青い鳥はつぶやかない 堅物地味子の私がベリが丘タウンで御曹司に拾われました
 気がつけば映画が終わって場内が明るくなった。

 途中で帰る人は数名程度で、場内にはほとんどの観客が残っていた。

 女性客はみな目のあたりに手を当てながらゆっくりと立ち上がって出て行く。

 ふと見れば、肘掛けの上で、いつの間にか蒼馬に手を握られていた。

 その手が引っ込んだかと思うと、ハンカチが差し出された。

 ――え?

「感動した?」

 ハンカチを頬に当てられて、初めて自分が泣いていたことに気づいた。

 受け取って自分で涙を拭いながら、照れ隠しに史香は映画の感想をつぶやいた。

「久永さんって、すごい才能のある女優さんなんですね。なんかもう、役柄の本人そのものというか、映画の世界そのものを一人で作り上げちゃう人なんだなって、びっくりしちゃいました」

 里桜が演じる役の感情が観客の心に入り込んできて、里桜が泣けば観客もみな皆涙を流していた。

「ああ、あいつは昔から才能があったよ。生まれつきの女優なんだ」と、蒼馬がうなずく。「だから、邪魔したくないんだ」

 他の観客が皆出て行ってしまった。

「そろそろ大丈夫?」

「ええ、ありがとうございました」

 洗って返すべきかと思ったけど、史香はハンカチを蒼馬に差し出した。

 受け取った蒼馬がスマホを確認する。

 画面の時計は八時を過ぎていた。

 もう帰る時間かと思ったら、蒼馬にはまだプランがあるらしい。

「展望台に行ってみよう」

 映画のラストシーンで使われた場所だ。

 職場がここにあるのに、一度も行ったことがない。

「あ、すみません」と、史香は手元の紙コップを持ち上げた。「アイスティーまだ半分くらい残ってて」

 氷が溶けて薄くなったアイスティーをいそいでストローで吸い込んだらむせてしまった。

「映画に見入ってたもんね」

「ええ、つい」

「俺も、ポップコーン食べる音で邪魔しちゃうかもって遠慮してた」

 そのわりにはバケツは空っぽだ。

 ちょうど飲み終わった頃に掃除の係員が入ってきて、二人はゴミを片づけて退出した。

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