私が一番近かったのに…
いつもなら私も人前でキスなんて、恥ずかしいから止めてほしいと思うが、知り合いがいなかったので、特に気にならなかった。
寧ろもっとキスしてほしいとさえ、願っている自分がいた。

「大丈夫だよ。だってこんな綺麗な景色の中なら、キスしたいって思うもん」

私だって、キスしたい時がある。不意打ちだったため、驚きはしたが。
それに愁にされて嫌なことなど、一つもない。

「俺も人前で、こんなことをする日がくるとは思わなかったな。
ったく。お前のせいだからな。もう一回、キスしてもいいのか?」

「いいよ。まだホテルに帰りたくないから、もう少しだけここに居ようよ」

ずっと傍に居たい。ホテルに帰ってしまえば、魔法が解けてしまいそうで怖い。
元通りの生活に戻りたくない。この景色をまだ一望していたい。

「そうだな。まだここでゆっくりしていくか」

愁の肩の上に、自分の頭を乗せてみた。
もう帰ったらできないことを、出し惜しみしたくなかったので、とことん甘えてみることにした。

「写真撮りたい。撮ってもいい?」

愁も私の頭の上に優しくそっと頭を乗せてくれた。
お互いの頭と頭が触れる。それだけでドキドキした。

「いいよ。景色?それとも自分達?」

この際だから、どっちも撮りたい。今なら素直にお願いできる気がした。
散々、旅行中にたくさん写真を撮ったけど、この景色も撮りたい。この感動をずっと忘れないために。

「両方撮りたい。撮ってもいい?」

我儘だと思われたかもしれない。
それでもこの願いを叶えたかった。

「いいよ。ちょうど俺も撮りたいって思ってたから。あとで写真を送ってほしい」

もちろん、ちゃんと愁に送るつもりだ。
もし、ちゃんとお付き合いしていたら、壁紙にしたり、様々なSNSに投稿したり、プロフィール画像にしたりもできた。
もちろん、この関係ではできないので、そっと写真フォルダにしまっておくだけだけど。

「もちろん。あとでちゃんと送るよ。愁も送ってね」

なんだか今、この瞬間だけ恋人みたいな気分になれた。
それだけで、もう充分お腹いっぱいだ。
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