漫画(ネタ)のためなら結婚します!
3話 極道「真正会」若頭、真田中生
◯すずめの部屋(レンタル彼氏とのデートから、しばらく日数が経っている)
すずめは編集の大崎と電話をしている。
大崎は電話の向こうで、出来上がったばかりのすずめの漫画(ネーム)を見ている。
大崎「最近のすずめ先生、めちゃくちゃ良いですよ〜!」
大崎「これ絶対に人気が出ると思います!」
すずめ「ありがとうございます」
大崎「謎のレンタル彼氏のおかげですね!」
すずめ「いや他人事だと思って…!」
すずめは頭を抱えて、唸り声をあげる。
すずめ「あれ本当に誰だったの!」
大崎「本当ですよね……誰だったんでしょう?」
すずめ「私が聞きたいです!」
大崎「後日連絡してみても、やっぱり先生が言ってるような方は在籍してなかったですからね」
スマホを持って、すずめはベッドにダイブする。
ふと顔をあげると、水族館デートの日にもらった大きなイルカのぬいぐるみが、枕元に置いてある。
すずめ「しかも私、一銭も払ってないんですよ?」
大崎「でも最近のすずめ先生のネーム、すっごく良いので偽物のレンタル彼氏さまさまですよ!」
すずめ「はぁ……」
大崎「でも、3話から主人公って擬似結婚生活するんですよね? どうです? 結婚生活って描けそうですか?」
すずめ「それが問題なんですよね……恋愛気分は一応味わったんですけど、さすがに結婚生活までは……」
大崎「またレンタル彼氏やります? 今度は結婚生活をテーマにするとか」
すずめ「もういいです…!」
すずめは大崎との電話を終えて、ベッド脇に置かれたイルカのぬいぐるみを抱きしめる。
◯水族館(回想)
お土産売り場で楓(偽物)が、すずめにイルカのぬいぐるみを渡す。
すずめ「え、いいんですか?」
偽物の楓「欲しいんだろ? でかいけど持って帰れるか?」
すずめ「だ、だいじょうぶです! 抱えていけます!」
すずめの言葉に、楓(偽物)は満足したように笑う。
笑うと、目つきの悪さも薄れて、ずいぶんと柔らかい表情になる。
(回想終わり)
◯すずめの部屋
ベッドの上でイルカのぬいぐるみを抱きしめて、天井をぼんやりと見上げているすずめ。
すずめ(あの人、本当に誰だったんだろ……)
(レンタル彼氏じゃないなら、なんで私とデートを?)
すずめは頭を振って、嫌な考えを振り払う。
すずめ「考えてても仕方がない! とにかくネームは通ったんだし、ひさびさに散歩でも行こう!」
すずめはベッドからガバリと起き上がり、気分転換に散歩に出かけることにする。
◯公園
公園のベンチに座りながら、ぼーっとスマホを眺めるすずめ。
スマホ画面には、水族館で楓と一緒に撮った写真が表示されている。
写真には楓(偽物)と一緒に撮った写真もある。
すずめ(ダメだ、公園来ても、つい水族館の写真眺めてしまう……!)
スマホの連絡先をタップすると、楓が入れてくれた電話番号が出てくる。
しかし名前の部分に「楓」とは書かれていない。
代わりに「中生」という文字が入っている。
すずめ(これ、楓さんが入力したんだよね? 中生? なんて読むんだろ? なかなま?)
(連絡先を入れていったってことは、電話しても良いってことだよね?)
(いやでも誰だかわからないし、連絡する勇気なんてないよ!)
公園のベンチで頭をかかえ、すずめは一人でモダモダとする。
すぐに我にかえり、少しも気分転換になっていないことに気がつく。
すずめ(これじゃ少しも気分転換にならない……やっぱ帰ろうかな……)
帰ろうとベンチから腰をあげたところで、手に持ったスマホが突然鳴りだす。
すずめ「わっ!」
驚いてスマホを見ると、画面には「中生」の文字が表示されている。
すずめ(え?!)
(うわっ! うわうわうわっ!)
すずめは慌てて電話に出る。
中生「すずめか?」
すずめ「え、あ、はい! 楓さん……?」
中生「楓?……ああ、そうだったな、でも楓は俺の名前じゃない」
すずめ「あの……」
中生「今、平気か?」
すずめ「え? まあ、はい」
中生「どこにいる?」
すずめ「〇〇公園ですけど……」
中生「わかった、10分で行く。そこで待ってろ」
すずめ「は? いやあの、待ってください、あなたって誰……」
すずめは慌てて質問をぶつけるが、すでに中生は電話を切っていた。
ツー、ツー、ツー、という音だけが聞こえる。
すずめ(ってもう切れてるし!)
