私が一番近かったのに…
「幸奈、待てよ……っ、」

後ろから追いかけてくる愁に、振り返ることもなく、アパートまで歩いた。
愁に冷たいと思われたかもしれない。それでも今は、彼女への罪悪感が勝ってしまい、愁に優しくすることなんてできなかった。
いつしか怒りさえも芽生え始め、心に余裕なんてなくなっていた。

「何?愁…」

部屋の前に着いた途端、愁の方を振り向いた。
余程、私の歩くスピードが速かったのか、愁は息を切らしていた。

「幸奈、歩くの速すぎ…、だろ……」

「だって、愁がしたいって言うから…つい……」

全部、愁のせいにした。上手い言い訳が思いつなかった。
本当は愁の態度が気に入らなかったから…なんて言えなかった。
愁の悲しむ顔が頭に浮かんだ。だから、私なりに精一杯の嘘をついた。

「それって、お前も早くしたかったってこと?」

違う。私は…。これ以上は口にしてはならない。
もし、口に出してしまったら、この関係は終了だ。
だから、私は言い留まった。その場の空気を壊したくなかったので、上手く話を合わせた。
せっかく愁が私を選んでくれたのだから、滅多にないチャンスを失いたくなかった。

「うん。ずっとしたかった……」

後ろめたさや罪悪感よりも、自分の気持ちを優先させる私は汚い。
いっそのこと、愁の彼女に私と手を繋いでいるところを見せつけて、幻滅させて別れさせればよかったのかもしれない。
それはダメだ。愁の意思が変わらない以上、私が踏み込む隙間など存在しない。
キスやセックスはするが、私達の関係はあくまで友達だ。
只の友達だったら、どんなに楽だったか。セフレという曖昧な関係が、一番苦しいのだと身を以て知った。
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