漫画(ネタ)のためなら結婚します!
4話 漫画(ネタ)のためなら結婚します!
◯真田邸の中生の部屋
座敷で、すずめと中生は向かい合って座っている。
すずめ「結婚!?」
すずめ「いやあの、田舎の両親にも許可を取らないと……、いやその前に父は絶対に食事をして相手を確かめたいと思うんですよね! 母も私の旦那さんとお酒飲むのが夢って言ってましたし、あとあと両家で集まって結納? みたいなもの? をしないといけないって聞いたことがありますよ! っていうかそもそも私と中生さんって付き合って、(早口)」
中生「わかった待て待て!」
慌てて一気に喋り出したすずめの口を、中生が手で塞ぐ。
誰かに盗み聞きをされていないか、中生は耳を澄ませて確認する。
中生「誰かに聞かれたらどうする! ……結婚と言っても、もちろん本当のことじゃない。偽装結婚だ」
すずめ「偽装結婚?」
中生「さっき言っていただろう? 次は偽装結婚を描くが、結婚がわからないとか何とか……」
◯真田邸(回想)
一枚板の立派なテーブルの上にタブレットが置かれていて、中生は父親とビデオ通話している。
画面には、恰幅がよく、強面の男が映っている。
男は真正会の代表、真田宗一。
宗一「とにかく早く結婚して孫を見せろって言ってんだ。難しいことじゃねえだろ?」
中生「俺は結婚しないって言ってるだろーが。しかも許嫁なんて、今まで聞いたこともなかったぞ? 誰がそんなの決めたんだよ」
宗一「もちろん俺だ。まあ許嫁と言っても、つい最近だがな決めたのは」
中生「はあ?」
中生の後ろには、黒スーツを着た側近のトキが控えている。
宗一と中生のやり取りを、ハラハラしながら見守っている。
宗一「27にもなって恋人の一人や二人おらんお前に、ぴったりの女を見つけてきてやったんじゃねえか」
中生「恋人くらいいるって言ってるじゃねえかよ! 勝手に決めつけるんじゃねえよ!」
中生は怒りのまま立ち上がり、部屋を出ていってしまう。
トキ「中生さん!」
ビデオ通話はまだ繋がっていて、画面の向こうで宗一は笑っている。
宗一「女がいるなんて報告は受けてない。放っておけ、どうせ嘘に決まってる」
トキ「親父! でも中生さん、めちゃくちゃモテるんすよ!?」
宗一「女にモテるのと、大事な恋人がいるっていうのは別な話だからな」
トキ「でも、今日だって中生さんは……」
トキが何かを言いかける。
一方で、中生は腹を立てながらずんずんと歩き去っていく。
◯レンタル彼氏派遣会社「ラブプリンス」事務所(回想)
事務所のソファに足を組んで座り、中生は考え事をしている。
その近くには、トキが頭を抱えて座っている。
トキ「どうしましょう中生さん、どっかの店で一人、女連れてきましょうか?」
中生「やめろ、店の女たちは顔が割れてる」
トキ「でも、14時に水族館でデートする予定があるって俺が苦し紛れの嘘ついちまったし、……余計なこと言っちまった! 本当にすみません中生さん!」
中生「もういい。だが水族館って……ガキかよ……」
トキ「すみません……」
中生「女はめんどくせーんだよな……」
中生が考え込んでいると、事務所の扉が開き、男(本物の楓)が一人入ってくる。
男は中性的な顔つきをした線の細い男。
楓「おはよーございます!」
中生「ああ……そうか、今日はお前の予約入ってたな」
楓「はい、今日の相手って漫画家らしいんすよ! デートして漫画のネタにしたいって依頼ですよ。俺が主役で漫画になっちまったらどうしましょう!」
中生「ふうん……」
中生はレンタル彼氏派遣会社のスケジュールを確認する。
13時のところに、「木之下すずめ」という名前と、24歳という年齢が書かれている。
中生「おい楓」
楓「はい社長、どうかしました?」
中生「お前、今日はインフルエンザってことにしろ」
楓「は?」
中生「いーから、何も聞かずにインフルエンザになれ。家に帰って寝てろ」
楓「え、でもあの、予約が……」
中生「なんだ?」
中生にぎらりと睨まれ、楓はサッと青ざめる。
楓「なんでもないです! 俺はインフルエンザでした! 帰って寝ます!」
中生に睨まれた楓は、慌てて事務所から出ていく。
トキは不思議そうに中生を見る。
