あのとき、君がいてくれたから
一週間後、私は誰とも話していない。
私はひとりでも大丈夫だと勝手に思っていたけど、思ったよりも心にこたえる。
でも親や先生に心配かけたくなくて、学校は休まずに行っている。
春亜の陰口はひどく、前まで世間話をしていたクラスメイトたちも話してくれなくなった。
花梨は私のことを気にしているように見えるけど、花梨自身はなんの行動にもうつさないから意味がない。
私は今日もひとりで昇降口に向かった。
ようやくこの苦しい学校から出られると思うと呼吸がスムーズになった気がする。
私は自分の靴箱から靴を取り出し、シューズをしまった。
春亜は陰口はひどいけど、小説とかでよく見る物がなくなる現象は今のところ起きておらず、それが唯一の救いだと思っている。
すると後ろから「おい」と声が聞こえた。
どうせ私を呼ぶ声ではないと思うから私は止まりもせず、靴を履きかえた。
私がそのまま歩き出そうとするとまたあの香水の匂いがした。
その匂いが甘くて思わず顔をしかめる。
この香水はもうお決まりのあの人しかいない。
「おいって言ってんだろ。高菜!」
私は自分の名前を呼ばれて反射的に振り返る。
そこにいたのは予想通り遠坂だった。
「何?なんか用?」
「お前さぁ、こんな反応薄いしそっけないからみんなから色々言われるんじゃねーの?」
そんなそっけなくしてるつもりはない。
必要最低限の情報があれば大丈夫なはすだ。
「そっけなくしてるつもりはないんだけど。伝わればそれでよくない?」
「お前、ちょっと来いよ。」
遠坂は私が行かないと言おうとしたのをさえぎって、バシッという効果音がつきそうなほど強く私の腕を掴んだ。
そこからどんどん走って進んで行く。
走っているからか遠坂の手を振りはらおうとしても十分な力が入らなくて無理だ。
私は何回かどこに行くのか尋ねたけど、返事もなしにどんどん走って行く。
息も切れはじめ、インドア派の私にはもう限界だ。
そのとき急に遠坂はスピードを落とし始め、公園というか広場っぽいところに入った。
私も続いて入る。
すると遠坂は私をベンチに座らせ、自分も隣に座った。
遠坂は何も言わずにぼーっと空を眺めている。
私はなんて声をかけたらいいのかわからず、同じようにして空を見た。
私の心とは真逆の雲ひとつない澄みきった青い空。
こんなに空をじっと見たのは初めてかもしれない。
「きれい...。」
私は気づくとそう声に出していた。
すると遠坂は少し驚いたように私を見て
「そうだろ。」
と短い返事をくれた。
そこから続けて
「俺さここよく来るんだよ。上手くいかないときとか、ムカついたときとか、とにかく気持ちの整理がつかなくなったらもう、ここで空を眺めるんだ。こんな広い空見てたら今まで悩んでたことがすごいちっぽけなことに思えてさ、バカバカしくなんだよ。それですっきりする。」
なんも悩みなんてなさそうな遠坂の本当の気持ちが知れて私はなぜか心があったかくなった。
「へぇ。全然知らなかった。」
私はそっけないと思われないように言葉を慎重に選んで言った。
でもほんと一言だけど。