龍神の100番目の後宮妃
夜のお召し
その日の夜も翠鈴は皇帝の寝所に召された。
昼食の後、そのことを伝えに来た梓萌に、翠鈴はなんとも言えない気持ちになった。嫌だ、というわけではない。ただ今夜また彼に会うのだと思うとまた胸がざわざわと騒いで落ち着かない気持ちになったのだ。
一方で、梓萌も微妙な表情だった。彼女としては百の妃である翠鈴が、何度も寝所に呼ばれることが納得いかないのだろう。
だが、蘭蘭の見解は違っていた。
『慣例では懐妊されたお妃さまが寝所に召されることはないそうです。お世継ぎは多い方がいいですからね。別のお妃さまがご寵愛を受ける方が、言葉は悪いですが都合がいいというわけです。それなのに翠鈴さまをお召しになられるということは、陛下がそのくらい翠鈴さまを愛おしく思われているあかしです。ああ、皇帝陛下はやはり立派な方です……! 翠鈴さまがよい方だと誰よりもわかっていらっしゃるんですから』
つまり梓萌は、皇帝が懐妊中の妃を寝所に呼ぶことを不思議に思っているわけだ。でも言葉の後半は、間違いであることは確かだった。
自分と劉弦の間に愛情のようなものはない。
ないのが正しい関係なのだから。
彼は龍神らしく慈悲深い心の持ち主だった。自分のせいで翠鈴が故郷の村へ帰れなくなったことを申し訳なく思っている。
妃として大切にすると言っていた。だから寝所へ呼ぶのだ。
翠鈴は一生懸命に自分の胸に言い聞かせる。なぜか、そうしないといけないような気がした。
――そして。
とっぷりと日が暮れた夜の劉弦の寝所にて、翠鈴はひとり彼を待っている。普段の劉弦ならとっくの昔に執務を終えて寝所へ戻ってきている時刻だと女官は言ったが、今宵はまだだった。
随分前に"先に休んでいてよい"という伝言をもらったが、そういうわけにもいかず、寝台の上で落ち着かない気持ちで待っているというわけである。
「皇帝陛下、御成にございます」
部屋の外から声がして、翠鈴は慌てて背筋を伸ばす。このような場面でどのように振る舞うべきかわからなかった。
皇帝の待つ寝所へ妃が入室した際の作法は、梓萌から聞いた。が、逆の場合は聞いていないからだ。とりあえず翠鈴は、床へ降りて頭を下げて彼を待つ。
開いた扉から入ってきた劉弦が眉を寄せた。
「冷たい床に膝をつくな。身体が冷えるではないか。そのようなことをせずともよい。早く寝台へ」
顔を上げて言われた通りに寝台へ上ると、同じように彼も寝台の翠鈴の隣に腰掛ける。翠鈴の頬へ手をあてて覗き込むように見た。
「体調はどうだ? 人は懐妊すると気分が優れない日々が続くと聞いた」
心配そうに自分を見る瞳に、翠鈴の胸がどきんと跳ねる。鼓動が自分の意志とは関係なしに走り出す。朝とまったく同じ反応だ。ほんの少し優しくされて触れられる。それだけでどうしてこんなにも、反応してしまうのだろう?