(……待てよ、10分で行く?)
スマホを握りしめ、呆然と立ち尽くすすずめ。
◯公園の入り口
公園入り口に立っているすずめの前に、一台の車が停まる。
中から中生が出てくる。
中生「ひさしぶりだな」
すずめ「え、あの、あなたレンタル彼氏じゃなかったんですか?」
中生「いや、俺は間違いなくレンタル彼氏の人間だよ」
すずめ「そうなんですか? でも、そういう人はいないって言われてしまって……」
中生「経営だけどな。あれは俺の会社だ」
すずめ「は?」
中生「とにかく、話は中で」
中生は、すずめの首根っこを捕まえ、車の後部座席に押し込もうとする。
すずめ「え? え? え?」
中生「安心しろ、悪いようにはしねえから」
すずめ(えーー!?)
すずめは状況を全く把握できていないが、車の中に押し込まれ、そのまま出発してしまう。
◯車内(黒塗りの高級車)
後部座席に並んで座る、すずめと中生。
運転席では、黒スーツの男がハンドルを握っている。
すでに中生は、自分の名前を名乗った後。
すずめ「さなだ、ちゅうせい……さん?」
中生「そうだ」
中生「わけあって、14時に女と水族館にいなきゃならなかったんだ。ちょうどレンタルのほうに予約があったから、使わせてもらった」
すずめ「経営者とはいえ、それは顧客データの悪用では!?」
中生「バレなきゃいいんだよ」
すずめ「でもなんでまた……」
中生「それは後で話す」
広い車内に、すずめはキョロキョロと落ち着きなく辺りを見回す。
漫画の資料になりそうな光景に、うずうずしている様子。
すずめ「……あの中生さん、この車内、写真に撮っていいですか?」
運転手「ダメだ、機密だ」
中生「別にいい。どうせ漫画の資料だろ?」
運転手「でも中生さん……!」
中生「こんなところに撮られて困るようなものはねえだろ? 好きに撮っていいぞ」
すずめ「ありがとうございます……! こんな高級車、乗る機会なんてないんで!」
すずめは笑顔で、車内の写真を撮り始める。
中生「……ところで、お前の漫画、どうなったんだ?」
すずめ「あ、はい、おかげさまで良いかんじって言われてます。ただ……」
中生「ただ?」
すずめ「次から主人公が結婚するんです。あの、結婚って言っても嘘の結婚なんですけど。でも私、結婚生活なんて想像もしたことないんで、ちょっと行き詰まってるんですよね」
中生「そうか……」
困り顔をしたすずめに、中生はにやりと笑う。
しばらく車を走らせて、目的地に到着する。
中生「ついたぞ、俺の家だ」
◯家の門(真田邸)
立派な日本庭園の中生の家、真田邸。
門から続くアプローチには、落ちた葉などを掃除する男たちが数人いる。
どれも強面の男たちばかり。
中生の車が帰ってきたことに気がついて、出迎えるために集まってくる。
組員A「おかえりなさい、中生さん」
中生「ああ」
すずめ「うわうわうわ中生さん! こんなのドラマとか漫画でしか見たことないんですけど! 激シブな門! その門から玄関までのアプローチ! お寺と見紛うほどの日本庭園! 中生さん、これ写真に、むぐっ!(早口)」
ドラマや漫画でしか見たことのない光景を前にはしゃぐすずめの口を、中生が抑える。
中生「いいから今は黙ってろ」
すずめ「ふぁい(はい)……」
組員A「あの、中生さん、このお方は?」
中生「俺の恋人だ」
すずめ(は?)
