青い鳥はつぶやかない 堅物地味子の私がベリが丘タウンで御曹司に拾われました
 案の定、二日分の工程がそのままぽっかりと穴が開いている。

 文句を言っても何も解決しない。

 史香が淡々と業務をこなしていると、モニター越しに菜月がチラチラと視線を向けてきた。

 ただそれはいつもの危険視号とは異なる気配だった。

「どうしたの?」

「先輩こそ、どうしたんですか?」

「え、もう平気だけど」

「なんか、すごくうれしそうだから、何かあったのかなって」

 ――はあ?

「べ、べつに、何も……あるわけないでしょ」

「鼻歌歌うなんて珍しいなって」

 え、うそ!?

 思わず手で口をふさいでしまう。

「エレベーターの時からずっとですよ」

「あ、まあ、しっかり休んで疲れも取れたからじゃない?」

 史香はモニターに隠れるように首をすくめて仕事に戻った。

 全然、気づいてなかった。

 私、浮かれてたの?

 蒼馬の顔が思い浮かんで顔が熱くなる。

 ちょっと、消えてよ。

 今は出てこないでください。

 そもそも、一晩だけって約束したんだから。

 もう……関係ないよね。

 向こうが私を求めてくるなんてことはありえないし、本当は交わらない世界に生きてるんだもん。

 不思議なもので、定時で帰ると決まっていると、昼食ものんびり食べられるし、ピリピリしていないせいか仕事の進行もかえっていつもよりペースが良かった。

 菜月がミスをしなかったのも意外だ。

 慎重にできないんじゃなくて、ふだんは焦って余裕がなかっただけなのかもしれない。

 その日実際定時に退社して、史香は初めてツインタワーの地下で夕飯のおかずを買って帰った。

 冷凍ご飯を解凍し、その間、昨日半分食べて冷蔵庫に入れておいた味噌汁の小鍋を火にかける。

 野菜が不足しがちな一人暮らしだから、冷凍素材を常備しておいて、味噌汁にトーフや油揚げの他に、ほうれん草、しめじ、ねぎ、ささがきごぼう、レンコンを入れて具だくさんにしている。

 具が多い分、一食分だけ作るのが難しいから、いつも半分食べて残りは次の日に食べきるようにしている。

 二日目の味噌汁なんておいしくないという人もいるけど、具材の甘みが出るのか、そんなに悪い味にはならない。

 買ってきた黒酢餡の唐揚げとエビ団子のチリソースもレンジで温め直せば一人晩ご飯の完成だ。

 史香は自分の部屋では酒は飲まない。

 元々強くはないし、お金ももったいないと、つきあいのときだけにしている。

 ふだんはやかんのお湯でジャスミンティーを沸かし、冷蔵庫で保管して三日で飲みきるようにしている。

 家事が好きというわけではないが、それなりに要領はいい方だと自分では思っていた。

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