自分の身体の変化を不思議に思いながら、翠鈴は口を開く。
「大丈夫です……。確かに懐妊中は体調が優れなくなるという話も聞きますが、懐妊してからだいたい三月あたりが多いと聞きます。ですから私はまだ……」
「ならいいが」
とてもじゃないが、自分を見つめる彼の目をまともに見ることができなくて目を逸らす。と、彼の右肩にぼんやりと光が見えた。
「陛下も遅くまで執務お疲れさまです」
その光にそっと手をかざすと、光は消える。
劉弦がふっと笑った。
「名前で呼べと言っただろう。そなたと私は夫婦なのだから。私もこれからは翠鈴と名前で呼ぶ」
「は、はい。劉弦さま」
戸惑いつつ、翠鈴は答える。
なんだかふわふわと雲の上を漂っているような変な感じがした。子をなした間柄なのだから名前で呼ばれるくらいは普通なのだろう。でも彼に呼ばれるとなんの変哲もない自分の名前が、なにか特別なもののように感じるから不思議だった。
「確かに今日は遅くなった。だが疲れてはいない。翠鈴のおかげで、体調がいい」
そう言って優しい目で翠鈴を見た。
翠鈴はさっき自分がしたことを思い出した。
「翡翠の手……」
呟くと劉弦は頷いた。
「その手で癒してもらったからだろう。だがそもそも翠鈴がただそばにいるだけで私は心地よい。今までの不調が嘘のようだ。嫌でなければ、腕に抱かせてほしい」
そう言って彼は腕を広げる。また心の臓が大きな音を立てるのを感じて、翠鈴はすぐには答えられなかった。嫌だなどとは思わない。
でも一昨日のように我を失った状態でも、昨夜のように取り乱した状態でもなく、彼の腕に抱かれるのだと思うと、はいそうですかというわけにはいかなかった。そんなことができるほど、翠鈴は男性に慣れていない。そもそも施術以外で男性の身体に触れること自体がほとんどはじめてだったというのに……。
「い、嫌では……でも」
自分から男性の腕の中へ抱かれに行くということに躊躇する翠鈴に、劉弦が安心させるように言う。
「今夜はなにもしない。ただ一緒に眠るだけだ。翠鈴をここへ呼ぶことに反対した家臣たちに、無理はさせないと約束した」
「そっ、そのようなことを心配しているわけでは……!」
思いがけない言葉に翠鈴は声をあげる。頭から湯気が出るような心地がした。
あわあわ言う翠鈴に、劉弦がふっと笑った。
「そうか?」
その眼差しに、翠鈴の鼓動がまた早くなっていく。このままでは心の臓が破れてしまいそうだ。
これよりも近くに彼を感じたらどうにかなってしまうだろう。腕に抱かれるなんてとんでもないと思うが、もちろん拒むことはできなかった。
そろりそろりと近づくと、ふわりと感じる高貴な香り。それをなぜか甘やかに感じた時、たくましい腕に包まれた。
膝の上に抱いた劉弦が大きな手で頬を包む。すぐ近くで翠鈴を見つめた。
「今日一日、健やかに過ごせたか?」
「はい」
「なにか不足があればすぐに言え。整えさせる」
「なにも、私はよくしていただいていますから……」
これ以上ないくらいの胸の高鳴りを感じながら翠鈴は答える。息苦しささえ覚えるくらいだった。
「そうか、ならいいが。後宮では昼間はなにをして過ごすのだ?」
「と、とくにはなにも……ほかのお妃さまとお話をしたり……」
とそこで、昼間の出来事が頭に浮かび、翠鈴は口を噤む。少し考えてから口を開いた。
「あの……劉弦さま、お願いしたいことがあるのですが」
劉弦がわずかに首を傾げて続きを促した。
「後宮でのお妃さま方……。貴人の方々の日々のことについてでございます。貴人の皆さまのお部屋は中庭へ面しておらず日当たりがよくないのです。それなのに窓の布幕を開けることも許されないようで……。あれでは、日の光を浴びることも身体を動かすこともままなりません。心が病になってしまいます。一日に、二回……朝と夕に宮廷の広いお庭を散歩するお許しをいただくことはできませんか?」
翠鈴が知らないだけで、芽衣のように気鬱の病に罹りかけている者はほかにもいるはずだ。これから彼女たちが長く後宮で生活するならば、どうにかしなくてはと思う。
翠鈴の願いに、劉弦は驚いたように目を見開いてすぐには答えなかった。
その反応に、翠鈴は不安になる。
妃が後宮の外へ出るということは、はやはり許されないことなのだろうか……?
