両片想い政略結婚~執着愛を秘めた御曹司は初恋令嬢を手放さない~
 俺には母とは違う女性と暮らしていたおぼろげな記憶が残っていた。たぶん、歩き始めたばかりの一歳くらいのころ。俺が一歩踏み出すたびに、笑顔を浮かべてよろこぶ女性の顔をはっきりと覚えていた。
 だけどそれを人に言うのが怖かった。
 その記憶が事実だと知ってしまったら、自分が本当の家族じゃないと認めることになるから。
 赤ん坊のころの出来事を覚えているわけがない。きっと映画やドラマの映像を自分の記憶と勘違いしているんだろう。そう自分に言い聞かせた。
 そうやって気付かないふりをして目を背けていたけれど、自分が幸せな家族の中に紛れ込んでしまった異分子だという感覚は、年を重ねるごとに大きくなっていった。
 そして高校のころ、同級生だった飯島の口から事実を知らされた。
 俺は父と不倫相手の間に生まれた子どもで、実の母に捨てられ吉永家に引き取られたんだと。
 それを聞いて、ショックを受けながらもやっぱりそうだったんだと納得している自分もいた。
 だから俺はずっと家族に疎外感を覚えていたんだ。
 俺は実の母親に捨てられたのか。俺に向かって笑顔を向ける女性の面影を思い出し、胸が痛んだ。
 けれど、そんな自分の境遇を不幸だとは思わなかった。
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