私が一番近かったのに…
いつもなら早く家に着いてほしいと思うのに、今だけはまだ家に着いて欲しくないと思った。

「そんなにしたかったの?」

自ら積極的に傷つきにいこうとするなんて、私は本当にバカだと思う。
わざわざこんなことを聞く必要なんてないのに、つい聞いてしまう。
分かっていても、愁の口から言葉が聞きたい。それが望んでいない展開であったとしても…。

「当たり前だろう。幸奈のことを抱かないなんてできない」

「それはどうして?」

「お前の感度とその身体に、男が興奮しないわけがない。
いい加減、幸奈はもう少し自分が女性として魅力的だと気づけ」

どんなに褒められても、彼にとっての魅力は、私の身体だけなのだと思い知らされる。
それでも構わないと思い、始めた関係だったはずなのに、いつしか私の気持ちは大きく膨らんでいた。
愁には何も望まないって決めたはずなのに、好きになるとどうして、勝手に多くを望んでしまうのだろうか。
私はもう引き返せないところまできていることを、今更ながら思い知った。

「ここまで本気でセックスがしたいと思える相手は、幸奈しかいない」

身体の相性がいいから、私しかいない…という意味だろうか。
確かに相性は悪くないと思うが、私は愁しか知らないので、他に比較対象がいない。
それに、私は好きな人が相手だから、もっと触れたいと思う。
でも、愁は違う。そんなふうに思う相手は、きっと彼女だけなのであろう。

「はいはい。愁のしたい気持ちはよーく分かったから。早くお家に帰ろっか」

繋いでいた手を離した。そして私は、一人先にそそくさと歩き始めた。
すっかり忘れていた。そういえば愁の家が近いということを…。
もし万が一、愁の彼女に私と愁が手を繋いでいるところを目撃されてしまったら、その時、私は咄嗟に上手い言い訳なんて思いつかないし、言い逃れすることなんて不可能だ。
そもそも私にそんな度胸はない。堂々とやり過ごすことなんて無理だ。
自らこの関係を望んだくせに、まだ心の中のどこかで彼女に申し訳ないと思う自分がいた。
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