「あの……やっぱり、無理ですよね。変なこと言って申し訳ありませ……」
そこで。
劉弦が突然噴き出した。そのままくっくっと肩を揺らして笑っている。
意外な彼の反応に、翠鈴は首を傾けた。
「あの……。劉弦さま……?」
「願いと言うから、己のことかと思ったが、皆のための願いなのか」
「え?」
「いや、なんでもない。……確かに翠鈴の言う通りだ。日の光は、人には欠かせないもの。許可するように話をしておく」
なぜ笑っているのかは不明だが、とりあえず聞き入れられたことにホッとして、翠鈴は笑みを浮かべた。
「ありがとうございます!」
「いや。私もこれからはきちんと後宮にも目を配ることにしよう。今までは故あって、ややおざなりになっていたが……」
そこで彼は、真剣な表情になった。
「翡翠の手の使い手の件だが。しばらくは私とそなたの間だけの話としておきたい。その時がくるまではこの件は内密に」
一の妃の華夢は翡翠の手の持ち主だというだけでなく、有力家臣の娘でもある。宰相と皇帝が娘を介して結びつけば国は安泰だと民は安心していた部分がある。それがいきなり、国の端で育った村娘が翡翠の手の使い手だとなれば、混乱し不安になるだろう。
「わかりました」
頷くと、彼は微笑んで大きな手で翠鈴の頭を撫でる。心地いい温もりに翠鈴の胸がまたとくんと鳴った。
「さあ、今夜はもう休もう」
そう言って彼は翠鈴を布団の中へ促した。自身も隣に入りそのまま翠鈴を抱きしめて、気持ちよさそうに目を閉じた。
男性とひとつの寝台でこんな体勢で寝るなんてあり得ない、と翠鈴は思う。でも頬に感じる温もりに心から安心して、だんだんと眠たくなってくるから不思議だった。
目を閉じたまま、劉弦が言う
「明日からも私は執務で遅くなる。そなたは必ず先に休むように。私は翠鈴が隣にいるだけで心地よい」
ということは、明日からも彼は毎日翠鈴を呼ぶつもりなのだ。
――私が翡翠の手の使い手で、劉弦さまの体調のために必要だから?
だとしても、嬉しかった。
彼のためにできることがあるならば、なんでもしたい。自然とそう思うのは、国を治める皇帝に対する尊敬と感謝の思いからくるものだろう。
でもそれ以上のなにかもあるような……。
それがいったいなんなのか、目を閉じたまま、翠鈴は自分の中に答えを探そうとする。けれど心地のいい眠気に襲われて無理だった。
――また、明日考えよう。
自分を包む温もりに頬ずりをして、翠鈴は眠りに落ちていった。
昼食の後、そのことを伝えに来た梓萌に、翠鈴はなんとも言えない気持ちになった。嫌だ、というわけではない。ただ今夜また彼に会うのだと思うとまた胸がざわざわと騒いで落ち着かない気持ちになったのだ。
一方で、梓萌も微妙な表情だった。彼女としては百の妃である翠鈴が、何度も寝所に呼ばれることが納得いかないのだろう。
だが、蘭蘭の見解は違っていた。
『慣例では懐妊されたお妃さまが寝所に召されることはないそうです。お世継ぎは多い方がいいですからね。別のお妃さまがご寵愛を受ける方が、言葉は悪いですが都合がいいというわけです。それなのに翠鈴さまをお召しになられるということは、陛下がそのくらい翠鈴さまを愛おしく思われているあかしです。ああ、皇帝陛下はやはり立派な方です……! 翠鈴さまがよい方だと誰よりもわかっていらっしゃるんですから』
つまり梓萌は、皇帝が懐妊中の妃を寝所に呼ぶことを不思議に思っているわけだ。でも言葉の後半は、間違いであることは確かだった。
自分と劉弦の間に愛情のようなものはない。
ないのが正しい関係なのだから。
彼は龍神らしく慈悲深い心の持ち主だった。自分のせいで翠鈴が故郷の村へ帰れなくなったことを申し訳なく思っている。
妃として大切にすると言っていた。だから寝所へ呼ぶのだ。
翠鈴は一生懸命に自分の胸に言い聞かせる。なぜか、そうしないといけないような気がした。
――そして。
とっぷりと日が暮れた夜の劉弦の寝所にて、翠鈴はひとり彼を待っている。普段の劉弦ならとっくの昔に執務を終えて寝所へ戻ってきている時刻だと女官は言ったが、今宵はまだだった。
随分前に"先に休んでいてよい"という伝言をもらったが、そういうわけにもいかず、寝台の上で落ち着かない気持ちで待っているというわけである。
「皇帝陛下、御成にございます」
部屋の外から声がして、翠鈴は慌てて背筋を伸ばす。このような場面でどのように振る舞うべきかわからなかった。
皇帝の待つ寝所へ妃が入室した際の作法は、梓萌から聞いた。が、逆の場合は聞いていないからだ。とりあえず翠鈴は、床へ降りて頭を下げて彼を待つ。
開いた扉から入ってきた劉弦が眉を寄せた。
「冷たい床に膝をつくな。身体が冷えるではないか。そのようなことをせずともよい。早く寝台へ」
顔を上げて言われた通りに寝台へ上ると、同じように彼も寝台の翠鈴の隣に腰掛ける。翠鈴の頬へ手をあてて覗き込むように見た。
「体調はどうだ? 人は懐妊すると気分が優れない日々が続くと聞いた」
心配そうに自分を見る瞳に、翠鈴の胸がどきんと跳ねる。鼓動が自分の意志とは関係なしに走り出す。朝とまったく同じ反応だ。ほんの少し優しくされて触れられる。それだけでどうしてこんなにも、反応してしまうのだろう?
