漫画（ネタ）のためなら結婚します！
1話 恋愛経験ゼロの少女漫画家、木之下すずめ
◯すずめの部屋（夜）
主人公のすずめは自分の部屋の作業机に座り、何かを描いている。
下を向いているので顔は見えない。
スマホはスピーカーにしており、担当編集の大崎と電話で会話をしている。
大崎「前回の読み切り、評判良かったですよ！ やっぱりすずめ先生が描く主人公って応援したくなるんですよね！」
すずめ「そ…ですか、よかっ…です…」
大崎「私もうきゅんきゅんしちゃって…！ あ、それで、次回作なんですけど、もうメール確認してくれました？」
すずめ「…しま……た」
大崎「胸キュンで、ちょっとだけスリリングな結婚ってテーマなんですけど。すずめ先生にぜひって編集長が推してて」
すずめ「……です」
大崎「あの、さっきから声遠くないですか？ 電波悪いかなぁ？」
すずめの顔色は悪く、何かを思い悩んでいる様子。
握ったペンがぶるぶると震えている。
しかし目をカッと開いて、すずめはスマホを鷲掴んで声をあらげる。
すずめ「……確認しました！ でも私にはこれ以上無理ですって！ だって私、今まで恋愛なんてしたことないんですよ！？ 大崎さん知ってるでしょ！」
すずめが机で描いていたのは、漫画のネーム。
描いても描いてもダメらしく、ネームの上にはバツの印がたくさんついている。
◯少女漫画の編集部
自分のデスクで、にこやかにすずめと電話をしている大崎編集マン。
すずめの話も笑って聞いている。
大崎「わかってますよ、大人気少女漫画家、木之下すずめが恋愛経験ゼロってことは」
すずめ「じゃあどうして……。恋愛ものだって難しいのに、結婚がテーマだなんて余計にわかんないですよ……！」
大崎「あはは」
すずめ「あははじゃないですよ……私は必死なんですよ……！」
大崎「いや、すずめ先生のそんな姿、読者は想像もできないんだろうなって思って」
すずめ「他人事だっ！」
大崎「まあまあ、ちょっと聞いてください。実は私に案があるんですよ」
にこにこ笑いながら、大崎はパソコン画面を見ている。
それは「レンタル彼氏」のHPで、「あなたも素敵な彼氏と恋愛してみませんか？」というキャッチコピーがある。
大崎「ねえ、すずめ先生、レンタル彼氏やってみません？」
◯すずめの部屋
すずめ「レンタル……彼氏…？」
大崎「すずめ先生が漫画家でネタのためにデートするってことは先方に伝えておくんで、勉強のために一日体験してみませんか？」
すずめ「でも私、知らない人とデートなんて……、それはちょっと……」
突然の話にすずめは戸惑いを隠せない。
大崎「ふーん、でも、ネタになりますよ？ ほら実録漫画にしても…」
しかし大崎はすずめを知り尽くしているので、こう言えばすずめが乗ってくることはわかっていた。
すずめ「——やります！」
◯駅前の待ち合わせ場所（週末のお昼時）
すずめ「……なーんて言っちゃったけど、本当に大丈夫かな！？」
すずめ「そもそも考えてみれば私、デートさえしたことないんだけど……」
すずめ「24歳にもなって、逆にすごくない……？」
人で賑わう通りで、すずめは落ち着かずにぶつぶつと呟いていた。
しかもはじめてのデートなので、どんな洋服を着ていいのかわからず、ダサい格好をしている。
すでに大崎に安請け合いをしてしまったことを、少し後悔している様子。
◯すずめの部屋（回想）
大崎「結婚は今の流行りですよ！ 狙いましょうアニメ化！ 実写映画化！」
大崎「私好きなんですよね『あたいの幸せな結婚』。虐げられていた主人公がイケメンにみそめられる話！ 徐々に距離がつまっていく過程！ そういうの描きましょ！」
すずめ「パクリじゃないですか！ ……とにかくわかりました、私も少女漫画家です！ 漫画（ネタ）のためなら体を張ってみせましょう！」
