私が一番近かったのに…
暫く試飲をして時間を潰していたら、散々悩んでいた愁も、どうやら決まったみたいだ。
こちらの様子に気づいた愁は、羨ましそうな目でこちらを見てきた。

「いいな。俺も飲みたかったな」

ここで愁が飲み始めれば、更に時間がかかってしまう。
しかし、どうやらお店の方は事前に、愁の分も用意してくれていたみたいだ。

「どうぞ。よかったら飲んでみてください」

これはなかなか決まらないパターンだなと、心の中で察した。

「美味しいです。これはほうじ茶ですね」

私には当てることはできなかったが、愁にはどうやら分かったみたいだ。
お茶好き恐るべし。飲んだだけで、お茶の種類が分かってしまうなんて。
普段から相当、お茶を飲んでいる様子が窺えた。

「はい。そうです。よく分かりましたね。お兄さん」

「昔、近所に美味しいお茶屋さんがありまして。そこの店主の方が、よくしてくださったんです。
よく色んなお茶を飲ませて頂いたので、それで分かるようになったって感じです」

ルーツは子供の頃、近所にあったお茶屋さんだったのか…。
私にはこんなふうに熱中するものがないので、愁のことが羨ましいと思った。

「それは良いお店ですね。若者でここまでお茶に詳しい方は、なかなかおりません。お会いできて光栄です」

それから、お店の方と愁のお茶談義が始まった。
私はその話に加わることができず、時間を持て余していたので、一旦、店の外に出ることにした。
私が行ってみたいお店が、お茶屋さんから近かったので、そのお店まで移動し、時間を潰すことにした。
あの様子から察するに、あともう少し時間がかかるはず。
それに、あんなに楽しそうな愁を初めて見た。
きっと店長さんも相当嬉しかったのであろう。

あんなふうに、古き良きものを大切にしている人はなかなかいない。
愁には失礼な話だが、一番そういったものから、興味が薄いと思っていた。
ちなみに私は、そういったことに疎い方だ。なので、全く話に入れなかった。
もしかしたら、帰ってから愁のお茶談義がまた始まるかもしれない。
となると、少しだけお茶に詳しくなっておいた方が、いいのかもしれないと思った。
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