名前をなくした花嫁は自由結婚で愛を知る。

第5話「嵐、到来」

〇(4話続き)奏人の部屋、玄関先(夕方)

にらみ合う奏人と陽太。

奏人「……昨日撫子の家に探りを入れたのはお前か」
陽太「探りなんて人聞きが悪いなあ」
奏人「何が目的?」
陽太「ですから、つぐみさんを返してほしいって、さっきから言ってるじゃないですか」
奏人「……返すって何? お前、いったい何なの?」
陽太「僕は――」

そのとき、つぐみが部屋から、

つぐみ「奏人さん……? なんか騒がしいですけど大丈夫――」

大丈夫ですか、とつぐみが言い終わる前に、奏人、ハッとして、

奏人「こっち来ちゃだめだ!」

奏人が言い終わる前に、つぐみが玄関先に顔を出す。

つぐみ「……陽太!?」
奏人「!?」
つぐみ「ちょ、え!? なんで……!?」
陽太「(つぐみに向かって手を振り)久しぶりだね!」
奏人「え……二人、知り合い?」
つぐみ「あ、この子は――」
陽太「弟です」
奏人「えっ」

陽太、ミステリアスな笑顔で、

陽太「つぐみの弟の、花宮陽太といいます」


T「『第5話 嵐、到来』」
T「つぐみの弟登場! 開口一番『つぐみを返して』。その目的は――?」


陽太「久しぶりだね姉さん」
つぐみ「陽太、帰国してたの!? というか、どうしてここが分かったの……!?」
陽太「結婚したって父さんから聞いて、居ても経ってもいられなくて帰ってきたんだ。居場所は、必死で探したんだよ! やっと見つけた……!」
つぐみ「探してたって……」
陽太「さ、姉さん。(うち)へ帰ろう」
つぐみ「え!?」

陽太、つぐみの手首を引いて、部屋の外へ連れ出そうとする。

陽太「まったく、父さんも母さんもひどすぎる! 姉さんをなんだと思ってるんだ! 諏訪部に取り入る必要なんてない! したくもない結婚なんてする必要ないよ! 今からでも離婚して、自由になろう!」
つぐみ「待って陽太、違うの……!」
陽太「ていうかなんでこんな辛気臭いボロアパートに住んでるわけ!? あいつ姉さんにこんな暮らしさせやがって……!」
つぐみ「ちょっと、落ち着いて――」
陽太「(つぐみの声を聞き入れず)やっぱり姉さんを一人にしたのは間違いだった! 僕日本(こっち)に戻ってくるよ! 学校には家から通う! そしたら、姉さんのことずっと守ってあげられ――」
つぐみ「やめてよ陽太!!!!」

大きな声をあげ、陽太の腕を振り払うつぐみ。
陽太、驚いた顔。

陽太「え……姉さん?」
つぐみ「やめてよ……! 私は無理やり結婚させられたんじゃない! 自分の意志でここにいるの!」
陽太「……冗談だよね……? だってこいつとは、諏訪部との結びつきのために……」
つぐみ「お父さんとお母さんはそう思ってるかもしれない。でも奏人さんは、初めて私を“つぐみ”として見てくれた。“花宮の娘”だったときには得られなかった幸せを、自由をくれたの。私、奏人さんと結婚してよかったって、本気でそう思ってるの……!」

つぐみ「……私、帰らないから!」

はあはあと息を切らすつぐみ。
覚悟が決まった顔つきのつぐみを、意外そうに、呆然として見つめる陽太。
奏人、陽太の肩を掴んで、声をかける。

奏人「……あの」
陽太「(いきなり声をかけられて、ハッとして)な、なんだよ……!」
奏人「つぐみさんの気持ちを、考えたことはありますか」
陽太「はあ!? 僕はいつだって姉さんのことを思って――」
奏人「本当にそうですか?」
陽太「!」
奏人「つぐみさんは今まで花宮の名を背負い、自分の意志とは違う生き方を強いられてきたんだと思います」
陽太「……そうだ。だから僕は立派な跡取りになって、姉さんを守ってあげるって決めたんだ」
奏人「それは、すごく伝わります。でも、守ってあげるって、どういうことなんですかね」
陽太「はあ?」
奏人「彼女のやりたいことや今の気持ち、望みや本音を、直接聞いたことはありますか」
つぐみ・陽太「!」
奏人「あなたは彼女の話も聞かず、彼女の手を引いた。あなたの両親がしていることと同じです」
陽太「なっ……! 親と一緒にするな! 僕は姉さんのためを思って……!」
奏人「だとしても、その方向が間違っていたら、それは彼女にとって辛いことなんじゃないですか」
陽太「……」
奏人「……これからは、つぐみさんの声に耳を傾けて、一緒につぐみさんを幸せにする方法を考えませんか」
つぐみ「(奏人の言葉に感動して)……奏人さん」
陽太「……そう、だよな……」