すずめは大崎に啖呵を切って、必ず面白い少女漫画を描くことを決意した。
（回想終了）
◯駅前の待ち合わせ場所
すずめ（なんであんなこと言っちゃったんだろう……！）
（やっぱり今から断ろうかな）
（でも今さらキャンセルって迷惑だよね）
すずめはすでに自分の発言を後悔していた。
レンタル彼氏「木之下すずめ？」
名前を呼ばれてハッとして顔をあげると、そこには目つきの悪い男がすずめを見下ろしていた。
レンタル彼氏「今日、呼ばれたものだけど」
すずめ（こわっっっっっ！）
現れたレンタル彼氏は「ラブプリンス」というレンタル彼氏派遣会社の名刺をすずめに突きつけた。
そこには「楓」という名前が書かれている。
すずめ「レンタル彼氏の楓さん……？」
楓「ああ」
すずめ「私、木之下すずめです！」
楓「知ってる」
楓はじろりと恐い顔で、すずめを睨みつけた。
すずめ（大崎さん、レンタル彼氏はみんな穏やかで優しそうなイケメンって言ってませんでしたっけ？！）
楓と名乗った男は、すずめの全身をじろっと睨みながら観察した。
すずめの足元のヒールもちらりと見る。
楓「まあ顔は悪くないな。一応合格ラインだ」
すずめ「は？」
楓「だがなんだその格好」
すずめ「え、変ですか？」
楓「だせえ」
すずめ「ええ！？」
楓「一緒に歩きたくねえ」
楓は自分の腕時計を確認する。
時間は13時。
楓「時間はまだあるな」
楓「おい、行くぞ。まずは着替えてもらう」
楓はすずめを置いて、スタスタと先を歩いていってしまう。
すずめ「え、ちょっと待ってください！ どこに行くんですか？」
楓「まずはそのだせえ服をどうにかしてもらう」
すずめ「え、え、え？」
一人で歩き去っていく楓の後ろを見て、すずめはハッとして何かに気が付く。
すずめ（これってまさか、俺様系彼氏ってやつ……！？）
（すごい！ きっと役に忠実にやってるんだ！）
◯水族館
楓は時計を気にしている。
時間はちょうど14時になったところ。
楓「14時か、ギリ間に合ったな」
楓の隣には、すずめが立っている。
すずめは着替えさせられ、今どきのオシャレな格好に変わっている。
しかし靴だけはスニーカーを履いている。
すずめ「楓さん、洋服のお代は？ それに水族館の入場料も……」
楓「別にいらねえ」
すずめ「そういうわけには……！」
楓「うるせえな、ほら行くぞ」
そっけない返事で、楓は先を歩いて行ってしまう。
その後ろを慌ててすずめは追いかける。
すずめ（もしかして料金って、大崎さんが経費でやってくれるのかな？）
（それに、動物園って予定のメールもらったんだけど、私の見間違い？）
（でもこれが俺様系彼氏のデートなのかもしれない……）
不思議に思いつつ、すずめは楓と共に水族館の奥へと入っていく。
すずめ（ま、いっか！ 俺様系の需要も根強いし！ 漫画のネタにさせてもらおう！）
◯水族館の奥（薄暗い展示室）
泳ぐ魚を見回して、すずめは歓声をあげる。
すずめ「うわーー！」
水族館に興奮したすずめは、スマホであちこちの写真を撮っている。
もちろん写真は漫画の資料にするため。
ふと顔をあげると、レンタル彼氏は水槽ではなく、別のどこかを見ていた。
何かを気にしているような素振りをしている。
すずめ「どうしました？」
レンタル彼氏「いや別に。……さっきから写真ばっかり撮ってるが、それどうするんだ？」
すずめ「ああこれは、水族館なんてなかなか来れないので、漫画の資料用です！ 通路とか水槽と人物との対比とか、後々こういうのがあると助かるんです。あ、知ってます？ 水族館が暗いのって、水槽の中にいる魚が人間のこと見れないするためらしいんです。魚って実は神経質な生き物なんで、水槽の外を人が動いていると気になってストレスになっちゃうらしいんです。だからこっち側を暗くすることで、水槽の中からだとマジックミラーみたいになって魚たちは人間のこと見えないらしいんです、すごいですよね！（早口）」
