鏡と夜桜と前世の恋
ーー 季節は流れ、京は春を迎えた。
満開の桜が咲き乱れる華やかな夕暮れ前の花街は今宵も賑わいを見せ始め… 本日の昼見世を終えて各自、自分の役割や休憩をそれぞれ思い思いに過ごした遊女達は、夜見世に向けて慌ただしく動き出す。
小さな一室。
黒と白色の衣に青のトルコキキョウの柄が入った着物に袖を通した雪美は、鏡に映る自分の姿を冷めた表情で見ていた。
" 今日、私は初めてお客の相手をする "
胸に閉まった懐中時計を取り出した雪美は時刻を確認… 憂鬱な時間だけは、無情にも時の刻みが早く感じる。
店に出るにはまだ少し時間がある… 懐中時計を懐に閉まった雪美は立ち上がり、部屋の襖を開けた。
「… 少し用がある、着いてきておくれ」
雪美は隣の部屋にいる、自分のお世話係である付き人に声を掛ける。
男はゆっくり立ち上がると " 初見世の時刻には戻りますよ " と、微笑み快く了承してくれた。
「いつもありがとう… 」
「いえ、とんでもございません」
雪美は何を隠そう囚われの身。
この世界の遊女達は一人で出歩く事など出来ない… 着物を脱ぎ、出歩ける格好に着替えた雪美は、男と一緒に街へと向かった。
「いつものようにここで待っています」
私が毎日、どこに向かっているのかこの人は気にならないのだろうか?街に着けば男はいつも着いて来ない。
男に対して微笑んだ雪美は、いつもの団子屋に寄った後、歩いて咲夜との約束の場所に向かった。