名前をなくした花嫁は自由結婚で愛を知る。
第2話「あなたが生きる、自由な世界」
○【1話続き】道路(放課後)
つぐみ「もう嫌だ……」
泣いているつぐみが濡れないよう傘を差し出す奏人。
つぐみ「……?」
見つめ合う二人。
静寂の時間が漂う。
つぐみ「え、あ、あの……」
奏人「……猫」
つぐみ「えっ?」
奏人「……大丈夫?」
つぐみ「あ……はい、大丈夫です……」
奏人の手を借り立ち上がるつぐみ。
つぐみ「……すみません」
奏人「別に」
奏人「これあげる。早く家帰んな」
傘を差しだす奏人。
つぐみ「……」
つぐみ、受け取らない。
奏人「……ほら」
つぐみ「……私に貸したら、あなたが濡れちゃいます」
奏人「ああ。大丈夫、俺んちすぐそこ――」
つぐみ「(奏人の言葉を遮るように)要りません」
ぐずっぐずっと鼻を啜るつぐみ。
奏人、はぁー……とため息をつき、
奏人「訳アリか……」
つぐみ「……」
奏人「来い」
奏人、つぐみの手を取り、ずんずん歩き出す。
つぐみ「え!? なんですか!? 一体どこに……!」
奏人、振り向いて、
奏人「いいとこ」
〇ぼろぼろのアパート・外観
雨は降り続いている。
線路沿いに建てられたアパートの壁にはツタが伸び、一層古く見える。
つぐみ「あの……ここは」
奏人「俺んち」
つぐみ「はい……!?」
奏人、ツカツカと階段を上っていく。
奏人「来い」
奏人、振り返り、仁王立ちのつぐみに声をかける。
つぐみ、直立したまま、顔を真っ赤にし、心臓をガードするポーズをとる。
奏人「……大丈夫、なんもしないから」
つぐみ「(怪しんでいる様子で)……」
奏人、ドアを開け、
奏人「ほら、早く」
と、促す。
つぐみ「……」
おそるおそる階段を上るつぐみ。
部屋の前に着くと、奏人、
奏人「どうぞ」
と、部屋へ入るよう促す。
〇奏人の部屋(夕方)
おそるおそる部屋に足を踏み入れるつぐみ。
つぐみ「!」
部屋、大音量で音楽が鳴り響いている。
壁のラックにはCDが飾られ、床にはCDのジャケットや楽譜が散乱している。
おしゃれなカーテンに、おしゃれな照明。
おしゃれなクラブのような雰囲気の部屋。
つぐみ、目の前が晴れるような、キラキラとした世界に感じる。
つぐみ「(絞り出すように)……すごい」
奏人「ここ線路沿いだから、この音量でも怒られないんだよね」
つぐみ「へえ……」
部屋を見渡すつぐみ。
つぐみM「歌詞も知らない 内容もわからない ポップな洋楽」
つぐみM「散らばった楽譜とCD」
つぐみM「好きなもので 埋め尽くされた部屋」
つぐみ、目を瞑って大きく息を吸う。
奏人、つぐみの背後から、
奏人「いいだろ、ここ」
つぐみ「うん。(感動を噛み締めるように)……うん! なんていうかここは――」
満面の笑みで振り返り、奏人を見るつぐみ。
つぐみ「自由って感じだ……!」
明るい笑顔で奏人を見るつぐみに、優しく微笑み返す奏人。
そんな奏人につられ、つぐみももう一度笑顔を浮かべる。
つぐみM「こうして 私たちは出会った」
つぐみM「あの部屋に入った瞬間 溢れるほど満たされた」
つぐみM「そこは私にとって 憧れのような場所でした」
T「第2話『あなたが生きる、自由な世界』」
T「絶望から希望へ ふたりの『今』が交差する」
×××(時間経過)×××
〇奏人の部屋(夕方)
風呂上がりのつぐみ、ぶかぶかのスウェットとズボンを着用し、首にバスタオルをかけて部屋に入ってくる。
つぐみ「お風呂、ありがとうございました」
奏人、床に寝転がっている。
奏人「ん。てかごめん。綺麗な服それしかなくて」
スウェットにはイヌのイラストが描かれているが、その上に【CAT】というロゴが入っている。
つぐみ「いえ全然……!」
奏人、目を瞑る。
沈黙が流れる。
つぐみ、一瞬ためらいながらも奏人の隣に寝転ぶ。