テンションが上がって、オタク特有の早口で水族館の豆知識を一気に説明するすずめ。
しかし楓が無言であることに、すずめはハッとする。
すずめ（しまった……！）
すずめ「す、すみません、オタクというのは興奮すると早口で喋りすぎる傾向がありまして……」
すずめ（いやそもそも水族館でテンションあがっちゃったけど、今日は恋愛ネタを仕入れるための日だった）
（せっかく俺様系彼氏と一緒だというのに）
楓「そうか、漫画家だったな。木之下すずめは本名なのか？」
すずめ「すずめは本名です。漫画は木之下すずめでやってますが、本名は横倉すずめといいます」
楓「ふーん」
すずめ「あ、待ってください！ この角度、資料にちょうど良いかも。デートっぽい人のシルエットも完璧」
すずめがすぐに漫画の資料のために写真を撮るのを、楓は呆れたように見ている。
楓「漫画家ってみんなこうなのか？」
すずめ「え？」
楓「たしかデート自体はじめてって事前に連絡があった気がしたが……」
すずめ「はい、はじめてです。俺様系彼氏とデートなんてわくわくです！」
楓「俺様系？」
すずめの言葉が、どうやら楓は理解できていないらしい。
しかし、すずめはそれに気がついていない。
すずめは自分の足元を見る。
履いているのは、今朝と違って歩きやすいスニーカー。
それを見て、すずめは嬉しそうに微笑む。
◯アパレルショップ（回想）
試着室から出てきたすずめは、シンプルだがオシャレな格好をしている。
もちろん洋服は楓が選んだもの。
そこに楓が、自分で選んだスニーカーを持ってくる。
楓「靴はこれだ。」
すずめ「あ、はい！」
すずめ（スニーカーなんだ……）
（回想終了）
◯水族館（薄暗い展示室）
すずめ（私がヒールに慣れてないことを見抜いて、スニーカーに履き替えさせる…！）
（完璧すぎる俺様系彼氏……！）
楓はほとんど喋らず、表情も変えない。
だが、すずめはそんな楓を「俺様系彼氏」だと感心している。
すずめ「男性と一緒に水族館に来るなんて、はじめてです。恋愛についてはわからないですが、楽しい気がします」
楓「そうか……」
すずめ（顔こわいし目つき悪いけど、役に入り込んでるだけし、きっと良い人なんだろうな）
◯水族館（ペンギンの水槽の前）
すずめ「ペンギンですよ楓さん！」
楓「ペンギンだな……」
すずめ「かわいいですね！ あ、知ってます？ ペンギンって全部で18種類いるんですよ！ 小型で1キロほどのペンギンもいれば、小学生くらいの大きさのペンギンもいるんです。もう大昔に絶滅しちゃってるんですけど、古代のペンギンの中には身長170センチくらいのペンギンもいたみたいで、ニュージーランドとかで化石が発見されているんです。ジャイアントペンギンって呼ばれているんですけど、成人男性と同じくらいのペンギンって想像するとすごくないですか？ こわいけど出来ることなら抱きしめてみたいですよね！（早口）」
喋りながらも、すずめはあちこちを写真に撮っている。
楓「……」
しかし、またしても早口でベラベラと一気にしゃべってしまったことに気がついて、ハッとして口を抑える。
すずめ（しまったーーっ！）
すずめ「す、すみません、早々に過ちを繰り返しました……」
楓「……」
しかし楓の様子が、先ほどとは違って明後日の方向を向いている。
すずめ「どうしました？」
楓「ぶっ……ふは……ははは…」
楓「お前、バカだな」
楓「ちょっと、おもしろい」
出会ってからずっと目つきの悪いまま、表情を崩さなかった楓だが、はじめて笑顔を見せる。
楓は笑うと、ずいぶんと印象が柔らかくなる。
楓の笑顔に、ピシャーン！ とすずめは衝撃を受ける。
すずめ（強い、これが俺様系彼氏っっっっ！）