トキ「中生さん……?」
中生「トキ、車まわせ」
◯駅前(回想)
待ち合わせ場所でひとり、ぶつぶつ言いながら立っているすずめ。
そこへ中生が近づいていく。
中生「木之下すずめ?」
(回想終わり)
◯中生の部屋
中生は、今までの経緯をすずめに語って聞かせた。
すずめ「つまり見知らぬ許嫁と結婚させられてしまいそうなので、それを回避するために私に婚約者のふりをしろと……」
中生「そういうことだ」
すずめ「ちょっと待ってください」
中生「なんだ?」
すずめ「極道の若頭が、許嫁との結婚を回避するために、一般人と偽装結婚する……? そんなのベタすぎて今時少女漫画でも扱わないと思うんですよ! 絶対に編集さんからNGが出ますって!」
中生「何の話だよ」
すずめ「漫画です」
中生「漫画のことは知らねえ」
すずめ「でも私、フリだとしても、こんな場所で婚約者のふりをして生活するのなんて……」
中生「すずめ、お前は結婚をネタに漫画が描きたいんじゃなかったのか?」
すずめの動きがピタリと止まる。
中生「しかも擬似結婚のネタに困っているって、さっき言っていたよな?」
畳み掛けるように、中生が続ける。
中生「つまりこれは、お前にとっても悪い話じゃない」
中生「資料としてなら、写真をいくら撮ってもいい」
中生の言葉に、すずめはグラグラと心が揺れてしまう。
中生「極道もの、ヤンキー、マフィア……人気があるんじゃなかったのか? ここならネタに困ることはないぞ?」
中生の言葉に、ついにすずめは心を決める。
すずめ「わかった、わかりました……!」
すずめ「そこまで言われたら、漫画家木之下すずめ、やるしかないですね…!」
すずめ「私、漫画(ネタ)のためなら結婚しますっ!」
中生「よし、良い返事だ」
滅多に笑わない中生が、笑顔を見せる。
中生が笑うことは珍しいので、つい目を奪われてしまうすずめ。
すずめ(う、こういうギャップの笑顔、慣れない……ずるい……)
中生「そうと決まったら、部屋に案内する。空いてる部屋ならいくらでもあるからな」
すずめ「私が今住んでる部屋は?」
中生「すずめの部屋はそのままでいい。家賃は俺が払っておくが、寝起きはここでしろ。一応仕事ができるようにワークスペースも作った」
◯真田邸の中に作られたすずめの仕事部屋
立派な部屋の中には、最先端のディスクトップPCに、2画面のモニター、ペンタブ、アナログ用にペンなども揃っている。
漫画家なら誰もが憧れるだろう作業環境がすでに用意されていた。
すずめ(ひえ……!)
中生「漫画を描く道具のことはわからないからな。部下に漫画に必要そうなものを買い揃えさせた。まだ必要なものがあれば何でも言え」
すずめ「ないですないです!」
すずめは慌ててブンブンと首をふる。
中生「すずめの荷物を運ぶ時は、うちの奴らに手伝わせる。他に何か困ることはあるか?」
すずめ「な、ないです……、至れり尽くせり……」
すずめが用意された作業環境に目を輝かせているのを、中生は何も言わずに眺めている。
極道という話をしても、あまりにすずめが怖がる素振りをみせないため、少しそれが気になっている様子。
中生「俺が言うのも何だが……」
すずめ「なんでしょう?」
中生「すずめ、お前こわくないのか?」
すずめ「え、何が?」
中生「俺が」
すずめは少し考えるが、すぐにへらりと嬉しげな笑顔を見せる。
すずめ「いえ全然。だって中生さんが良い人ってことは、もうわかってますし……」
その笑顔を、中生は意外そうな顔をして見下ろす。
中生「……そうか」
すずめ「それに、ネタに詰まってたところがあるんで、正直わくわくしてます!」
中生「俺もすずめが相手なら気が楽だ」
すずめは中生に向かい合って立つ。
すずめ「じゃあ私はネタのため……」
中生「俺は結婚回避のため……、契約成立だな」
すずめ「はい!」
◯中生の寝室
立派な畳の部屋に、大きなベッドが置かれている。
すずめと中生はその脇に立って、それを見下ろしている。
すずめは顔が青く、それを中生は面白がって見ている。
中生「婚約者と別の部屋で寝るのも変だろ?」
中生「別に何もしない。同じベッドで眠るくらい平気だろ?」
すずめ「こ、こ……」
中生「こ?」