組員A「え!?」
中生「ほら、いくぞすずめ」
すずめ「は、はい!」
すずめは中生に、ほとんど引きずられるようにして中に入っていく。
◯中生の部屋(離れにある平家の一軒家、母屋とは廊下で繋がっている)
縁側から立派な日本庭園が広がっているのが見える。
すずめと中生は、立派な座敷に座っている。
お手伝いの女性「どうぞ」
年配の女性(お手伝いさん)がお茶とお菓子を運んできて、すずめと中生の前に並べる。
お茶を並べ終わった女性は、静かに部屋から出ていく。
部屋の入り口には、黒スーツで先ほどまで車を運転してくれた男が立っている。
中生「トキ、しばらくここには誰も近づけるな」
トキ「はい」
トキと呼ばれた黒スーツの男は、中生に一礼すると部屋から出ていく。
中生は改めてすずめに向かい合う。
中生「さて、すずめ」
すずめ「はい」
中生「真正会って知ってるか?」
すずめ「しんせいかい?」
中生「知らないか?」
すずめ「すみません、私漫画のことしか知らなくて……」
中生「別に責めてない。真正会ってのは、このあたりを牛耳っている、まあ簡単に言えば極道だな」
すずめ「極道……ですか?」
中生「それがここだ」
驚いて、すずめはあたりを無駄にキョロキョロする。
すずめ「え、え!? ということは、中生さんはここの親分さんってことですか!?」
中生「違う。これは親父の組だ」
すずめ「では、あの、もしかして若頭ってやつですか?」
中生「まあ、そうなるな」
すずめ「じゃ、じゃあ、門から玄関のあたりにいた人たちは……」
中生「組員だ」
中生の言葉に、驚いて手をわなわなと震わせるすずめ。
中生「どうした? やっぱり怖いか?」
すずめは頭をふって立ち上がり、中生に向かって力説する。
すずめ「ち、ちがいますよ! あの、極道って根強い需要があるんです!」
中生「需要?」
すずめ「深みにハマってはいけない悪い男たち……極道もの、ヤンキー、マフィア……! 少女漫画の世界では鉄板中の鉄板ネタなんですよ! 女っていうのはみんな悪い男に惹かれてしまう時期っていうのがあるんです!(早口)」
中生「……」
またしても早口で一気に喋ってしまったことで、すずめはハッとする。
すずめ「……すみません」
中生「わかってる、もう慣れた」
すずめ「つい興奮しました。それで、あの、よければ資料用に写真でも……」
すすす、とスマホを取り出したすずめに、中生はにやりと人の悪い笑みを浮かべる。
中生「……漫画の資料にしか使わねえって言うなら、写真くらいいくらでも撮らせてやる」
すずめ「本当ですか!」
中生「その代わり、頼みがある」
すずめ「なんでしょう?」
中生「俺と結婚して、ここで暮らしてくれ」
すずめ「は?」
(3話おわり)
すずめは編集の大崎と電話をしている。
大崎は電話の向こうで、出来上がったばかりのすずめの漫画(ネーム)を見ている。
大崎「最近のすずめ先生、めちゃくちゃ良いですよ〜!」
大崎「これ絶対に人気が出ると思います!」
すずめ「ありがとうございます」
大崎「謎のレンタル彼氏のおかげですね!」
すずめ「いや他人事だと思って…!」
すずめは頭を抱えて、唸り声をあげる。
すずめ「あれ本当に誰だったの!」
大崎「本当ですよね……誰だったんでしょう?」
すずめ「私が聞きたいです!」
大崎「後日連絡してみても、やっぱり先生が言ってるような方は在籍してなかったですからね」
スマホを持って、すずめはベッドにダイブする。
ふと顔をあげると、水族館デートの日にもらった大きなイルカのぬいぐるみが、枕元に置いてある。
すずめ「しかも私、一銭も払ってないんですよ?」
大崎「でも最近のすずめ先生のネーム、すっごく良いので偽物のレンタル彼氏さまさまですよ!」
すずめ「はぁ……」
大崎「でも、3話から主人公って擬似結婚生活するんですよね? どうです? 結婚生活って描けそうですか?」
すずめ「それが問題なんですよね……恋愛気分は一応味わったんですけど、さすがに結婚生活までは……」
大崎「またレンタル彼氏やります? 今度は結婚生活をテーマにするとか」
すずめ「もういいです…!」
すずめは大崎との電話を終えて、ベッド脇に置かれたイルカのぬいぐるみを抱きしめる。
◯水族館(回想)
お土産売り場で楓(偽物)が、すずめにイルカのぬいぐるみを渡す。
すずめ「え、いいんですか?」
偽物の楓「欲しいんだろ? でかいけど持って帰れるか?」
すずめ「だ、だいじょうぶです! 抱えていけます!」
すずめの言葉に、楓(偽物)は満足したように笑う。
笑うと、目つきの悪さも薄れて、ずいぶんと柔らかい表情になる。
(回想終わり)
◯すずめの部屋
ベッドの上でイルカのぬいぐるみを抱きしめて、天井をぼんやりと見上げているすずめ。
すずめ(あの人、本当に誰だったんだろ……)
(レンタル彼氏じゃないなら、なんで私とデートを?)