（た、たしかに、俺様系彼氏の強みはギャップ……！ ここぞという時に笑顔を披露することで、読者（客）の心を鷲掴みにするテクニック！）
すずめ「楓さん、強いですね……」
楓「は？」
楓はふーっとため息をついて、肩をこきこきと鳴らす。
ふと、背後をちらりと見て、ため息をつく。
背後に何者かの影があるが、すずめは何も気がついていない。
どうやら楓は、何かが吹っ切れた様子をしている。
楓「悪かったな、ずっと無愛想で」
すずめ「は？」
楓「でも、そうだな、せっかくのデートだ。楽しんだほうが良いに決まってるよな」
すずめ「え？ どういうことですか？」
楓「ほら、次に行くぞすずめ」
楓はすずめの手を握って、次の展示へと歩いていく。
◯編集部（同時刻）
楓とすずめが水族館でデートしている頃、編集部では大崎が電話をしている。
レンタル彼氏（本物の楓）「今日は本当にすみません！ 次回は必ず優先的に予約を取れるようにしておきますから！」
大崎「いえいえ楓さん、インフルエンザなら仕方がないですよ」
レンタル彼氏（本物の楓）「でも、すずめさんは大丈夫でしょうか？」
大崎「いえいえ、あの人は一人でも楽しく動物園に行くタイプなんで平気ですよ」
レンタル彼氏派遣会社の楓との電話を切った後、大崎はため息をつく。
スマホには「木之下すずめ」とのライン画面が開かれている。
大崎から何度か呼びかけているが、すずめはラインには気がついていない。
大崎（すずめ先生、全然メッセージ読んでないっぽいけど大丈夫かな？ レンタル彼氏がドタキャンになって、ショックで本当にひとりで動物園に行ってたりして……）
大崎はすずめを心配して、ため息をつく。
◯水族館（ラッコの展示室）
すずめ「あ、これも写真撮りたいです！」
はしゃいで写真をたくさん取るすずめ。
それを見ている、目つきの悪い楓（偽物）。
そして、その二人を背後に隠れて盗み見ている不審な人物がいる。
（1話おわり）
主人公のすずめは自分の部屋の作業机に座り、何かを描いている。
下を向いているので顔は見えない。
スマホはスピーカーにしており、担当編集の大崎と電話で会話をしている。
大崎「前回の読み切り、評判良かったですよ！ やっぱりすずめ先生が描く主人公って応援したくなるんですよね！」
すずめ「そ…ですか、よかっ…です…」
大崎「私もうきゅんきゅんしちゃって…！ あ、それで、次回作なんですけど、もうメール確認してくれました？」
すずめ「…しま……た」
大崎「胸キュンで、ちょっとだけスリリングな結婚ってテーマなんですけど。すずめ先生にぜひって編集長が推してて」
すずめ「……です」
大崎「あの、さっきから声遠くないですか？ 電波悪いかなぁ？」
すずめの顔色は悪く、何かを思い悩んでいる様子。
握ったペンがぶるぶると震えている。
しかし目をカッと開いて、すずめはスマホを鷲掴んで声をあらげる。
すずめ「……確認しました！ でも私にはこれ以上無理ですって！ だって私、今まで恋愛なんてしたことないんですよ！？ 大崎さん知ってるでしょ！」
すずめが机で描いていたのは、漫画のネーム。
描いても描いてもダメらしく、ネームの上にはバツの印がたくさんついている。
◯少女漫画の編集部
自分のデスクで、にこやかにすずめと電話をしている大崎編集マン。
すずめの話も笑って聞いている。
大崎「わかってますよ、大人気少女漫画家、木之下すずめが恋愛経験ゼロってことは」
すずめ「じゃあどうして……。恋愛ものだって難しいのに、結婚がテーマだなんて余計にわかんないですよ……！」
大崎「あはは」
すずめ「あははじゃないですよ……私は必死なんですよ……！」
大崎「いや、すずめ先生のそんな姿、読者は想像もできないんだろうなって思って」
すずめ「他人事だっ！」
大崎「まあまあ、ちょっと聞いてください。実は私に案があるんですよ」
