私が一番近かったのに…
「幸奈はその、特別なんだよ。とにかく大切な存在なんだ。
だから簡単に離れたりなんかしない。ずっと傍に居てやる。それが俺の意地だ」

愁の中では固い決意のようだが、私にはどうでもいいことだった。
ずっと一緒?離れてやらない?そんなの要らない。だったら、私の彼氏になってよ。
…なんて、そんなこと言えるはずもなく。心の中で葛藤しながら、愛想笑いを浮かべることしか今の私にはできなかった。

「そっか。私、特別なのか…」

特別な存在であることは素直に嬉しい。
でも、愁の特別は、私の思う特別とは違う。
愁が特別という言葉に拘っているだけで、私は本当に特別な存在なのか謎に感じた。

「あぁ。幸奈は特別だ」

早く彼女と別れて、私の元に来てほしいと願う私は、愁の特別でいる資格などないのかもしれない。
好きな人の幸せを願えないなんて最低だ。どんどん私は醜い女になっていく。
時々、愁の傍を離れたくなる瞬間がある。自分の中にある黒い感情が渦巻く度に、自分のことを嫌いになる。
楽しかった思い出や、好きという感情さえも、全て捨てて楽になれたらいいのに…なんて思ってしまう。
特別より、同じ感情が欲しい。もう限界なのかもしれない。それでもまだ一緒に居たいと思う気持ちの方が勝っていて。
だから私は、黒い感情に蓋をすることにした。まだ見て見ぬふりができているうちは、傍に居ようと思う。

「うん。もう充分、愁の気持ちは伝わったよ。だからありがとう」

話しているうちに、気がついたらあっという間に、家の近くまで来ていた。
愁が相手だと、時間の経過が早く感じてしまう。好きな人と一緒に過ごしているから、よりそう感じるのかもしれないと思った。

「もうすぐ着くな。楽しみだ」

楽しみと笑う愁とは裏腹に、私の心の中は複雑だった。彼女に嘘をついてまで、私と一緒に過ごすことに、愁は罪悪感を感じないのだろうか。
私には愁の気持ちが、さっぱり分からなかった。
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