三日月が浮かぶ部屋で猫は ~新米ペットシッターは再会した初恋の彼の生涯専属を求められる~
 連絡が来たのは、同窓会を欠席した翌日だった。
 物があふれた一人暮らしの1Kの部屋の中、スマホで求人を見ていたときだ。ふいに画面が変わって着信音が流れ、どきっとした。
 知らない番号を少し眺めたあと、こわごわと通話に指をすべらす。たぶんあの人だ、と思いながら。

「葉倉です」
「沙耶、久しぶり。わかる? 綾野尚仁(あやのなおひと)だよ」
 懐かしい彼の声は、記憶よりずいぶん低くなっていた。
 知らず、耳が熱くなる。

「わかるよ」
 葉倉沙耶(はくらさや)は緊張を隠せなかった。
 ずっと会いたかったのに会えなかった。
 懐かしい彼の笑顔が蘇る。記憶の中の彼は15年たっても小学6年生だ。成長した姿はまったく想像できなくて、声だけが大人になって耳に届いた。

「君が同窓会にこなかったから、心配になって。元気?」
 答える声はやわらかく優しかった。
「元気だよ。ちょっといろいろあって。ここから遠いし……」
 電話で良かった、と沙耶は思う。顔が赤くなっているのが自分でもわかる。こんなの見られたら恥ずかしくてたまらない。

「今どこに住んでるの?」
「神奈川よ」
「隣じゃん」
 彼は笑うようにそう言った。どきん、と胸が鳴った。

「あれからずっと東京なの?」
「そうだよ。君が神奈川にいるって知ってたらもっと早くに会いに行ったのに。――今度、会えないかな」

 来た!
 どきん、と沙耶の胸がまた大きく鳴った。
 そう言われるかも、と思ってはいた。

「私も、会いたい」
 彼は懐かしい友人に対して言っているだけなのに、心臓はどんどん鼓動を早くする。
 最寄り駅を聞かれて伝える。
「俺がそっちに行くよ。いつがいい?」
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