青い鳥はつぶやかない 堅物地味子の私がベリが丘タウンで御曹司に拾われました
 最上階まで直通のエレベーターは二人きりだった。

 平日の夜とはいえ、こんな調子で商売としては成り立つんだろうかと余計な心配をしていたら、蒼馬が史香の腰に手を回して引き寄せた。

 ――ちょ、え?

 でも、それは決して不快な感じではなく、史香は蒼馬の方に頭を預けた。

 演技、そう、私も映画みたいな演技をしているだけ。

 似合わないかもしれないけど、今だけは女優にならなければいけない。

 だって、このデートはただのリハーサルなんだから。

「ほら、オーベルジュがライトアップしてるよ」

 指さす方に、暗い森から浮かび上がるようにスコットランド風のお城が輝いている。

「あんなことしてたんですね。初めて見ました」

「さっき頼んでおいたんだよ」

 ――え?

「今夜だけ特別。俺たちの初めてのデートを祝福してくれてるんだよ」

「はあ……」と、間の抜けた返事をしてしまう。

「信じてないな」と、目をのぞき込まれる。「見てて」

 蒼馬はオーベルジュを指さすと、パチンと指を鳴らした。

 ――あっ!

 その瞬間、宝石が盗まれたかのように明かりが消えた。

 広い森が周囲の街の輝きに切り取られて静かに沈んでいる。

 嘘でしょ?

 魔法?

「消える時間に合わせたんですか?」

「こんな中途半端な時間なのに?」

 蒼馬のスマホに表示された時刻はたしかにちょうどでも半でもない、たまたまとしか言いようのない時間だった。

「でも、何かあるんですよね?」

「愛の魔法だろ」

 蒼馬が自分で言いつつ、口元を押さえて笑いをこらえている。

「なんでですか。教えてくださいよ」

「君は何委員だったの?」

 答える前にエレベーターが展望台に着いてしまった。

 ドアが開くと、そこはパノラマの宝石箱だった。

 蒼馬をおいて思わず駆け出してしまう。

 サウスエリアの商業施設やベイエリアに停泊中の豪華客船の明かりがきらめき、ちょうど花火が上がっていた。

「あれも、魔法ですか?」

「あれは偶然」と、蒼馬が微笑む。「クリスマスシーズンは毎日この時間に花火を上げてるんだよ」

「そうだったんですか」

 ツインタワーで働いているくせに、そんなことも知らなかった。

 八時を過ぎてもパソコンの画面とにらめっこばかりしてたもんね。

 史香はガラスの窓に張りつくように下界を眺めていた。

 蒼馬が肩に手を回す。

「落ちるといけないから、俺が支えてるよ」

 言われて初めて気がつくけど、不思議と高所恐怖症にはならない。

 窓があるといっても、普段なら足がすくんでいただろう。

「高いところ、全然怖くないみたいだね」

 こういうところでは、怖そうなふりをして抱きつくものなんだろうか。

 演技をしろと言われても、できそうにない。

 ――私、久永さんじゃないし。

「ふだんは苦手なんですけど、今はなぜか怖くないですね」

「俺がいるから?」

 ――は、はあ……。

「そういうことにしておきます」

 適当にあしらって花火に見入る史香を蒼馬は笑みを浮かべながら見守っていた。

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