青い鳥はつぶやかない 堅物地味子の私がベリが丘タウンで御曹司に拾われました
◇
一時間ほど前、記者会見を終えた里桜はマスコミに囲まれながらベイサイドホテル地下の駐車場へ向かっていた。
「久永さん、ファンへのコメントを」
「納得できる説明とは思えませんが」
「社会的責任について、どうお考えですか」
「何か公表できない事情でもあるんでしょうか」
ホテルの従業員だけではさばききれない大混乱の中、車寄せにリムジンが止まった。
黒い服の男たちが並んで通路を作る。
ドアが開いて蒼馬が里桜を招き入れた。
「蒼ちゃん!?」
「早く乗って」
追ってきたマスコミ陣は黒服集団に阻まれながらもカメラやマイクを向ける。
「おい、道源寺の御曹司じゃないのか」
「やっぱり噂は本当だったのか」
ドアが閉まり、タイヤを鳴らしながらリムジンが発進する。
「追うぞ!」
自分たちの車へと駆け出すテレビクルーや、地上階に出てタクシーをつかまえようとする記者たちが一斉に走り出す。
ベイサイドホテルを出たリムジンはBCストリートからベリが丘のノースサイドへと向かってゆっくりと櫻坂を上がっていく。
その後ろを何台もの車が追走して、街はちょっとしたお祭り騒ぎだった。
そのころ、もう一台の車がホテルの駐車場から姿を現した。
コンパクトカーを運転しているのは蒼馬だった。
駐車場の通路で角を曲がるリムジンが一瞬止まった隙に降りて、待機させておいた別の車に乗り換えていたのだ。
「ちょっと、蒼ちゃん、運転できるの?」
「アメリカで免許は取ったぞ。ただ、日本の免許証に切り替えてからは運転したことないけどな」
「こわいよ、蒼ちゃん」
「スリル満点だろ」
「違うことでドキドキしたかったな」
「ベリが丘の道路はアメリカみたいに広いから心配するなよ」
車はツインタワーに向かっている。
赤信号で停車し、アイドリングが止まる。
ウィンカーの音に紛れるように蒼馬がつぶやく。
「決断したんだな」
「うん」
「困ったことがあったら相談してくれよ」
「やだ」と、里桜は顎を突き出して蒼馬をにらむ。「史香さんに悪いもん。もう蒼ちゃんとは会わない。連絡もしない」
カッチッ、カッチッと、乾いた音が二人に残された時を刻んでいく。
「私にもね、好きな人ができたから。蒼ちゃんなんかより、ずっと私のことを大事にしてくれる人」
「そうか」と、蒼馬は前を見つめた。「良かったな」
信号が変わり、車が動き出す。
ハンドルを左に切りながら蒼馬は声を張った。
「応援してるよ。今までも、これからも」
「ありがと」
膝の上で拳を握りしめた里桜はそうつぶやいて助手席の窓に視線を流した。
ツインタワーに到着して、蒼馬は上を指した。
「カフェで史香が待ってる」
車を降りた里桜に、窓を開けて蒼馬が声をかけた。
「忘れ物するなよ」
笑顔でうなずくと、幼なじみの男に背を向け、彼女は去っていった。
それから少しして、史香が現れた。
車を発進させて蒼馬がつぶやく。
「これでいいんだよな」
カメラマンから接触してきたと史香から連絡があった時に、そのまま通話をつないでおいて、里桜を連れてきたのだった。
「大丈夫だと思うけど」
「嫌われる役っていうのは難しいな。あいつと違って、俺は役者じゃないからな」
「ご苦労様でした」
車はサウスエリアの新居に向かっている。
「さてと、夕飯は何にしようか」
「お鍋でもどう?」
「へえ、いいね。何鍋?」
「冷凍の鶏肉と余り野菜の在庫一掃。豆腐もあったでしょ」
「すりごまも入れるか。食べられそう?」
「たぶん平気。大根おろしをたっぷり入れて、ポン酢にショウガおろしもいいかも」
「体が温まるな」
もう春はすぐそこだけど、まだまだ寒さは油断ならない。
二人を乗せた小さな車はベリが丘の街へと溶け込んでいった。