にこにこ笑いながら、大崎はパソコン画面を見ている。
それは「レンタル彼氏」のHPで、「あなたも素敵な彼氏と恋愛してみませんか？」というキャッチコピーがある。
大崎「ねえ、すずめ先生、レンタル彼氏やってみません？」
◯すずめの部屋
すずめ「レンタル……彼氏…？」
大崎「すずめ先生が漫画家でネタのためにデートするってことは先方に伝えておくんで、勉強のために一日体験してみませんか？」
すずめ「でも私、知らない人とデートなんて……、それはちょっと……」
突然の話にすずめは戸惑いを隠せない。
大崎「ふーん、でも、ネタになりますよ？ ほら実録漫画にしても…」
しかし大崎はすずめを知り尽くしているので、こう言えばすずめが乗ってくることはわかっていた。
すずめ「——やります！」
◯駅前の待ち合わせ場所（週末のお昼時）
すずめ「……なーんて言っちゃったけど、本当に大丈夫かな！？」
すずめ「そもそも考えてみれば私、デートさえしたことないんだけど……」
すずめ「24歳にもなって、逆にすごくない……？」
人で賑わう通りで、すずめは落ち着かずにぶつぶつと呟いていた。
しかもはじめてのデートなので、どんな洋服を着ていいのかわからず、ダサい格好をしている。
すでに大崎に安請け合いをしてしまったことを、少し後悔している様子。
◯すずめの部屋（回想）
大崎「結婚は今の流行りですよ！ 狙いましょうアニメ化！ 実写映画化！」
大崎「私好きなんですよね『あたいの幸せな結婚』。虐げられていた主人公がイケメンにみそめられる話！ 徐々に距離がつまっていく過程！ そういうの描きましょ！」
すずめ「パクリじゃないですか！ ……とにかくわかりました、私も少女漫画家です！ 漫画（ネタ）のためなら体を張ってみせましょう！」
すずめは大崎に啖呵を切って、必ず面白い少女漫画を描くことを決意した。
（回想終了）
◯駅前の待ち合わせ場所
すずめ（なんであんなこと言っちゃったんだろう……！）
（やっぱり今から断ろうかな）
（でも今さらキャンセルって迷惑だよね）
すずめはすでに自分の発言を後悔していた。
レンタル彼氏「木之下すずめ？」
名前を呼ばれてハッとして顔をあげると、そこには目つきの悪い男がすずめを見下ろしていた。
レンタル彼氏「今日、呼ばれたものだけど」
すずめ（こわっっっっっ！）
現れたレンタル彼氏は「ラブプリンス」というレンタル彼氏派遣会社の名刺をすずめに突きつけた。
そこには「楓」という名前が書かれている。
すずめ「レンタル彼氏の楓さん……？」
楓「ああ」
すずめ「私、木之下すずめです！」
楓「知ってる」
楓はじろりと恐い顔で、すずめを睨みつけた。
すずめ（大崎さん、レンタル彼氏はみんな穏やかで優しそうなイケメンって言ってませんでしたっけ？！）
楓と名乗った男は、すずめの全身をじろっと睨みながら観察した。
すずめの足元のヒールもちらりと見る。
楓「まあ顔は悪くないな。一応合格ラインだ」
すずめ「は？」
楓「だがなんだその格好」
すずめ「え、変ですか？」
楓「だせえ」
すずめ「ええ！？」
楓「一緒に歩きたくねえ」
楓は自分の腕時計を確認する。
時間は13時。
楓「時間はまだあるな」
楓「おい、行くぞ。まずは着替えてもらう」
楓はすずめを置いて、スタスタと先を歩いていってしまう。
すずめ「え、ちょっと待ってください！ どこに行くんですか？」
楓「まずはそのだせえ服をどうにかしてもらう」
すずめ「え、え、え？」
一人で歩き去っていく楓の後ろを見て、すずめはハッとして何かに気が付く。
すずめ（これってまさか、俺様系彼氏ってやつ……！？）
（すごい！ きっと役に忠実にやってるんだ！）
◯水族館
楓は時計を気にしている。
時間はちょうど14時になったところ。
楓「14時か、ギリ間に合ったな」
楓の隣には、すずめが立っている。
