青い鳥はつぶやかない 堅物地味子の私がベリが丘タウンで御曹司に拾われました
「なんで、どうして」と、里桜の目に涙が浮かぶ。「私たち、雨の櫻坂を相合い傘で歩いたこともあったじゃない」

 一呼吸置いて、史香に鋭い目が向けられた。

「傘に隠れてキスだってしたでしょ」

「中学生の話をいつまでも持ち出すな」

 冷たく突き放そうとする蒼馬の胸に飛び込んだ里桜が、肘で史香をはじき出す。

 いったい自分は何を見せられているのだろう。

「よさないか、里桜。人目がある」

 忠告されても止まらない。

「昔から人目を気にしていたのは蒼ちゃんの方じゃないの」

「それは女優になる道が決まっていた里桜のためだろ」

「私のため?」と、納得のいかない表情で里桜が一歩退いた。

「経歴につまらない傷をつけるわけにはいかなかっただろ。お互いの立場は最初から分かっていたはずだ」

「それはそうだけど」と、里桜の瞳が揺れる。「財閥を継ぐことが決まっていた蒼ちゃんだって、そういう私を受け入れてくれてたんじゃないの。おたがいに通じ合っていたってことでしょ」

 蒼馬は寂しげな笑みを浮かべながら首を振った。

 ――ええと、演技ですよね。

 史香から視線を送っても、反応はない。

 ついに里桜の目から涙がこぼれ落ちた。

「蒼ちゃん、なんで私じゃダメなの?」

「逆に、里桜はなんで俺なんだ」

「蒼ちゃんといる時の自分が一番好きだからかな。カメラの前にいる時よりも、舞台の上で拍手を浴びている時よりも、蒼ちゃんと一緒にいる時の自分が一番似合ってると思うの」

「俺もだ」

「えっ」と、里桜が顔を上げる。

「同じ景色を一緒に眺めている時の自分が一番落ち着く、そんな相手を俺も探していた」

 蒼馬はふっと息を吐いて言葉を継いだ。

「だけどそれは里桜、君じゃない」

「そんな……」

 うつむいてぽろぽろと涙を流す里桜を隠すように蒼馬が控え室へと連れ出す。

 二人に注目させないためか、急にホールスタッフたちがカクテルグラスをのせたトレーを掲げて人の間を回り始める。

 また一人取り残された史香は壁にもたれて天井を見上げていた。

 ――いったいどういうことなのよ。

 演技しろとは言われてたけど、あの人が彼女と本気で別れようとしてたなんて聞いてない。

 こんな人前で相手を本当に泣かせるなんて、リハーサルどころかぶっつけ本番じゃないのよ。

 いくらなんでも、あれじゃあ、ええと……あの女優さんが気の毒じゃないの。

 なんか、とんでもないことに巻き込まれちゃったんじゃないの、私。

 史香は通りかかったスタッフに声をかけた。

「すみません、お酒もらえますか」

「どうぞ」

 差し出されたグラスを一息であおると、史香はもう一杯おかわりをもらい、あのプライドの高い女優の名前を思い出そうとしていた。

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