青い鳥はつぶやかない 堅物地味子の私がベリが丘タウンで御曹司に拾われました
 史香はさっきの苦い記憶を吐き出してしまうように蒼馬に話した。

「私、恋愛には向かないし、二つのことを同時にこなせないタイプなんです」

「君は悪くないよ。仕事と自分を選ばせるような男は傲慢だ」

 話を合わせているだけかもしれなくても、否定されなくて少し嬉しかった。

「仕事のことなんか考えられないくらい夢中にさせてやれない男に価値なんかないよ」

「そこまで言うことはないと思いますけど」

「でも、君にはそれだけの価値がある」

「だから、そういう話は苦手なんです」

 この場から逃げ出したいのに、蒼馬に見つめられると、椅子に糊付けされたみたいに腰が沈んでいく。

 お酒の酔いも手伝って頭の中が真っ白になっていく。

 なのに心はざわついて波がどんどん高くなっていく。

 緊張から逃れようと史香はカナッペを口に入れた。

「おいしい」

 率直な感想に蒼馬の表情も和らぐ。

「本当においしそうに食べるね」

 はしたなかったかと顔が熱くなる。

 昨日からずっとおいしいものしか食べていない。

 仕事人間の自分が仕事をしたくなくなるような魔性の料理ばかりだ。

「ずっと君のことを考えていた」と、蒼馬がつぶやく。「なぜかなんて、理由は俺にも分からない」

 そして自分の胸を親指で指した。

「だけど、ここにある気持ちがその証拠だよ」

「私の何が分かるんですか」と、史香はうつむいた。「何も知らない相手に抱く気持ちなんて、なんの根拠なんかないでしょう」

 蒼馬が目を細めて口元に笑みを浮かべた。

「君だって俺のことを何も知らないで嫌ってるじゃないか」

 ――うっ。

 そう言われてしまうと後ろめたく感じてしまう自分は人が良すぎるのだろうか。

「知り合うことが必要だというのは、俺も同意見だ」と、蒼馬が前のめりに見つめてくる。「だったら、知り合うためにチャンスをくれてもいいだろ」

 断るための言い訳を探そうとしているうちに蒼馬がたたみかけてくる。

「もう年末だ。十二月も残り半分といったところか。どうだろう、今年が終わるまで恋人のふりをしていてくれないか」

「まさか、愛人になれと?」

 感情のままにグラスをテーブルに置いた音が大きすぎて、冷静さを取り戻す。

「そうじゃない。本気でつきあうんだ。決して遊びとかゲームじゃない」

「私はあなたのことを好きじゃありません。お断りします」

「半月でいい。ふつうの恋愛を体験させて欲しい」

「ふつうって?」

「一般的にデートって言うと、映画を見たり、遊園地に行ったりするんだろ。俺はそういうふつうのデートをした経験がないんだ」

 ――私もないんですけど。

「だから、俺に、そういうデートを模擬的に体験させてくれればいい」

「無理です」

「どうして?」

「私も経験がないから」

「じゃあ、俺と経験すればいい」

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