音楽を聞きながら、しばらく沈黙が続く。
つぐみ「……いいですね、ここ」
奏人「ハッ。何回言うんだよ」
つぐみ「何回だって言いますよ! 好きなものに溢れた、本当に素敵な場所です」
奏人「はいはい。ありがと」
つぐみ「(部屋の隅にあるギターを見て)……ギターやってるんですか?」
奏人「ああ」
つぐみ「いつから?」
奏人「中学から始めた」
つぐみ「音楽、好きなんですね」
奏人「……まあ、それで生活してるわけだから」
つぐみ「えっ、そうなんですか」
奏人「今はまだ、バイトもしつつって感じだけど……」
つぐみ「……へえ」
× × ×
(つぐみの過去回想)
◯花宮宅・リビング
テレビの前に座る7歳のつぐみ。
目を輝かせて歌番組を観ている。
つぐみ「お母さんお母さん! 私もお歌習いたい! 私、歌手になりたい!!」
花宮・母「はぁ?」
花宮・母「歌なんて習っても意味ないでしょう? あんたは」
◯(また別の日)花宮宅・和室の広間
広歌をステージに見立てて歌を歌うつぐみ。
花宮・父「うるさい!」
つぐみ「!」
花宮・父「家で歌なんか歌うな! 耳障りだ!」
× × ×
つぐみ、一呼吸置いて、
つぐみ「いいなあ……」
つぐみ「私も、好きなものに囲まれて、好きなことをして暮らしてみたかったです」
奏人「……そうすればいいじゃん」
つぐみ「(困った笑顔で)……ですよね」
つぐみ、一瞬ためらいながらも、
つぐみ「……私、婚約者がいるんですけど」
奏人「はっ? その歳で?」
つぐみ「はい。親同士の取り決めで。相手の方はすごくいい方なんですが、私は家の便利な道具にすぎないことが、惨めで悔しくて、恥ずかしかったんですけど……」
つぐみ「でも、それももうやめようと思います」
つぐみ、起き上がる。
寝転んだまま静かにつぐみを見る奏人に対して微笑みながら、
つぐみ「帰ります」
◯奏人の部屋・玄関
つぐみ、制服を紙袋に入れて持ち、靴を履く。奏人に借りたスウェットを着ている。
つぐみ「おじゃましました」
奏人「ん」
ぼんやりとしながら玄関まで見送る奏人。
奏人、ややモジモジしながら、
奏人「あのさ」
つぐみ振り返る。
つぐみ「はい?」
奏人「……負けんなよ」
つぐみ「え?」
奏人「お前の人生は誰かのものじゃない。粗末に扱われることに慣れるな。お前の人生はこれからだし、惨めでも、恥じるべきものでもない。お前の人生は、お前だけのものだ」
奏人「お前は、自由だよ」
シーンと静まり返る二人。
つぐみは驚き呆然としている。
奏、自分が決め台詞を発したことが恥ずかしく思え、照れ隠しのように頭を掻きながら、
奏人「ま、まあ。きっと大丈夫だってこと」
つぐみ「……あの」
つぐみ「また、ここに来てもいいですか……?」
奏人「(つぐみの着ているスウェットを指差し)それ、一応もらいものだから返してね」
つぐみ「(慌てたように)あ……! そう、ですね……!」
つぐみ「(優しく微笑んで)また来ます」
つぐみの笑顔を見て、うっすら優しい笑みを浮かべる奏人。
〇線路沿いの道路(夕方〜夜)
雨はすっかり上がり、暗くなり始めた空は1番星や月が見えるほど晴れている。
つぐみ、1話では泣きながら走った道を、穏やかな顔で歩く。
携帯を取り出し、電話をかける。
プルルルルル…とコール音が響く。
律(電話)「……はい」
つぐみ、すぅっと息を吸って、
つぐみ「もしもし、律君――……?」
◯(日付変わって)ファストフード店(放課後)
梨沙「それで、別れちゃったの……!?」
つぐみ「うん。もう、花宮の娘として生きるのはやめる」
梨沙「……諏訪部君イケメンだし文武両道だしお金持ちだし理想の王子様みたいだし、手放すのもったいない気もするけど……でもつぐみの人生はつぐみのものだからね」
つぐみ「うん。なんていうかその人は、私の憧れそのものに見えた」
梨沙「憧れって……?」