すずめ「こ、こんなの漫画の展開ですよ!?」
(4話おわり)
座敷で、すずめと中生は向かい合って座っている。
すずめ「結婚!?」
すずめ「いやあの、田舎の両親にも許可を取らないと……、いやその前に父は絶対に食事をして相手を確かめたいと思うんですよね! 母も私の旦那さんとお酒飲むのが夢って言ってましたし、あとあと両家で集まって結納? みたいなもの? をしないといけないって聞いたことがありますよ! っていうかそもそも私と中生さんって付き合って、(早口)」
中生「わかった待て待て!」
慌てて一気に喋り出したすずめの口を、中生が手で塞ぐ。
誰かに盗み聞きをされていないか、中生は耳を澄ませて確認する。
中生「誰かに聞かれたらどうする! ……結婚と言っても、もちろん本当のことじゃない。偽装結婚だ」
すずめ「偽装結婚?」
中生「さっき言っていただろう? 次は偽装結婚を描くが、結婚がわからないとか何とか……」
◯真田邸(回想)
一枚板の立派なテーブルの上にタブレットが置かれていて、中生は父親とビデオ通話している。
画面には、恰幅がよく、強面の男が映っている。
男は真正会の代表、真田宗一。
宗一「とにかく早く結婚して孫を見せろって言ってんだ。難しいことじゃねえだろ?」
中生「俺は結婚しないって言ってるだろーが。しかも許嫁なんて、今まで聞いたこともなかったぞ? 誰がそんなの決めたんだよ」
宗一「もちろん俺だ。まあ許嫁と言っても、つい最近だがな決めたのは」
中生「はあ?」
中生の後ろには、黒スーツを着た側近のトキが控えている。
宗一と中生のやり取りを、ハラハラしながら見守っている。
宗一「27にもなって恋人の一人や二人おらんお前に、ぴったりの女を見つけてきてやったんじゃねえか」
中生「恋人くらいいるって言ってるじゃねえかよ! 勝手に決めつけるんじゃねえよ!」
中生は怒りのまま立ち上がり、部屋を出ていってしまう。
トキ「中生さん!」
ビデオ通話はまだ繋がっていて、画面の向こうで宗一は笑っている。
宗一「女がいるなんて報告は受けてない。放っておけ、どうせ嘘に決まってる」
トキ「親父! でも中生さん、めちゃくちゃモテるんすよ!?」
宗一「女にモテるのと、大事な恋人がいるっていうのは別な話だからな」
トキ「でも、今日だって中生さんは……」
トキが何かを言いかける。
一方で、中生は腹を立てながらずんずんと歩き去っていく。
◯レンタル彼氏派遣会社「ラブプリンス」事務所(回想)
事務所のソファに足を組んで座り、中生は考え事をしている。
その近くには、トキが頭を抱えて座っている。
トキ「どうしましょう中生さん、どっかの店で一人、女連れてきましょうか?」
中生「やめろ、店の女たちは顔が割れてる」
トキ「でも、14時に水族館でデートする予定があるって俺が苦し紛れの嘘ついちまったし、……余計なこと言っちまった! 本当にすみません中生さん!」
中生「もういい。だが水族館って……ガキかよ……」
トキ「すみません……」
中生「女はめんどくせーんだよな……」
中生が考え込んでいると、事務所の扉が開き、男(本物の楓)が一人入ってくる。
男は中性的な顔つきをした線の細い男。
楓「おはよーございます!」
中生「ああ……そうか、今日はお前の予約入ってたな」
楓「はい、今日の相手って漫画家らしいんすよ! デートして漫画のネタにしたいって依頼ですよ。俺が主役で漫画になっちまったらどうしましょう!」
中生「ふうん……」
中生はレンタル彼氏派遣会社のスケジュールを確認する。
13時のところに、「木之下すずめ」という名前と、24歳という年齢が書かれている。
中生「おい楓」
楓「はい社長、どうかしました?」
中生「お前、今日はインフルエンザってことにしろ」
楓「は?」
中生「いーから、何も聞かずにインフルエンザになれ。家に帰って寝てろ」
楓「え、でもあの、予約が……」
中生「なんだ?」
中生にぎらりと睨まれ、楓はサッと青ざめる。
楓「なんでもないです! 俺はインフルエンザでした! 帰って寝ます!」
中生に睨まれた楓は、慌てて事務所から出ていく。
トキは不思議そうに中生を見る。
トキ「中生さん……?」
中生「トキ、車まわせ」
◯駅前(回想)