陽太、申し訳なさそうにつぐみを見る。

陽太「ごめん姉さん、勝手なことして」
つぐみ「ううん」

つぐみ、首を振る。にっこり笑って、

つぐみ「私のことを思ってくれてありがとう、陽太」
陽太「姉さん……!」

涙目になる陽太だが、すぐにキッとした表情で奏人を見て、

陽太「おい! 今は姉さんが幸せそうだからそれでいいけど、万が一泣かせたり不幸になるようなことしたら、そのときは許さないからな!」
つぐみ「ちょっと陽太ったらまた……失礼でしょ!」
奏人「……はい」
つぐみ「えっ」
奏人「約束します」

ポッと顔が赤くなるつぐみ。
陽太、つぐみの幸せそうな顔を見て安堵する気持ちと、
姉が取られたような悔しさに葛藤して悶えながら、


陽太「~~~~~~! 今日のところは帰るけど、また来るからな……!」
奏人「いつでもどうぞ」
陽太「~~~~! じゃあな!」

走り去る陽太。
笑顔で手を振るつぐみと、優しい表情の奏人。
陽太の背中が見えなくなってから、

つぐみ「……ありがとうございます」
奏人「?」
つぐみ「いつも私のこと、ちゃんと見ていてくれて」
奏人「……別に」
つぐみ「あーあ、奏人さんには助けられてばっかりだな」
奏人「……」
つぐみ「さっき陽太にも言いましたけど、私――」

つぐみ「(優しい笑顔で)奏人さんと結婚してよかったです」(魅せ絵)

奏人「!」

つぐみの髪が風に揺れ、夕日がつぐみを照らす。
つぐみが優しげに微笑むので、奏人も微笑み返す。

しかしその実、奏人は心の底から笑ってはいない。

【ここから奏人、未来から過去の自分をみている視点で】

奏人M「ごめん」

奏人M「自信がなかったんだ」

奏人M「あのときも(つぐみが『奏人さんと結婚してよかったです』と言ったとき)」

奏人M「あのときも(4話でつぐみが『私と結婚してよかったと思いますか?と聞いたとき)」

奏人M「君が真っ直ぐな言葉が 笑顔が 本当は全部嘘なんじゃないかって」

奏人M「また 裏切られるんじゃないかって(また、を強調して)」

奏人M「そんなわけないのに」

奏人M「ごめん ごめんな」

奏人M「ちゃんと言えばよかった」

奏人M「『つぐみと結婚してよかった』って何度も何度も伝えればよかった」

奏人M「そうすればきっと 君を失わずに済んだのに」


○奏人の部屋

月日は流れて、季節は秋へ。
奏人、外から帰って来た格好のまま、部屋の真ん中に立ち尽くしている。
部屋はシンと静まり返っていて、そこにつぐみの姿はない。
奏人、座卓の上にメモを発見し、手に取る。
そのメモには、【この結婚は間違っていたのかもしれません 本当にごめんなさい】とある。

奏人「つぐみ――……」

座卓の上には、つぐみが大事にしていた、奏人からのプレゼントである指輪が。
奏人、それを見て、静かな部屋で呆然と立ち尽くす。


○つぐみの実家、花宮宅

花宮・父「おかえりつぐみ。お前にはすっかり騙されたよ」

病んだ目をして笑う花宮・父。
その視線の先には、ソファに座って、涙をこぼすつぐみ。

花宮・父「これで何かも元通りだ。お前のことは許してやる。これからは、花宮家(わが家)のために尽くせよ?」

花宮・父、つぐみの肩に手を置いて、

花宮・父「あの男が堕ちていくのを、見たくないだろう?」

言う通りにしなければ奏人を不孝な目に遭わせると、つぐみを脅す花宮・父。
ハッとし、ぎゅっと唇を噛み締めるつぐみ。涙がぼろぼろと溢れる。
拳をぎゅっと握り、悔しそうな表情で、5話終わり。
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