つぐみ「うーん……自由、みたいな?」
梨沙「……そっか」
つぐみ「私も自分らしく、自由に生きていきたい」
梨沙、穏やかなつぐみの表情を見て、嬉しそうに微笑む。
梨沙「でも前途多難だよ〜? 今日だって他の女の子たちはギャーギャー騒いで、学校中二人の話題で持ちきり。それにさぁ……」
言いかけたところで、テーブルに置かれたつぐみのスマホがブーブーッと鳴る。
画面には【お父さん】とある。
梨沙「……ほら」
つぐみ「……うん」
○諏訪部家・外観(夜)
洋装の絢爛豪華な大豪邸。
つぐみ「お父さんやめて! 離して!」
花宮・父「黙れ! 勝手なことしやがって……! ちゃんと謝罪しないか!」
花宮・父、つぐみの手首を強く引き、花宮・母と3人、諏訪部宅へ。
◯諏訪部家・リビング
花宮・父「申し訳ございませんでした……!」
花宮・両親、深く頭をさげる。
花宮・父はつぐみの頭を片手で掴み、無理に頭を下げさせる。
花宮・父「どうか! 娘の無礼をお許しください……!」
花宮・母「ご子息との結婚は娘にとってこの上ない幸福でございます……! 一時の気の迷いなんです! ですからどうか、どうか……!」
諏訪部・父「……」
律「そんな……顔を上げてください」
諏訪部・母「……お宅がどうしてもというから、主人の顔を立て婚約を許したんですよ。それを一方的に破棄なんて……諏訪部を馬鹿にしているわけ?」
律「母さん……!」
花宮・父「そんな……! 滅相もございません……!」
律「違うんです……! 僕がつぐみさんに失礼なことを……!」
諏訪部・父「……黙りなさい」
場が静まり返る。
諏訪部・父、つぐみをしっかりと見据えて、
諏訪部・父「……つぐみさん、君の本音を教えてくれ」
つぐみ「……諏訪部様ご一家を馬鹿にするつもりは毛頭ございません。……ですが」
つぐみ「私はもう花宮の娘としてではなく、『つぐみ』として生きていきたいんです」
つぐみ「(覚悟を決めた顔で)そう、強く思ったんです……!」
ため息を吐く諏訪部・父。
諏訪部・父「……よくわかりました」
諏訪部・父「……では花宮さん、結婚の話は白紙ということで」
花宮・父「!」
泣き出す花宮・母。
花宮・父、激昂してつぐみの髪を鷲掴み、殴りかかる。
花宮・父「つぐみ……!」
つぐみ「きゃあ!」
花宮・父「お前ってやつは……!」
律「ちょ、落ち着いてください……!」
花宮・父「お前のせいで……!」
拳を振り上げる花宮・父。
つぐみ「!」
殴られると思い、目を瞑るつぐみ。
そのとき、
奏人「……ずいぶんひどい親子喧嘩ですね」
つぐみ、目を開けると、殴りかかった花宮・父の手を掴んだ奏人の姿。
つぐみ「え……なんで……」
花宮・父「なんだお前は!」
律「に、兄さん……」
花宮家一同「!?」
諏訪部・父「(立ち上がって)奏人、おまえ……! なぜここに……!」
奏人「え? なぜって、やだなぁ」
奏人「息子が帰るのがそんなに困りますか? (強調して)お父さん」
花宮・父「いや、別にそういうわけでは……」
つぐみ「え、なに……どういうこと……?」
奏人、花宮・父、母に向かって、にっこり笑いかける。
奏人「初めまして、花宮さん。私律の兄で、この諏訪部の家の長男でもあります。諏訪部奏人と申します」
つぐみ「え!?」
花宮・父「え……諏訪部様には、もう一人ご子息が……?」
諏訪部・父「え、ええ。まあ……」
花宮・父「あなたが、律様のお兄様……」
奏人「はい」
花宮・父「も、申し訳ありません! まさか諏訪部家の長兄とは存じ上げず……! 大変失礼いたしました……!」
奏人「いえいえ、いいんですよ。……ですが」
奏人「つぐみさんは、僕にください」
奏人以外の一同「!?」
奏人「実は、僕と彼女には面識がありまして。仲は至って順調で、僕が住んでいる自宅にお招きしたこともあります」
