ひとりぼっち歌姫とヘッドフォンの彼
「……飼い主が嫌で逃げだしたんですかねぇ」

「あ゛ぁ!?」

「しっ、篠井くんっ」

 食って掛かろうとする篠井くんのシャツの裾を咄嗟に引っ張って止める。

「あっはは!軽い冗談じゃないか、そんな熱くなるなよ。ギターぐらい貸してあげるよ。おい一年。練習用のアコギあっただろ」

「あっ、はい!」

 山岸くんが返事をして、テントの端からアコギを持ってくる。

「ほらよ」

 ぶっきらぼうに私にギターを渡した山岸くんは、にやりと笑う。

「あ……ありがとう…」

 田中さんが他のスタッフに声を掛けて開始を少し待つように言ってくれる。

「僕の監督責任だ。とにかく警察に届けよう。関係者にも聞いてみるね。…とりあえず今すぐライブするのは難しいよね。大鳥くん、悪いけど順番変えてあげてくれないかな?」

 田中さんがへりくだって言うと、幹部の一人がめんどくさそうにため息をついた。

「えー?こっちにも心の準備とかあるんですけどー」

「まぁまぁ、しかたないよ」

 部長になだめられて渋々立ち上がる幹部たちに、田中さんがごめんね、と頭をぺこぺこ下げる。

 部長は私たちを見下ろし、嫌味っぽい笑みを残してステージへと向かった。
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