衣妃さまは故郷では、活発な方でございました。小さい頃から走りまわる姫さまを、私は追いかけてばかりでしたから……。後宮へ来たのは、お姉さまのためなのです。本当はお姉さまが、後宮入りする予定だったのですが、好きな殿方がいらっしゃったので……」
「そう、お優しい方なのね」
翠鈴は答えて、芽衣に歩み寄る。
芽衣が窓の外を見つめたまま、口を開いた。
「ここからは山が見えていいわね。私の部屋からは、建物しか見えないの」
彼女の部屋とここは向かい合わせだから、見える景色が違うのだ。
「草はぼうぼうですけどね」
翠鈴は答える。貴妃たちの部屋に面している中庭は、草花が整然と植えられて手入れが行き届いている。
でも翠鈴の部屋から見える場所は特に手入れはされておらずそのままの状態だ。
「このままの方がいい。故郷を思い出すわ。私、暇さえあればこんな野原を走り回っていたのよ。洋洋とござを広げてご飯を食べたりして……」
そう言って芽衣は笑みを浮かべた。そのことに、翠鈴はホッとする。
「誰かと一緒に食べる方が食事も美味しく感じるものです。私も蘭蘭とこの景色を眺めながら食事をするんですよ」
翠鈴がそう言うと、芽衣は驚いたようにこちらを見る。
「蘭蘭と?」
その彼女の反応に、翠鈴はしまったと思う。女官と妃が一緒に食事をとっていると梓萌に告げ口されたら蘭蘭が叱られるからだ。でも芽衣は羨ましそうに、ただ目を細めてただけだった。
「いいなぁ、故郷では皆んな集まって食事をしたんだけど、ここではいつもひとりなのよね……」
「芽衣妃さまさえよろしければ、こちらの部屋で一緒にどうですか?」
思わず翠鈴は問いかけた。
彼女の不調は、故郷から遠く離れた場所で意に沿わない暮らしを強いられていることからくるものなのだろう。少しでももとの暮らしに近づけることをするべきだ。
翠鈴からの提案に芽衣は意外そうに首を傾げる。
「この部屋で? 一緒に?」
「はい、ここからは山の景色を眺めることができますし」
「山の景色を見ながら……一緒に……」
翠鈴からの提案に彼女はすぐに頷かなかった。ただ窓の外を眺めていただけだったが、その表情からは先ほどまでの嫌悪感と戸惑いの色は消えていた。
「お妃さまとは言っても、貴人の方々は都から遠く離れた領地から来た方がほとんどにございます。都での暮らしなど慣れない方がほとんどで……」
洋洋が憂うつそうに言った。
つまりは翠鈴ほどではないにしても、野山を駆け回っていた田舎娘だという者も多いのだ。それなのに、こんなところに閉じ込められて実家に帰ることもできない……。
彼女の横顔を見つめながら翠鈴は胸を痛めていた。