すずめは着替えさせられ、今どきのオシャレな格好に変わっている。
しかし靴だけはスニーカーを履いている。
すずめ「楓さん、洋服のお代は？ それに水族館の入場料も……」
楓「別にいらねえ」
すずめ「そういうわけには……！」
楓「うるせえな、ほら行くぞ」
そっけない返事で、楓は先を歩いて行ってしまう。
その後ろを慌ててすずめは追いかける。
すずめ（もしかして料金って、大崎さんが経費でやってくれるのかな？）
（それに、動物園って予定のメールもらったんだけど、私の見間違い？）
（でもこれが俺様系彼氏のデートなのかもしれない……）
不思議に思いつつ、すずめは楓と共に水族館の奥へと入っていく。
すずめ（ま、いっか！ 俺様系の需要も根強いし！ 漫画のネタにさせてもらおう！）
◯水族館の奥（薄暗い展示室）
泳ぐ魚を見回して、すずめは歓声をあげる。
すずめ「うわーー！」
水族館に興奮したすずめは、スマホであちこちの写真を撮っている。
もちろん写真は漫画の資料にするため。
ふと顔をあげると、レンタル彼氏は水槽ではなく、別のどこかを見ていた。
何かを気にしているような素振りをしている。
すずめ「どうしました？」
レンタル彼氏「いや別に。……さっきから写真ばっかり撮ってるが、それどうするんだ？」
すずめ「ああこれは、水族館なんてなかなか来れないので、漫画の資料用です！ 通路とか水槽と人物との対比とか、後々こういうのがあると助かるんです。あ、知ってます？ 水族館が暗いのって、水槽の中にいる魚が人間のこと見れないするためらしいんです。魚って実は神経質な生き物なんで、水槽の外を人が動いていると気になってストレスになっちゃうらしいんです。だからこっち側を暗くすることで、水槽の中からだとマジックミラーみたいになって魚たちは人間のこと見えないらしいんです、すごいですよね！（早口）」
テンションが上がって、オタク特有の早口で水族館の豆知識を一気に説明するすずめ。
しかし楓が無言であることに、すずめはハッとする。
すずめ（しまった……！）
すずめ「す、すみません、オタクというのは興奮すると早口で喋りすぎる傾向がありまして……」
すずめ（いやそもそも水族館でテンションあがっちゃったけど、今日は恋愛ネタを仕入れるための日だった）
（せっかく俺様系彼氏と一緒だというのに）
楓「そうか、漫画家だったな。木之下すずめは本名なのか？」
すずめ「すずめは本名です。漫画は木之下すずめでやってますが、本名は横倉すずめといいます」
楓「ふーん」
すずめ「あ、待ってください！ この角度、資料にちょうど良いかも。デートっぽい人のシルエットも完璧」
すずめがすぐに漫画の資料のために写真を撮るのを、楓は呆れたように見ている。
楓「漫画家ってみんなこうなのか？」
すずめ「え？」
楓「たしかデート自体はじめてって事前に連絡があった気がしたが……」
すずめ「はい、はじめてです。俺様系彼氏とデートなんてわくわくです！」
楓「俺様系？」
すずめの言葉が、どうやら楓は理解できていないらしい。
しかし、すずめはそれに気がついていない。
すずめは自分の足元を見る。
履いているのは、今朝と違って歩きやすいスニーカー。
それを見て、すずめは嬉しそうに微笑む。
◯アパレルショップ（回想）
試着室から出てきたすずめは、シンプルだがオシャレな格好をしている。
もちろん洋服は楓が選んだもの。
そこに楓が、自分で選んだスニーカーを持ってくる。
楓「靴はこれだ。」
すずめ「あ、はい！」
すずめ（スニーカーなんだ……）
（回想終了）
◯水族館（薄暗い展示室）
すずめ（私がヒールに慣れてないことを見抜いて、スニーカーに履き替えさせる…！）
（完璧すぎる俺様系彼氏……！）
楓はほとんど喋らず、表情も変えない。
だが、すずめはそんな楓を「俺様系彼氏」だと感心している。