自分の身体の変化を不思議に思いながら、翠鈴は口を開く。
「大丈夫です……。確かに懐妊中は体調が優れなくなるという話も聞きますが、懐妊してからだいたい三月あたりが多いと聞きます。ですから私はまだ……」
「ならいいが」
とてもじゃないが、自分を見つめる彼の目をまともに見ることができなくて目を逸らす。と、彼の右肩にぼんやりと光が見えた。
「陛下も遅くまで執務お疲れさまです」
その光にそっと手をかざすと、光は消える。
劉弦がふっと笑った。
「名前で呼べと言っただろう。そなたと私は夫婦なのだから。私もこれからは翠鈴と名前で呼ぶ」
「は、はい。劉弦さま」
戸惑いつつ、翠鈴は答える。
なんだかふわふわと雲の上を漂っているような変な感じがした。子をなした間柄なのだから名前で呼ばれるくらいは普通なのだろう。でも彼に呼ばれるとなんの変哲もない自分の名前が、なにか特別なもののように感じるから不思議だった。
「確かに今日は遅くなった。だが疲れてはいない。翠鈴のおかげで、体調がいい」
そう言って優しい目で翠鈴を見た。
翠鈴はさっき自分がしたことを思い出した。
「翡翠の手……」
呟くと劉弦は頷いた。
「その手で癒してもらったからだろう。だがそもそも翠鈴がただそばにいるだけで私は心地よい。今までの不調が嘘のようだ。嫌でなければ、腕に抱かせてほしい」
そう言って彼は腕を広げる。また心の臓が大きな音を立てるのを感じて、翠鈴はすぐには答えられなかった。嫌だなどとは思わない。
でも一昨日のように我を失った状態でも、昨夜のように取り乱した状態でもなく、彼の腕に抱かれるのだと思うと、はいそうですかというわけにはいかなかった。そんなことができるほど、翠鈴は男性に慣れていない。そもそも施術以外で男性の身体に触れること自体がほとんどはじめてだったというのに……。
「い、嫌では……でも」
自分から男性の腕の中へ抱かれに行くということに躊躇する翠鈴に、劉弦が安心させるように言う。
「今夜はなにもしない。ただ一緒に眠るだけだ。翠鈴をここへ呼ぶことに反対した家臣たちに、無理はさせないと約束した」
「そっ、そのようなことを心配しているわけでは……!」
思いがけない言葉に翠鈴は声をあげる。頭から湯気が出るような心地がした。
あわあわ言う翠鈴に、劉弦がふっと笑った。
「そうか?」
その眼差しに、翠鈴の鼓動がまた早くなっていく。このままでは心の臓が破れてしまいそうだ。
これよりも近くに彼を感じたらどうにかなってしまうだろう。腕に抱かれるなんてとんでもないと思うが、もちろん拒むことはできなかった。
そろりそろりと近づくと、ふわりと感じる高貴な香り。それをなぜか甘やかに感じた時、たくましい腕に包まれた。
膝の上に抱いた劉弦が大きな手で頬を包む。すぐ近くで翠鈴を見つめた。
「今日一日、健やかに過ごせたか?」
「はい」
「なにか不足があればすぐに言え。整えさせる」
「なにも、私はよくしていただいていますから……」
これ以上ないくらいの胸の高鳴りを感じながら翠鈴は答える。息苦しささえ覚えるくらいだった。
「そうか、ならいいが。後宮では昼間はなにをして過ごすのだ?」
「と、とくにはなにも……ほかのお妃さまとお話をしたり……」
とそこで、昼間の出来事が頭に浮かび、翠鈴は口を噤む。少し考えてから口を開いた。
「あの……劉弦さま、お願いしたいことがあるのですが」