待ち合わせ場所でひとり、ぶつぶつ言いながら立っているすずめ。
そこへ中生が近づいていく。
中生「木之下すずめ?」
(回想終わり)
◯中生の部屋
中生は、今までの経緯をすずめに語って聞かせた。
すずめ「つまり見知らぬ許嫁と結婚させられてしまいそうなので、それを回避するために私に婚約者のふりをしろと……」
中生「そういうことだ」
すずめ「ちょっと待ってください」
中生「なんだ?」
すずめ「極道の若頭が、許嫁との結婚を回避するために、一般人と偽装結婚する……? そんなのベタすぎて今時少女漫画でも扱わないと思うんですよ! 絶対に編集さんからNGが出ますって!」
中生「何の話だよ」
すずめ「漫画です」
中生「漫画のことは知らねえ」
すずめ「でも私、フリだとしても、こんな場所で婚約者のふりをして生活するのなんて……」
中生「すずめ、お前は結婚をネタに漫画が描きたいんじゃなかったのか?」
すずめの動きがピタリと止まる。
中生「しかも擬似結婚のネタに困っているって、さっき言っていたよな?」
畳み掛けるように、中生が続ける。
中生「つまりこれは、お前にとっても悪い話じゃない」
中生「資料としてなら、写真をいくら撮ってもいい」
中生の言葉に、すずめはグラグラと心が揺れてしまう。
中生「極道もの、ヤンキー、マフィア……人気があるんじゃなかったのか? ここならネタに困ることはないぞ?」
中生の言葉に、ついにすずめは心を決める。
すずめ「わかった、わかりました……!」
すずめ「そこまで言われたら、漫画家木之下すずめ、やるしかないですね…!」
すずめ「私、漫画(ネタ)のためなら結婚しますっ!」
中生「よし、良い返事だ」
滅多に笑わない中生が、笑顔を見せる。
中生が笑うことは珍しいので、つい目を奪われてしまうすずめ。
すずめ(う、こういうギャップの笑顔、慣れない……ずるい……)
中生「そうと決まったら、部屋に案内する。空いてる部屋ならいくらでもあるからな」
すずめ「私が今住んでる部屋は?」
中生「すずめの部屋はそのままでいい。家賃は俺が払っておくが、寝起きはここでしろ。一応仕事ができるようにワークスペースも作った」
◯真田邸の中に作られたすずめの仕事部屋
立派な部屋の中には、最先端のディスクトップPCに、2画面のモニター、ペンタブ、アナログ用にペンなども揃っている。
漫画家なら誰もが憧れるだろう作業環境がすでに用意されていた。
すずめ(ひえ……!)
中生「漫画を描く道具のことはわからないからな。部下に漫画に必要そうなものを買い揃えさせた。まだ必要なものがあれば何でも言え」
すずめ「ないですないです!」
すずめは慌ててブンブンと首をふる。
中生「すずめの荷物を運ぶ時は、うちの奴らに手伝わせる。他に何か困ることはあるか?」
すずめ「な、ないです……、至れり尽くせり……」
すずめが用意された作業環境に目を輝かせているのを、中生は何も言わずに眺めている。
極道という話をしても、あまりにすずめが怖がる素振りをみせないため、少しそれが気になっている様子。
中生「俺が言うのも何だが……」
すずめ「なんでしょう?」
中生「すずめ、お前こわくないのか?」
すずめ「え、何が?」
中生「俺が」
すずめは少し考えるが、すぐにへらりと嬉しげな笑顔を見せる。
すずめ「いえ全然。だって中生さんが良い人ってことは、もうわかってますし……」
その笑顔を、中生は意外そうな顔をして見下ろす。
中生「……そうか」
すずめ「それに、ネタに詰まってたところがあるんで、正直わくわくしてます!」
中生「俺もすずめが相手なら気が楽だ」
すずめは中生に向かい合って立つ。
すずめ「じゃあ私はネタのため……」
中生「俺は結婚回避のため……、契約成立だな」
すずめ「はい!」
◯中生の寝室
立派な畳の部屋に、大きなベッドが置かれている。
すずめと中生はその脇に立って、それを見下ろしている。
すずめは顔が青く、それを中生は面白がって見ている。
中生「婚約者と別の部屋で寝るのも変だろ?」
中生「別に何もしない。同じベッドで眠るくらい平気だろ?」
すずめ「こ、こ……」
中生「こ?」
すずめ「こ、こんなの漫画の展開ですよ!?」
(4話おわり)