青い鳥はつぶやかない 堅物地味子の私がベリが丘タウンで御曹司に拾われました
二人の口論を見てスタッフがやって来る。
「何かございましたか?」
「ああ、いや、なんでもないんだ」
蒼馬は片手を上げて朗らかに答えた。
史香もつい笑みを浮かべて取り繕ってしまった。
「ええ、ちょっと声が大きくなってしまってすみません」
「ああ、君」と、蒼馬はスタッフを呼び止めた。
「はい」
「すまないが。飲み物と何かつまむ物を持ってきてくれないか」
「かしこまりました」
スタッフはホールへいったん戻っていった。
史香は軽くため息をついた。
「とにかく、これ以上、からかわないでください」
「困ったな。からかってなどいないよ」と、蒼馬が肩をすくめる。「どう言ったら信じてもらえるんだろうね」
「説明は結構です。私、そういう話が苦手なので。遊び相手なら、他を探してください」
「分かったよ。とにかく一目惚れなんだ。説明のしようがないよ」
説明して欲しいわけではないけど、理解できない話につきあいたくもない。
「君は一目惚れってしたことある?」
「ありません」と、史香は即答した。
苦い記憶がよみがえる。
新人研修の頃、同期と仲良くなった。
史香は単なる同僚として仕事を円滑に進めるために愛想を良くしていたつもりだったが、相手の男が恋愛感情と受け取っていたらしい。
何度か会社帰りに食事に誘われ、実際おなかも空いていたからついていったのが勘違いされたようだ。
『入社した時に一目惚れだったんだ』
学生時代にもそんなことを言われた経験がなかった史香は自分を女性とみて近づいてきた男に嫌悪感しか抱かなかった。
職場に波風を立てたくないという配慮からなるべく変わらない態度をとり続けていたものの、研修が終わって正式な配属が決まったころに、食事の誘いを残業を理由に断った時に『俺と仕事、どっちが大事?』と言われたことで、対応の仕方が分からず、一気に気持ちが切れて課長に相談してしまったのだ。
セクハラ案件として公開処刑のような状況となった同期は退職することとなった。
決して遊びでも、ましてセクハラでもなかったと史香自身も思うものの、自分ではどうすることもできず、いまだにこういったことに対応できる自信はない。
そんな記憶をたどっていると、スタッフがフルートグラスに注いだシャンパンとサーモンとクリームチーズのカナッペをトレーにのせて二人のところへやってきた。
「どうもありがとう」
蒼馬は受け取って史香を二階へ続く階段に誘った。
考え事をしたせいか、少し冷静になった彼女は抵抗せずについていった。
階段を上がったところにテーブルセットが置かれていて、二人は向かい合うように座った。
窓の外は早い冬の夕暮れが迫っていた。
蒼馬がグラスを掲げて目線を送ってくるのを、史香も軽くグラスを触れ合わせて応じた。
心に染み入るような澄んだ音のするグラスだった。
「何かございましたか?」
「ああ、いや、なんでもないんだ」
蒼馬は片手を上げて朗らかに答えた。
史香もつい笑みを浮かべて取り繕ってしまった。
「ええ、ちょっと声が大きくなってしまってすみません」
「ああ、君」と、蒼馬はスタッフを呼び止めた。
「はい」
「すまないが。飲み物と何かつまむ物を持ってきてくれないか」
「かしこまりました」
スタッフはホールへいったん戻っていった。
史香は軽くため息をついた。
「とにかく、これ以上、からかわないでください」
「困ったな。からかってなどいないよ」と、蒼馬が肩をすくめる。「どう言ったら信じてもらえるんだろうね」
「説明は結構です。私、そういう話が苦手なので。遊び相手なら、他を探してください」
「分かったよ。とにかく一目惚れなんだ。説明のしようがないよ」
説明して欲しいわけではないけど、理解できない話につきあいたくもない。
「君は一目惚れってしたことある?」
「ありません」と、史香は即答した。
苦い記憶がよみがえる。
新人研修の頃、同期と仲良くなった。
史香は単なる同僚として仕事を円滑に進めるために愛想を良くしていたつもりだったが、相手の男が恋愛感情と受け取っていたらしい。
何度か会社帰りに食事に誘われ、実際おなかも空いていたからついていったのが勘違いされたようだ。
『入社した時に一目惚れだったんだ』
学生時代にもそんなことを言われた経験がなかった史香は自分を女性とみて近づいてきた男に嫌悪感しか抱かなかった。
職場に波風を立てたくないという配慮からなるべく変わらない態度をとり続けていたものの、研修が終わって正式な配属が決まったころに、食事の誘いを残業を理由に断った時に『俺と仕事、どっちが大事?』と言われたことで、対応の仕方が分からず、一気に気持ちが切れて課長に相談してしまったのだ。
セクハラ案件として公開処刑のような状況となった同期は退職することとなった。
決して遊びでも、ましてセクハラでもなかったと史香自身も思うものの、自分ではどうすることもできず、いまだにこういったことに対応できる自信はない。
そんな記憶をたどっていると、スタッフがフルートグラスに注いだシャンパンとサーモンとクリームチーズのカナッペをトレーにのせて二人のところへやってきた。
「どうもありがとう」
蒼馬は受け取って史香を二階へ続く階段に誘った。
考え事をしたせいか、少し冷静になった彼女は抵抗せずについていった。
階段を上がったところにテーブルセットが置かれていて、二人は向かい合うように座った。
窓の外は早い冬の夕暮れが迫っていた。
蒼馬がグラスを掲げて目線を送ってくるのを、史香も軽くグラスを触れ合わせて応じた。
心に染み入るような澄んだ音のするグラスだった。