すずめは頭を振って、嫌な考えを振り払う。
すずめ「考えてても仕方がない! とにかくネームは通ったんだし、ひさびさに散歩でも行こう!」
すずめはベッドからガバリと起き上がり、気分転換に散歩に出かけることにする。
◯公園
公園のベンチに座りながら、ぼーっとスマホを眺めるすずめ。
スマホ画面には、水族館で楓と一緒に撮った写真が表示されている。
写真には楓(偽物)と一緒に撮った写真もある。
すずめ(ダメだ、公園来ても、つい水族館の写真眺めてしまう……!)
スマホの連絡先をタップすると、楓が入れてくれた電話番号が出てくる。
しかし名前の部分に「楓」とは書かれていない。
代わりに「中生」という文字が入っている。
すずめ(これ、楓さんが入力したんだよね? 中生? なんて読むんだろ? なかなま?)
(連絡先を入れていったってことは、電話しても良いってことだよね?)
(いやでも誰だかわからないし、連絡する勇気なんてないよ!)
公園のベンチで頭をかかえ、すずめは一人でモダモダとする。
すぐに我にかえり、少しも気分転換になっていないことに気がつく。
すずめ(これじゃ少しも気分転換にならない……やっぱ帰ろうかな……)
帰ろうとベンチから腰をあげたところで、手に持ったスマホが突然鳴りだす。
すずめ「わっ!」
驚いてスマホを見ると、画面には「中生」の文字が表示されている。
すずめ(え?!)
(うわっ! うわうわうわっ!)
すずめは慌てて電話に出る。
中生「すずめか?」
すずめ「え、あ、はい! 楓さん……?」
中生「楓?……ああ、そうだったな、でも楓は俺の名前じゃない」
すずめ「あの……」
中生「今、平気か?」
すずめ「え? まあ、はい」
中生「どこにいる?」
すずめ「〇〇公園ですけど……」
中生「わかった、10分で行く。そこで待ってろ」
すずめ「は? いやあの、待ってください、あなたって誰……」
すずめは慌てて質問をぶつけるが、すでに中生は電話を切っていた。
ツー、ツー、ツー、という音だけが聞こえる。
すずめ(ってもう切れてるし!)
(……待てよ、10分で行く?)
スマホを握りしめ、呆然と立ち尽くすすずめ。
◯公園の入り口
公園入り口に立っているすずめの前に、一台の車が停まる。
中から中生が出てくる。
中生「ひさしぶりだな」
すずめ「え、あの、あなたレンタル彼氏じゃなかったんですか?」
中生「いや、俺は間違いなくレンタル彼氏の人間だよ」
すずめ「そうなんですか? でも、そういう人はいないって言われてしまって……」
中生「経営だけどな。あれは俺の会社だ」
すずめ「は?」
中生「とにかく、話は中で」
中生は、すずめの首根っこを捕まえ、車の後部座席に押し込もうとする。
すずめ「え? え? え?」
中生「安心しろ、悪いようにはしねえから」
すずめ(えーー!?)
