私が一番近かったのに…


           ◇


それは、忘れかけた頃に突然、起きた出来事だった…。
いつか返そうと思っていたが、なるべく愁のことを考えないようにするために、中山くんのことを避けていたら、返すタイミングを逃してしまった。
まさか中山くんの方から、今度は電話がかかってくるとは思わなかった。
最初は気づかないフリをし、電話には応じなかった。
しかし、再び電話がかかってきたので、緊急事態かもしれないと思い、今度はさすがに電話に応じることにした。

「もしもし…」

「大平さん?やっと連絡が取れた。よかった…」

唯一、私の気持ちを知っていた人だ。
もし、まだ責任感を感じているのだとしたら、もう自分のことを責めないでほしい。

「ごめん。バタバタしてて、すっかり連絡するのを忘れてた。何かあった?」

本当は避けてたなんて言えないが…。ここは黙っておくことにしよう。
これはあくまで私の推測に過ぎないが、もしかしたら、中山くんは私がバイトを辞めた理由が何なのか、薄々気づいているのかもしれない。
中山くんは愁と仲が良いので、直接本人からあれこれ事情を聞いた可能性がある。
それで私のことが心配になり、電話をかけてきてくれたのかもしれない。
中山くんが私に愁の気持ちを伝えなければ、私は一生知ることはなかったと思う。
知ったところでもう遅かったが…。それも今となっては良い思い出だ。
まだ完全に気持ちは消えていない。それでも、ようやく前に一歩踏み出せたばかりである。
中山くんには申し訳ないが、今の私は落ち込んでなどいない。中山くんが心配する必要なんてないくらいに。

「大平さん、愁が彼女とやっと別れたって」
< 275 / 346 >

この作品をシェア

pagetop