律「えっ……」
花宮・父「な……そうなのか!?」
つぐみM「全部昨日1日の出来事だけど……」
つぐみ、戸惑いつつも頷く。
奏人「失礼ですが、あなた方が律との縁談を取り進めたのは父との――諏訪部との結びつきのためなのでは? しかし、僕とつぐみさんは愛し合っている。もし諏訪部との縁があなた方の目的なら、存外悪い話ではないはずです。花宮にとっても」
奏人、笑みを浮かべながらも諏訪部・父を睨み、
奏人「諏訪部にとってもね」
奏人、にっこり笑顔に戻り、花宮・父、母を見て、
奏人「いかがでしょう?」
花宮・父「な、なんだ、そういうことだったら……」
花宮・母「まあ、二人が好き合っているのなら……」
奏人「お父さんも、それでいいですか?」
諏訪部・父「……ああ」
奏人「ありがとうございます」
奏人「さ、つぐみ。一緒に帰ろう」
手を差し出す奏。
つぐみ「……」
つぐみM「今この人の手を取らなければ、私は一生 “花宮の娘”として生きることになる。他に選択肢はない」
×××
(フラッシュ)
奏人「お前は自由だよ」
×××
つぐみM「でも、この人となら――」
つぐみ、奏人の手を取る。
つぐみ「はい。行きましょう」
つぐみ、奏人、家族に背を向け部屋を出る。
◯家の外(夜)
奏人に手を引かれ歩くつぐみ。
奏人「……勝手なことして悪い」
つぐみ「えっ」
奏人「逃げ出したいのかと思ったんだ、あんな窮屈な場所。……ごめん。違ったら手、離していいから」
つぐみM「両親から見れば私は、諏訪部の家に嫁いだ期待通りの娘」
つぐみM「家の結びつきのための結婚と さして変わりはないだろう」
つぐみM「でも」
つぐみ、奏人の手をぎゅっと握る。
つぐみ「あなたとなら私、私らしく生きていける気がします」
奏人「……」
奏人、つぐみの手を握り返す。
つぐみM「握り返された手から伝わる彼の優しさが どうにも嬉しくて仕方がなかった」
星が煌めく夜空の下、奏人に手を引かれるつぐみの姿で、2話終わり。
つぐみ「もう嫌だ……」
泣いているつぐみが濡れないよう傘を差し出す奏人。
つぐみ「……?」
見つめ合う二人。
静寂の時間が漂う。
つぐみ「え、あ、あの……」
奏人「……猫」
つぐみ「えっ?」
奏人「……大丈夫?」
つぐみ「あ……はい、大丈夫です……」
奏人の手を借り立ち上がるつぐみ。
つぐみ「……すみません」
奏人「別に」
奏人「これあげる。早く家帰んな」
傘を差しだす奏人。
つぐみ「……」
つぐみ、受け取らない。
奏人「……ほら」
つぐみ「……私に貸したら、あなたが濡れちゃいます」
奏人「ああ。大丈夫、俺んちすぐそこ――」
つぐみ「(奏人の言葉を遮るように)要りません」
ぐずっぐずっと鼻を啜るつぐみ。
奏人、はぁー……とため息をつき、
奏人「訳アリか……」
つぐみ「……」
奏人「来い」
奏人、つぐみの手を取り、ずんずん歩き出す。
つぐみ「え!? なんですか!? 一体どこに……!」
奏人、振り向いて、
奏人「いいとこ」
〇ぼろぼろのアパート・外観
雨は降り続いている。
線路沿いに建てられたアパートの壁にはツタが伸び、一層古く見える。
つぐみ「あの……ここは」
奏人「俺んち」
つぐみ「はい……!?」
奏人、ツカツカと階段を上っていく。
奏人「来い」
奏人、振り返り、仁王立ちのつぐみに声をかける。
つぐみ、直立したまま、顔を真っ赤にし、心臓をガードするポーズをとる。
奏人「……大丈夫、なんもしないから」
つぐみ「(怪しんでいる様子で)……」
奏人、ドアを開け、
奏人「ほら、早く」
と、促す。
つぐみ「……」
おそるおそる階段を上るつぐみ。
部屋の前に着くと、奏人、
奏人「どうぞ」
と、部屋へ入るよう促す。
〇奏人の部屋(夕方)
おそるおそる部屋に足を踏み入れるつぐみ。
つぐみ「!」
部屋、大音量で音楽が鳴り響いている。