すずめは状況を全く把握できていないが、車の中に押し込まれ、そのまま出発してしまう。
◯車内(黒塗りの高級車)
後部座席に並んで座る、すずめと中生。
運転席では、黒スーツの男がハンドルを握っている。
すでに中生は、自分の名前を名乗った後。
すずめ「さなだ、ちゅうせい……さん?」
中生「そうだ」
中生「わけあって、14時に女と水族館にいなきゃならなかったんだ。ちょうどレンタルのほうに予約があったから、使わせてもらった」
すずめ「経営者とはいえ、それは顧客データの悪用では!?」
中生「バレなきゃいいんだよ」
すずめ「でもなんでまた……」
中生「それは後で話す」
広い車内に、すずめはキョロキョロと落ち着きなく辺りを見回す。
漫画の資料になりそうな光景に、うずうずしている様子。
すずめ「……あの中生さん、この車内、写真に撮っていいですか?」
運転手「ダメだ、機密だ」
中生「別にいい。どうせ漫画の資料だろ?」
運転手「でも中生さん……!」
中生「こんなところに撮られて困るようなものはねえだろ? 好きに撮っていいぞ」
すずめ「ありがとうございます……! こんな高級車、乗る機会なんてないんで!」
すずめは笑顔で、車内の写真を撮り始める。
中生「……ところで、お前の漫画、どうなったんだ?」
すずめ「あ、はい、おかげさまで良いかんじって言われてます。ただ……」
中生「ただ?」
すずめ「次から主人公が結婚するんです。あの、結婚って言っても嘘の結婚なんですけど。でも私、結婚生活なんて想像もしたことないんで、ちょっと行き詰まってるんですよね」
中生「そうか……」
困り顔をしたすずめに、中生はにやりと笑う。
しばらく車を走らせて、目的地に到着する。
中生「ついたぞ、俺の家だ」
◯家の門(真田邸)
立派な日本庭園の中生の家、真田邸。
門から続くアプローチには、落ちた葉などを掃除する男たちが数人いる。
どれも強面の男たちばかり。
中生の車が帰ってきたことに気がついて、出迎えるために集まってくる。
組員A「おかえりなさい、中生さん」
中生「ああ」
すずめ「うわうわうわ中生さん! こんなのドラマとか漫画でしか見たことないんですけど! 激シブな門! その門から玄関までのアプローチ! お寺と見紛うほどの日本庭園! 中生さん、これ写真に、むぐっ!(早口)」
ドラマや漫画でしか見たことのない光景を前にはしゃぐすずめの口を、中生が抑える。
中生「いいから今は黙ってろ」
すずめ「ふぁい(はい)……」
組員A「あの、中生さん、このお方は?」
中生「俺の恋人だ」
すずめ(は?)
組員A「え!?」
中生「ほら、いくぞすずめ」
すずめ「は、はい!」
すずめは中生に、ほとんど引きずられるようにして中に入っていく。
◯中生の部屋(離れにある平家の一軒家、母屋とは廊下で繋がっている)
縁側から立派な日本庭園が広がっているのが見える。
すずめと中生は、立派な座敷に座っている。
お手伝いの女性「どうぞ」
年配の女性(お手伝いさん)がお茶とお菓子を運んできて、すずめと中生の前に並べる。
お茶を並べ終わった女性は、静かに部屋から出ていく。
部屋の入り口には、黒スーツで先ほどまで車を運転してくれた男が立っている。
中生「トキ、しばらくここには誰も近づけるな」
トキ「はい」
トキと呼ばれた黒スーツの男は、中生に一礼すると部屋から出ていく。
中生は改めてすずめに向かい合う。
中生「さて、すずめ」
すずめ「はい」
中生「真正会って知ってるか?」
すずめ「しんせいかい?」
中生「知らないか?」
すずめ「すみません、私漫画のことしか知らなくて……」
中生「別に責めてない。真正会ってのは、このあたりを牛耳っている、まあ簡単に言えば極道だな」
すずめ「極道……ですか?」
中生「それがここだ」
驚いて、すずめはあたりを無駄にキョロキョロする。
すずめ「え、え!? ということは、中生さんはここの親分さんってことですか!?」
中生「違う。これは親父の組だ」
すずめ「では、あの、もしかして若頭ってやつですか?」
中生「まあ、そうなるな」
すずめ「じゃ、じゃあ、門から玄関のあたりにいた人たちは……」
中生「組員だ」
中生の言葉に、驚いて手をわなわなと震わせるすずめ。
中生「どうした? やっぱり怖いか?」
すずめは頭をふって立ち上がり、中生に向かって力説する。
すずめ「ち、ちがいますよ! あの、極道って根強い需要があるんです!」
中生「需要?」
すずめ「深みにハマってはいけない悪い男たち……極道もの、ヤンキー、マフィア……! 少女漫画の世界では鉄板中の鉄板ネタなんですよ! 女っていうのはみんな悪い男に惹かれてしまう時期っていうのがあるんです!(早口)」
中生「……」
またしても早口で一気に喋ってしまったことで、すずめはハッとする。
すずめ「……すみません」
中生「わかってる、もう慣れた」
すずめ「つい興奮しました。それで、あの、よければ資料用に写真でも……」
すすす、とスマホを取り出したすずめに、中生はにやりと人の悪い笑みを浮かべる。
中生「……漫画の資料にしか使わねえって言うなら、写真くらいいくらでも撮らせてやる」
すずめ「本当ですか!」
中生「その代わり、頼みがある」
すずめ「なんでしょう?」
中生「俺と結婚して、ここで暮らしてくれ」
すずめ「は?」
(3話おわり)