私が一番近かったのに…
小さな虚勢だ。こんなことで対抗しても仕方がないと分かっている。
それでも自分を保つためには、小さな嘘を重ねるしかなかった。

「大切に思ってもらえて嬉しい。ありがとう。
でもさ、困るって何がどう困るんだ?俺、何か幸奈を困らせるようなことでもしてるのか?」

愁の方が困った顔をしていた。
どうしてそんな顔をするの?先に仕掛けてきたのは、愁のくせに。

「別に。自分で考えてみたら?」

「なんだそれ?まぁ、いっか。
それよりも早く旅行の計画を立てようぜ。バイトのシフト、ちゃんと確認しておけよ」

あんなに激しく求め合った夜とは相反して、心は平行線のままだ。
交わっているのは、どうやら身体だけのようだ。

「うん、確認しておくね。旅行に行けるといいな」

きっと愁は、時々楽がしたいだけなのかもしれない。彼女には優しく丁寧に接してあげなくてはならないが、私はセフレであるため、一々丁寧に接する必要がない。
私と一緒に居たくなる時は、そんな時なのだと思う。つまり私は愁にとって楽な存在なだけだ。
今更もう愁を取り返すことはできないと分かっている。
それならば、この関係を壊さないよう、余計な感情を捨てることしか、今の私にはできなかった。

「本当に確認しろよ。幸奈はシフトたくさん入れすぎだからな。
これでも結構、心配してるんだぞ?働き過ぎなんじゃないかって。ちゃんと息抜きも大事だ。時々は休めよ」

自分では気づいていなかったが、働きすぎているみたいだ。
最初は、愁と一緒に居る時間を増やしたくて、シフトをたくさん入れていた。
今にして思えば、不純な動機ではあったが、これでもちゃんと働いていたつもりだ。
でも今は違う。愁への想いを忘れたくて、バイトに打ち込むことしかできずにいる。
失恋した苦しい思い。こんな関係になってしまったことへの後悔。全てから逃げ出してしまいたくて、愁のことを考えない時間がほしかった。
結局、働いている間も一緒に居る時間が多いため、考えない時間は減らなかった。寧ろ増える一方であった。
どうしても好きだから、忘れたくても忘れられずにいた。
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