壁のラックにはCDが飾られ、床にはCDのジャケットや楽譜が散乱している。
おしゃれなカーテンに、おしゃれな照明。
おしゃれなクラブのような雰囲気の部屋。
つぐみ、目の前が晴れるような、キラキラとした世界に感じる。
つぐみ「(絞り出すように)……すごい」
奏人「ここ線路沿いだから、この音量でも怒られないんだよね」
つぐみ「へえ……」
部屋を見渡すつぐみ。
つぐみM「歌詞も知らない 内容もわからない ポップな洋楽」
つぐみM「散らばった楽譜とCD」
つぐみM「好きなもので 埋め尽くされた部屋」
つぐみ、目を瞑って大きく息を吸う。
奏人、つぐみの背後から、
奏人「いいだろ、ここ」
つぐみ「うん。(感動を噛み締めるように)……うん! なんていうかここは――」
満面の笑みで振り返り、奏人を見るつぐみ。
つぐみ「自由って感じだ……!」
明るい笑顔で奏人を見るつぐみに、優しく微笑み返す奏人。
そんな奏人につられ、つぐみももう一度笑顔を浮かべる。
つぐみM「こうして 私たちは出会った」
つぐみM「あの部屋に入った瞬間 溢れるほど満たされた」
つぐみM「そこは私にとって 憧れのような場所でした」
T「第2話『あなたが生きる、自由な世界』」
T「絶望から希望へ ふたりの『今』が交差する」
×××(時間経過)×××
〇奏人の部屋(夕方)
風呂上がりのつぐみ、ぶかぶかのスウェットとズボンを着用し、首にバスタオルをかけて部屋に入ってくる。
つぐみ「お風呂、ありがとうございました」
奏人、床に寝転がっている。
奏人「ん。てかごめん。綺麗な服それしかなくて」
スウェットにはイヌのイラストが描かれているが、その上に【CAT】というロゴが入っている。
つぐみ「いえ全然……!」
奏人、目を瞑る。
沈黙が流れる。
つぐみ、一瞬ためらいながらも奏人の隣に寝転ぶ。
音楽を聞きながら、しばらく沈黙が続く。
つぐみ「……いいですね、ここ」
奏人「ハッ。何回言うんだよ」
つぐみ「何回だって言いますよ! 好きなものに溢れた、本当に素敵な場所です」
奏人「はいはい。ありがと」
つぐみ「(部屋の隅にあるギターを見て)……ギターやってるんですか?」
奏人「ああ」
つぐみ「いつから?」
奏人「中学から始めた」
つぐみ「音楽、好きなんですね」
奏人「……まあ、それで生活してるわけだから」
つぐみ「えっ、そうなんですか」
奏人「今はまだ、バイトもしつつって感じだけど……」
つぐみ「……へえ」
× × ×
(つぐみの過去回想)
◯花宮宅・リビング
テレビの前に座る7歳のつぐみ。
目を輝かせて歌番組を観ている。
つぐみ「お母さんお母さん! 私もお歌習いたい! 私、歌手になりたい!!」
花宮・母「はぁ?」
花宮・母「歌なんて習っても意味ないでしょう? あんたは」
◯(また別の日)花宮宅・和室の広間
広歌をステージに見立てて歌を歌うつぐみ。
花宮・父「うるさい!」
つぐみ「!」
花宮・父「家で歌なんか歌うな! 耳障りだ!」
× × ×
つぐみ、一呼吸置いて、
つぐみ「いいなあ……」
つぐみ「私も、好きなものに囲まれて、好きなことをして暮らしてみたかったです」
奏人「……そうすればいいじゃん」
つぐみ「(困った笑顔で)……ですよね」
つぐみ、一瞬ためらいながらも、
つぐみ「……私、婚約者がいるんですけど」
奏人「はっ? その歳で?」
つぐみ「はい。親同士の取り決めで。相手の方はすごくいい方なんですが、私は家の便利な道具にすぎないことが、惨めで悔しくて、恥ずかしかったんですけど……」
つぐみ「でも、それももうやめようと思います」
つぐみ、起き上がる。
寝転んだまま静かにつぐみを見る奏人に対して微笑みながら、
つぐみ「帰ります」
◯奏人の部屋・玄関
つぐみ、制服を紙袋に入れて持ち、靴を履く。奏人に借りたスウェットを着ている。
つぐみ「おじゃましました」