すずめ「男性と一緒に水族館に来るなんて、はじめてです。恋愛についてはわからないですが、楽しい気がします」
楓「そうか……」
すずめ（顔こわいし目つき悪いけど、役に入り込んでるだけし、きっと良い人なんだろうな）
◯水族館（ペンギンの水槽の前）
すずめ「ペンギンですよ楓さん！」
楓「ペンギンだな……」
すずめ「かわいいですね！ あ、知ってます？ ペンギンって全部で18種類いるんですよ！ 小型で1キロほどのペンギンもいれば、小学生くらいの大きさのペンギンもいるんです。もう大昔に絶滅しちゃってるんですけど、古代のペンギンの中には身長170センチくらいのペンギンもいたみたいで、ニュージーランドとかで化石が発見されているんです。ジャイアントペンギンって呼ばれているんですけど、成人男性と同じくらいのペンギンって想像するとすごくないですか？ こわいけど出来ることなら抱きしめてみたいですよね！（早口）」
喋りながらも、すずめはあちこちを写真に撮っている。
楓「……」
しかし、またしても早口でベラベラと一気にしゃべってしまったことに気がついて、ハッとして口を抑える。
すずめ（しまったーーっ！）
すずめ「す、すみません、早々に過ちを繰り返しました……」
楓「……」
しかし楓の様子が、先ほどとは違って明後日の方向を向いている。
すずめ「どうしました？」
楓「ぶっ……ふは……ははは…」
楓「お前、バカだな」
楓「ちょっと、おもしろい」
出会ってからずっと目つきの悪いまま、表情を崩さなかった楓だが、はじめて笑顔を見せる。
楓は笑うと、ずいぶんと印象が柔らかくなる。
楓の笑顔に、ピシャーン！ とすずめは衝撃を受ける。
すずめ（強い、これが俺様系彼氏っっっっ！）
（た、たしかに、俺様系彼氏の強みはギャップ……！ ここぞという時に笑顔を披露することで、読者（客）の心を鷲掴みにするテクニック！）
すずめ「楓さん、強いですね……」
楓「は？」
楓はふーっとため息をついて、肩をこきこきと鳴らす。
ふと、背後をちらりと見て、ため息をつく。
背後に何者かの影があるが、すずめは何も気がついていない。
どうやら楓は、何かが吹っ切れた様子をしている。
楓「悪かったな、ずっと無愛想で」
すずめ「は？」
楓「でも、そうだな、せっかくのデートだ。楽しんだほうが良いに決まってるよな」
すずめ「え？ どういうことですか？」
楓「ほら、次に行くぞすずめ」
楓はすずめの手を握って、次の展示へと歩いていく。
◯編集部（同時刻）
楓とすずめが水族館でデートしている頃、編集部では大崎が電話をしている。
レンタル彼氏（本物の楓）「今日は本当にすみません！ 次回は必ず優先的に予約を取れるようにしておきますから！」
大崎「いえいえ楓さん、インフルエンザなら仕方がないですよ」
レンタル彼氏（本物の楓）「でも、すずめさんは大丈夫でしょうか？」
大崎「いえいえ、あの人は一人でも楽しく動物園に行くタイプなんで平気ですよ」
レンタル彼氏派遣会社の楓との電話を切った後、大崎はため息をつく。
スマホには「木之下すずめ」とのライン画面が開かれている。
大崎から何度か呼びかけているが、すずめはラインには気がついていない。
大崎（すずめ先生、全然メッセージ読んでないっぽいけど大丈夫かな？ レンタル彼氏がドタキャンになって、ショックで本当にひとりで動物園に行ってたりして……）
大崎はすずめを心配して、ため息をつく。
◯水族館（ラッコの展示室）
すずめ「あ、これも写真撮りたいです！」
はしゃいで写真をたくさん取るすずめ。
それを見ている、目つきの悪い楓（偽物）。
そして、その二人を背後に隠れて盗み見ている不審な人物がいる。
（1話おわり）
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