劉弦がわずかに首を傾げて続きを促した。
「後宮でのお妃さま方……。貴人の方々の日々のことについてでございます。貴人の皆さまのお部屋は中庭へ面しておらず日当たりがよくないのです。それなのに窓の布幕を開けることも許されないようで……。あれでは、日の光を浴びることも身体を動かすこともままなりません。心が病になってしまいます。一日に、二回……朝と夕に宮廷の広いお庭を散歩するお許しをいただくことはできませんか?」
翠鈴が知らないだけで、芽衣のように気鬱の病に罹りかけている者はほかにもいるはずだ。これから彼女たちが長く後宮で生活するならば、どうにかしなくてはと思う。
翠鈴の願いに、劉弦は驚いたように目を見開いてすぐには答えなかった。
その反応に、翠鈴は不安になる。
妃が後宮の外へ出るということは、はやはり許されないことなのだろうか……?
「あの……やっぱり、無理ですよね。変なこと言って申し訳ありませ……」
そこで。
劉弦が突然噴き出した。そのままくっくっと肩を揺らして笑っている。
意外な彼の反応に、翠鈴は首を傾けた。
「あの……。劉弦さま……?」
「願いと言うから、己のことかと思ったが、皆のための願いなのか」
「え?」
「いや、なんでもない。……確かに翠鈴の言う通りだ。日の光は、人には欠かせないもの。許可するように話をしておく」
なぜ笑っているのかは不明だが、とりあえず聞き入れられたことにホッとして、翠鈴は笑みを浮かべた。
「ありがとうございます!」
「いや。私もこれからはきちんと後宮にも目を配ることにしよう。今までは故あって、ややおざなりになっていたが……」
そこで彼は、真剣な表情になった。
「翡翠の手の使い手の件だが。しばらくは私とそなたの間だけの話としておきたい。その時がくるまではこの件は内密に」
一の妃の華夢は翡翠の手の持ち主だというだけでなく、有力家臣の娘でもある。宰相と皇帝が娘を介して結びつけば国は安泰だと民は安心していた部分がある。それがいきなり、国の端で育った村娘が翡翠の手の使い手だとなれば、混乱し不安になるだろう。
「わかりました」
頷くと、彼は微笑んで大きな手で翠鈴の頭を撫でる。心地いい温もりに翠鈴の胸がまたとくんと鳴った。
「さあ、今夜はもう休もう」
そう言って彼は翠鈴を布団の中へ促した。自身も隣に入りそのまま翠鈴を抱きしめて、気持ちよさそうに目を閉じた。
男性とひとつの寝台でこんな体勢で寝るなんてあり得ない、と翠鈴は思う。でも頬に感じる温もりに心から安心して、だんだんと眠たくなってくるから不思議だった。
目を閉じたまま、劉弦が言う
「明日からも私は執務で遅くなる。そなたは必ず先に休むように。私は翠鈴が隣にいるだけで心地よい」
ということは、明日からも彼は毎日翠鈴を呼ぶつもりなのだ。
――私が翡翠の手の使い手で、劉弦さまの体調のために必要だから?
だとしても、嬉しかった。
彼のためにできることがあるならば、なんでもしたい。自然とそう思うのは、国を治める皇帝に対する尊敬と感謝の思いからくるものだろう。
でもそれ以上のなにかもあるような……。
それがいったいなんなのか、目を閉じたまま、翠鈴は自分の中に答えを探そうとする。けれど心地のいい眠気に襲われて無理だった。
――また、明日考えよう。
自分を包む温もりに頬ずりをして、翠鈴は眠りに落ちていった。