奏人「ん」
ぼんやりとしながら玄関まで見送る奏人。
奏人、ややモジモジしながら、
奏人「あのさ」
つぐみ振り返る。
つぐみ「はい?」
奏人「……負けんなよ」
つぐみ「え?」
奏人「お前の人生は誰かのものじゃない。粗末に扱われることに慣れるな。お前の人生はこれからだし、惨めでも、恥じるべきものでもない。お前の人生は、お前だけのものだ」
奏人「お前は、自由だよ」
シーンと静まり返る二人。
つぐみは驚き呆然としている。
奏、自分が決め台詞を発したことが恥ずかしく思え、照れ隠しのように頭を掻きながら、
奏人「ま、まあ。きっと大丈夫だってこと」
つぐみ「……あの」
つぐみ「また、ここに来てもいいですか……?」
奏人「(つぐみの着ているスウェットを指差し)それ、一応もらいものだから返してね」
つぐみ「(慌てたように)あ……! そう、ですね……!」
つぐみ「(優しく微笑んで)また来ます」
つぐみの笑顔を見て、うっすら優しい笑みを浮かべる奏人。
〇線路沿いの道路(夕方〜夜)
雨はすっかり上がり、暗くなり始めた空は1番星や月が見えるほど晴れている。
つぐみ、1話では泣きながら走った道を、穏やかな顔で歩く。
携帯を取り出し、電話をかける。
プルルルルル…とコール音が響く。
律(電話)「……はい」
つぐみ、すぅっと息を吸って、
つぐみ「もしもし、律君――……?」
◯(日付変わって)ファストフード店(放課後)
梨沙「それで、別れちゃったの……!?」
つぐみ「うん。もう、花宮の娘として生きるのはやめる」
梨沙「……諏訪部君イケメンだし文武両道だしお金持ちだし理想の王子様みたいだし、手放すのもったいない気もするけど……でもつぐみの人生はつぐみのものだからね」
つぐみ「うん。なんていうかその人は、私の憧れそのものに見えた」
梨沙「憧れって……?」
つぐみ「うーん……自由、みたいな?」
梨沙「……そっか」
つぐみ「私も自分らしく、自由に生きていきたい」
梨沙、穏やかなつぐみの表情を見て、嬉しそうに微笑む。
梨沙「でも前途多難だよ〜? 今日だって他の女の子たちはギャーギャー騒いで、学校中二人の話題で持ちきり。それにさぁ……」
言いかけたところで、テーブルに置かれたつぐみのスマホがブーブーッと鳴る。
画面には【お父さん】とある。
梨沙「……ほら」
つぐみ「……うん」
○諏訪部家・外観(夜)
洋装の絢爛豪華な大豪邸。
つぐみ「お父さんやめて! 離して!」
花宮・父「黙れ! 勝手なことしやがって……! ちゃんと謝罪しないか!」
花宮・父、つぐみの手首を強く引き、花宮・母と3人、諏訪部宅へ。
◯諏訪部家・リビング
花宮・父「申し訳ございませんでした……!」
花宮・両親、深く頭をさげる。
花宮・父はつぐみの頭を片手で掴み、無理に頭を下げさせる。
花宮・父「どうか! 娘の無礼をお許しください……!」
花宮・母「ご子息との結婚は娘にとってこの上ない幸福でございます……! 一時の気の迷いなんです! ですからどうか、どうか……!」
諏訪部・父「……」
律「そんな……顔を上げてください」
諏訪部・母「……お宅がどうしてもというから、主人の顔を立て婚約を許したんですよ。それを一方的に破棄なんて……諏訪部を馬鹿にしているわけ?」
律「母さん……!」
花宮・父「そんな……! 滅相もございません……!」
律「違うんです……! 僕がつぐみさんに失礼なことを……!」
諏訪部・父「……黙りなさい」
場が静まり返る。
諏訪部・父、つぐみをしっかりと見据えて、
諏訪部・父「……つぐみさん、君の本音を教えてくれ」
つぐみ「……諏訪部様ご一家を馬鹿にするつもりは毛頭ございません。……ですが」
つぐみ「私はもう花宮の娘としてではなく、『つぐみ』として生きていきたいんです」
つぐみ「(覚悟を決めた顔で)そう、強く思ったんです……!」
