青い鳥はつぶやかない 堅物地味子の私がベリが丘タウンで御曹司に拾われました
◇
数日後、史香がツインタワーのオフィスを出たところでスマホに着信があった。
佐久山からだ。
「黄瀬川です」
「道源寺の奥様、つまり、蒼馬様のお母様が黄瀬川さんとお話をしたいとのことでございます」
「今からですか」
「実は、すぐそこにおります」
振り向くと、見慣れたリムジンがいた。
近寄ると、後部座席のドアが開き、中から背筋の伸びた中年女性が出てきた。
着ている物はファストファッション風でアクセサリーもつけていないが、髪はきちんとセットされていて、たたずまいに品がある。
「初めまして、蒼馬の母桂子です」
「黄瀬川史香です」
「中でお話しさせてもらっても構いませんか。お時間は?」
「ええ、大丈夫です」
二人が乗り込むと、佐久山がリムジンを発進させ、ベリが丘の街を流す。
運転席の仕切りは上がっていて車内は完全なプライベート空間だった。
「突然ごめんなさいね」と、桂子が頭を下げた。
「いえ、とんでもない」
「あの子が自分から好きな相手ができたなんて話してくれたのは初めてでね。もう子供もできたって聞いて、私も舞い上がっちゃって」
なんだか学生同士の会話みたいに気さくな空気が流れる。
「つわりは大丈夫?」
「はい。朝起きた時に吐き気があったり、あと、急に何か食べられなくなるとか、逆に、変なものが食べたくなるとか、いろいろありますけど、それ以外は特にないです」
「でも、それでお仕事もなさってると大変よね。困った時はうちの病院に相談してくださいね」
「はい、ありがとうございます」
「私が蒼馬を授かった時はね、切迫流産になっちゃって、一ヶ月ずっと入院してたのよ」
「そうだったんですか」
「夫は仕事人間だから、入院中はたまにしか顔を見せないし、休日も接待でゴルフ。幸い持ちこたえたから無事にあの子が生まれたけど、いまだに恨んでるわよ」
ああ、お父さん、それはダメだわ。
「浮気もしないし、靴下を脱ぎっぱなしにすることもない人だし、私も嫌ってるわけではないんだけど、心の底のどこかでは許してないの。向こうは全然気づいていないみたいですけどね」
そして、再び桂子が頭を下げた。
「史香さん、あなたにもご迷惑をかけてしまったでしょう。ごめんなさいね。男ってどうしようもない生き物だけど、蒼馬のことを恨んでほしくないのよ。いちおう私も母親だから」
「恨むなんて、まったく」
「そお?」
「私を見つけてくれて感謝してますよ」
「息子があなたみたいな素敵な人に出会えて私もほっとしたわ」
と、桂子が小さな冊子を取り出した。
写真屋さんのおまけか、百均で売っているような簡易アルバムだ。
「これね、生まれた時からの蒼馬の写真」
「は、はあ……」
「出会う前までの蒼馬を知ってもらえたら、少しはあの子のことを信じてくれるかもって、プリントしてきたの」
「ありがとうございます」
「あの子は特別でも何でもないごく普通の人間だから。ちょっと家がお金持ちだっただけ」
自分の言葉に笑みをこぼしながら母が続けた。
「その分、お金で買える物とそうでないものの違いがちゃんと分かってるはずだから、夫みたいな失敗はしないと思うんだけど、どうかしら」
どうでしょうね。
リムジンに女二人のくすくす笑いがあふれる。
「史香さん」
「はい」
「何があっても、私はあなたの味方だから、困ったことがあったら相談してくださいね」
「はい、ありがとうございます」
「うちの蒼馬をよろしくお願いします」
「こちらこそ、お気づかいありがとうございます」