青い鳥はつぶやかない 堅物地味子の私がベリが丘タウンで御曹司に拾われました
 史香は手で体を支えながらゆっくりと背もたれに体を預けた。

「愛してるんですね」

 よせよ、と男が鼻の頭を指でかく。

「男なんて、弱いもんだよな。いろんな物にしがみつかないと生きていけなくて。俺は今、捨てられる恐怖におびえているよ。格好悪いだろ。怖いんだ。どうにもならないんだ、この気持ちは。あいつに『怪我するからやめとけ』なんて言っておいて、大怪我したのは俺の方だよ」

 目を細めた史香は口元に笑みを浮かべ、納得してませんよと圧をかけている。

「分かったよ」と、榎戸が頭を振った。「そうだよ。愛だよ。決まってんだろ。愛してんだよ」

 クスッと笑う史香に対し、耳を赤くしながら榎戸がぶっきらぼうに視線をそらす。

「悪いか」

「悪くないよ」

 後ろから急に目隠しをされた榎戸の体がビクッと跳ねる。

「うぉぅ」

 手がどけられ、視界が開けると、榎戸は体を倒しながら振り返った。

 横に立っているのは里桜だった。

 あっけにとられた男の視線が二人の女の間を行き来する。

 ――あんた、言わせたな。

 史香は両手で顔を覆って笑いをこらえている。

 後ろから手を回して抱きついた里桜が耳元でささやく。

「おひげ剃った方がかわいいよ」

「お、おう……」と、髭を撫でる榎戸は困惑顔だ。

「もしかして」と、史香がたずねた。「それは譲れないんですか?」

「いやいや」と、慌てて手を振り、里桜を見上げる。「急いで床屋に行ってくるよ。間に合うだろ」

「うん、待ってる。パスポート忘れないでね」

 カメラバッグを肩にかけて男が急いで出て行った。

 榎戸が座っていた椅子に里桜が腰掛ける。

「史香さん、お世話になりました」

「何もしてないけどね」

「いろいろあきらめたし、逆に、なんかずっと違和感を抱いていたのがやっぱりその通りおかしかったんだって気づけたので、今はスッキリです」

 蒼馬のこと、芸能界のこと、そして、これからのこと。

 自分で考えた結論なんだろう。

「さっき蒼ちゃんとお別れしてきました」

 晴れやかな笑顔に一筋の涙がつうっと流れていく。

「悲しくなくても泣けちゃうんですよ。私、女優だから」

 テーブルの上で手を重ね合いながら、二人は静かに涙を流してうなずきあっていた。

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