ため息を吐く諏訪部・父。
諏訪部・父「……よくわかりました」
諏訪部・父「……では花宮さん、結婚の話は白紙ということで」
花宮・父「!」
泣き出す花宮・母。
花宮・父、激昂してつぐみの髪を鷲掴み、殴りかかる。
花宮・父「つぐみ……!」
つぐみ「きゃあ!」
花宮・父「お前ってやつは……!」
律「ちょ、落ち着いてください……!」
花宮・父「お前のせいで……!」
拳を振り上げる花宮・父。
つぐみ「!」
殴られると思い、目を瞑るつぐみ。
そのとき、
奏人「……ずいぶんひどい親子喧嘩ですね」
つぐみ、目を開けると、殴りかかった花宮・父の手を掴んだ奏人の姿。
つぐみ「え……なんで……」
花宮・父「なんだお前は!」
律「に、兄さん……」
花宮家一同「!?」
諏訪部・父「(立ち上がって)奏人、おまえ……! なぜここに……!」
奏人「え? なぜって、やだなぁ」
奏人「息子が帰るのがそんなに困りますか? (強調して)お父さん」
花宮・父「いや、別にそういうわけでは……」
つぐみ「え、なに……どういうこと……?」
奏人、花宮・父、母に向かって、にっこり笑いかける。
奏人「初めまして、花宮さん。私律の兄で、この諏訪部の家の長男でもあります。諏訪部奏人と申します」
つぐみ「え!?」
花宮・父「え……諏訪部様には、もう一人ご子息が……?」
諏訪部・父「え、ええ。まあ……」
花宮・父「あなたが、律様のお兄様……」
奏人「はい」
花宮・父「も、申し訳ありません! まさか諏訪部家の長兄とは存じ上げず……! 大変失礼いたしました……!」
奏人「いえいえ、いいんですよ。……ですが」
奏人「つぐみさんは、僕にください」
奏人以外の一同「!?」
奏人「実は、僕と彼女には面識がありまして。仲は至って順調で、僕が住んでいる自宅にお招きしたこともあります」
律「えっ……」
花宮・父「な……そうなのか!?」
つぐみM「全部昨日1日の出来事だけど……」
つぐみ、戸惑いつつも頷く。
奏人「失礼ですが、あなた方が律との縁談を取り進めたのは父との――諏訪部との結びつきのためなのでは? しかし、僕とつぐみさんは愛し合っている。もし諏訪部との縁があなた方の目的なら、存外悪い話ではないはずです。花宮にとっても」
奏人、笑みを浮かべながらも諏訪部・父を睨み、
奏人「諏訪部にとってもね」
奏人、にっこり笑顔に戻り、花宮・父、母を見て、
奏人「いかがでしょう?」
花宮・父「な、なんだ、そういうことだったら……」
花宮・母「まあ、二人が好き合っているのなら……」
奏人「お父さんも、それでいいですか?」
諏訪部・父「……ああ」
奏人「ありがとうございます」
奏人「さ、つぐみ。一緒に帰ろう」
手を差し出す奏。
つぐみ「……」
つぐみM「今この人の手を取らなければ、私は一生 “花宮の娘”として生きることになる。他に選択肢はない」
×××
(フラッシュ)
奏人「お前は自由だよ」
×××
つぐみM「でも、この人となら――」
つぐみ、奏人の手を取る。
つぐみ「はい。行きましょう」
つぐみ、奏人、家族に背を向け部屋を出る。
◯家の外(夜)
奏人に手を引かれ歩くつぐみ。
奏人「……勝手なことして悪い」
つぐみ「えっ」
奏人「逃げ出したいのかと思ったんだ、あんな窮屈な場所。……ごめん。違ったら手、離していいから」
つぐみM「両親から見れば私は、諏訪部の家に嫁いだ期待通りの娘」
つぐみM「家の結びつきのための結婚と さして変わりはないだろう」
つぐみM「でも」
つぐみ、奏人の手をぎゅっと握る。
つぐみ「あなたとなら私、私らしく生きていける気がします」
奏人「……」
奏人、つぐみの手を握り返す。
つぐみM「握り返された手から伝わる彼の優しさが どうにも嬉しくて仕方がなかった」
星が煌めく夜空の下、奏人に手を引かれるつぐみの姿で、2話終わり。